第5話 バサッ

 動けない·······

 立ち上がれない·······

 座り込んだまま、固まっていた。


 『トイレの花子さん』などトイレの怖い話はいろいろある。深夜の駅のトイレや放課後の学校のトイレ、映画館のトイレなど広くて、薄暗く、人気のないトイレの話が多い。


 自宅のトイレの話は、聞いたことがない·······


 寝る前に水分を摂り過ぎたせいか、腹痛で真夜中に目を覚ました。


 壁の時計は2時20分。いつものことだが、点けっぱなしの照明が明るい部屋を出てトイレに向かった。


 腹を下したようで便意が止まらず、終わりが近づいた頃、何もあるはずのない天井、頭の上に何かがいる。


 突然、息が白く凍る。古い冷蔵庫の中のような、冷たく湿った香りが、まるで吐息のように頭にかかる。


 バサッ、黒く長い髪の毛のようなものが、目の前に上から垂れ下がった。


 怖いけど逃げ出せない。立ちたいけど立てない。動くと襲われるかもしれない。上を見れるはずなんかない。


 このまま、朝までもつのかな·······

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