第2話 華と芸の神

「と、まずは住処の探索じゃな」

意気込んだはいいが、いちはこの寺のことを何も知らない。


桜の木のトンネルを抜けると、いきなり本堂と対面する。

本堂には錆びまみれの鈴緒すずのお〔ガラガラするやつ〕と賽銭箱。

以上。


「僧侶は一体何をしとるんじゃ。掃除は寺の鉄則だろうに」

どこを見ても錆び、錆び、錆びまみれ。

以前の寺では、何人もの僧侶、バイトの巫女らが掃除を受け持っていた。

神の住まう地なのだ。

埃一つでも許すな、というのが、先輩の倫理だった。

いちはそこまで人任せにしなくてもいい、という考えだが。


「僧侶はどこにおるんじゃ?」

本堂は小さくも、寺の土地自体はある程度広いようだ。

植物が好きに成長していることも、無法地帯かつ土地が広いことが理由だろう。


いちは本堂をぐるっと一周する。

が、実に何もない。

不意に、いちに一つの予想がよぎる。

本堂以外に建物は、屋根の壊れた小屋しかなかった。

また、いくら何でも錆びと埃が酷い。

「この寺、僧侶がおらんのか?」

いちの表情が一気に曇る。

慌てて本堂の周りを飛び回る。

が、見事、予想は的中したらしく、寺の土地に人間は誰もいなかった。

「恐ろしい・・・。環境が違いすぎるぞ・・・」

以前の寺は(以下略)




「御守り、おみくじもなし。巫女のバイトもない。無論、この数時間で参拝客もない」

いちは、寺の現状に膝をついていた。

神様として有らざる姿だが、仕方がない。

唯一、神の寝床として本堂に広間があるのみ。

実に酷い有様だ。

が、仕事はせねばならない。

いちはまだパーカーを着て姿を現したままだ。

神様は、自身の姿を自由に変えることが出来る。

神様会議には、皆好きな姿で参加出来るのだが、権威を示すためにいかにも神らしい格好をする人が大半だ。

が、ラフこそ正義を掲げるいちにそんな考えはなく、パーカーで参加したところ、笑いものになってしまっていた。

それはどうでもいいのだが、仕事中はさすがにそうもいられない。


ふわっと自身の周りに光を発生させる。

姿を自在に変えられる神様も、本来の姿はある。

腰辺りまで伸びた薄い金髪には簪を指す。

紫色の少し吊り上がった瞳。

瞼には赤い化粧。

服装は紅白基調、腰に二つの鈴。

広がった袖と腰で絞られたスカート。

プリーツが何重にも重なったような形だ。

色が巫女のそれだと言えばそうだが、それよりも随分派手なものだ。

本来の姿というものは、自分で決められるものではなく、決まっているものだ。

金髪に異種眼である理由はいちにも分からない。

いちがこの服装を好いていない理由は色々ある。

その一つに、正装となれば、大きな赤い和傘や重い簪や装飾がモリモリ追加されることだ。

重い。

これに限る。

先ほどまで、一枚のパーカーだけを着ていたいちの体に、重い服たちはズンとのしかかる。

が、神様としての仕事中は姿を表さないといえど、服装はちゃんとするのが先輩の教えだ。



神様仕様に着替えたところで、寺の設備の確認を始める。

本堂の周りには相変わらず植物が伸びに伸び、門の右側には壊れた小屋がある。

小屋は恐らく僧侶の小屋として使われていたのだろう。

小屋内には何もないが。

本堂を奥に進むと、そこは断崖絶壁だ。

山の山頂の寺であるため、景色はいい。

が、柵などは特にないため非常に危険だ。

本堂の隣には小さいながら池がある。

中々雰囲気のいい池だ。




いちは一つの結論を出さざるを得なくなった。

若い女神ながらも一つの寺を任されたのだ。

華と芸の神として、このまま風月寺かざつきでらを無人寺には出来ない。

風月寺かざつきでらを、素敵な寺にしよう」

いちは自身に活を入れる。

そして、その様子を、桜の影から静かに見つめる存在がいた。

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