第1話 異動

「ここが配属先か」

バスを降りて風月山の上空を飛んできた少女は、寺の門前で声をあげた。

非常に、非常にさびれた寺だ。

季節は春。

新緑の苔や桜の木だけが自由に伸び、寺本体はさびびまみれだ。


少女は数日前の事件に思いを馳せていた。

三年に一度の陣定《じんのさだめ》がつい先日あったのだ。

国中に散らばる神様らが一堂に会し、多種の会議をする。

非常に息の詰まる場だ。

そこで会議される一大議題が、異動だ。

そう、担当する寺の異動。

継続期間やタイミングについて、明確な決まりや法則はない。

単純に、異動したい神が、上に掛け合い、了承されれば異動が決まるらしい。

そして、少女が先日まで研修でベテラン神と共に担当していた寺を、この風月寺かざつきでらを担当していた神が異動を申し出、交換に出されたのが少女、という経緯だ。


要は捨て駒というやつだ。

もう一度、寺を見上げる。

どうして長く生きているベテランが、先日までここにいたのかが分からないが、この光景を見れば異動を申し出るのは納得だ。

先日までの研修先は、毎日何百人もの参拝客が訪れる大きな寺だった。

寺に祀られる神の仕事は、参拝客の祈りを聞くことだ。

が、それほどの多くの参拝客が訪れ、祈りを預けていく全ての願いを、神は聞いていられない。

否、聞いていない、と言ってしまった方が正しいだろう。

神という仕事は実に楽なもので、寺でダラダラとしているだけでいいのだ。

何か恨みを買うこともなければ、石を投げられることもない。(投げられるのは寺の方)



「桜、苔、スイセン、植物の寺かここは」

植物が元気であることは大いに結構だが、管理が行き届いていないのなら話は変わってくる。

空を覆い尽くすほど成長した桜、好きに領土を増やす苔、小さな池のそばにはスイセン。その他にも多くの植物がある。

「仕事は多そうだな。うむ。しばらくは暇にならなくて済みそうじゃ」


  ――捨て駒に回された 若手の女神じょしん

                   いちの生活が、始まる――

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