第9話

 何故か荒れ狂う絹子さんを椿さんがなんとか宥めた後、朝凪さんはようやく玄関から通ることができた。

 とりあえずまずは一旦宮瀬さんを布団に寝かせて、どういう事なのか話を聞かせてもらおうというわけだが。


「つまり朝凪さんが綺麗すぎて幽霊に嫌われてるってことですか……?」


「うーん、ちょっと語弊があるけどまあそんなところかな」


 絹子さんや屋敷の幽霊たちに朝凪さんが嫌われているその理由は、どうやら朝凪さんの体質にあるらしい。

 絹子さんは怒って奥へ引っ込んでしまったが、いつもは悠々自適に暮らしている幽霊たちもやけに緊張感のようなものがあって誰もいないはずの隣の部屋から殺気をものすごく感じる。

 怖いからやめてくれ。おれは悪くないのに。


 彼らをそんなふうに変えてしまった朝凪さんの体質とは、ずばり除霊だと。

 いやいや朝凪さんにそんな能力があるなんて初めて聞く話だが、と驚かされたが、それならば一つ納得がいくことがある。


(だからあの時絹子さんがあんなに怒ってたのか……)


 おれが初めて幽霊屋敷に足を踏み入れた日だ。

 朝凪さんの名前を出した途端、絹子さんの態度が豹変し、おれはめちゃくちゃな怪奇現象に巻き込まれていた。

 この屋敷の影の支配者、真の主は他でもない絹子さんである。

 幽霊屋敷の噂の元となった殺された女中が絹子さんなのか、本当だとしたら気まずい話題なのは間違いないので聞いたことはないが、この屋敷の原動力となる大元の存在は絹子さんだ。

 どうやら彼女の霊としての力が幽霊たちを呼び寄せ、屋敷としての姿を保っているらしい。

 そんな絹子さんにとって朝凪さんは厄介以外の何物でもないのだと。

 だからおれを朝凪さんの関係者だと思って精一杯嫌がらせしてくれたというわけだった。


「でも朝凪さんにそんな力があったなんて、おれ初めて知りましたよ」


「人には隠してるからねぇ。一族の掟もあることだし、無闇に言いふらしたって得るものはないから、御厨くんにも話せなかったんだ。むしろ、関係者以外で知っているのは凛世ぐらいだよ」


 確かに除霊能力なんて人に言ったって信じちゃもらえない話だろうが……一族、とは?

 朝凪さんは名家のご子息だったりするわけだが、もしかして朝凪家は全員揃って厄祓いができたりするのだろうか。


「小鞠くんも俺の助手である以上ほとんど関係者みたいなものだし、知っておいてもいいんじゃない。朝凪家のこと」


「えーっと、やっぱりおれ聞かない方がよかったりします……?」


 なんだか深い話になりそうで、おれは恐る恐る朝凪さんに尋ねてみるが、朝凪さんは首を横に振った。


「いや、いいんだ。今更隠す理由なんてない。御厨くんも、いつだったか朝凪家で働いてくれていた頃があっただろ。朝凪藤真のこと、覚えているかい?」


 その名前を出されておれはすぐに頷いた。


「もちろんです。あの方には大変お世話になりましたので」


 朝凪藤真という方は、おれが以前雇ってもらっていた朝凪家の人だ。

 彼は朝凪さんといくつか歳の離れた兄だそうだが、おれが仕事を理不尽にクビにされて行くあてもなく困っていた時に出会って拾ってもらったのだ。

 その時おれはたまたま河川敷を歩いていて、帽子が風で飛ばされて川に落ちてしまったと泣く子供にせがまれて、仕方なく取りに川へ入ったところを通りすがりの藤真様には入水自殺をしようとする人に見えたらしく、猛烈な勢いで止めに来られたのがきっかけだった。

 帽子は植物に引っかかっていてすぐ取れる位置にあったのだが、おれは相当疲れた顔をしていたらしく藤真様には人生を諦める少年に見えたそう。

 今思うとめちゃくちゃな出会いだが、その後は使用人間で面倒事に巻き込まれたりして結局藤真様の伝手で他の就職先を薦めてもらったりするわけだが、またそこでも厄介事続きで今は文楽社に世話になっている。

 おれは自分でも相当ツイてない奴だという自覚はあるが、藤真様に就職面で何度も助けてもらったおかげで文楽社にいられるわけだし、あの方に出会ったのはおれの人生で最大の幸運だったと断言出来る。


「兄さんの屋敷にいた頃、こういうものを見かけなかったかな?」


 朝凪さんが差し出したのは一枚の短冊のような紙だ。

 なんだか変な模様が墨で書いてある。

 朝凪さんにしては珍しく胡散臭い怪しいものを出してきたな。


「いや……よく分かんないですね」


「胡散臭いとか思ってるでしょ」


「まあ……いや、そうじゃなくて。でも言われてみるとどこかで見たような……?」


 椿さんは無視してなんとか思い出せないか少し考えてみる。

 三つの輪とよく分からない文字っぽい模様と、線が繋がったようなこれ。

 どこかで見たことがあるような、ないような……。


「あっ思い出した。廊下で拾ってゴミだと思って捨てようとしたら物凄い怒られたやつだ」


 おれの答えを聞いた途端、朝凪さんは苦笑いで椿さんは腹を抱えて爆笑していた。


「ゴミって……!あははっ、こりゃすごい!やっぱり小鞠くんは度胸あるねぇ」


「なにが?」


「そう笑うものじゃないよ。知らない人が見たら不審に思うのも仕方ない。兄さんも気をつけているだろうけど、そもそも霊力の無い人間には見えない造りになっているんだから、御厨くんに見えたことが想定外だったんだろうよ」


「これがなんなんですか?」


 またしても二人の会話についていけない。

 これがなんだって言うんだ。おれが藤真様の屋敷で働いていた時さ偶然拾っただけだったが、やっぱりなにが重要な物だったのか。


「実は、朝凪家は代々厄除の力を持つ術師の家系なんだ」


 朝凪さんは神妙な顔をして語るが、おれにはあまり理解できなかった。

 術師ってなんだそれは。

 非現実的なものに囲まれて生きているにはいるが、朝凪さんまで非現実のお仲間になるっていうのか。


「そう難しく考えなくていいさ。術師ってのは霊能力者とか異能力者みたいなものだよ。俺の小説にも度々出てくるだろう。ほら、乙女ちゃんの時も最後は術師が出てきて封印するってくだりがあったよね」


 そうだ。

 惨劇の終わりに、水成村の大量不審死を聞きつけて別の村から訪れた術師が怨霊を封じ込めていた。

 最後は全てを諦めるか、それとも元の生活には戻れなくとも人でありたいかと少女自身に決断を迫り決めさせていたが、怪異がいなくなっても少女の心は未だ苛まれ続けるという後味の悪い終わり方。

 どこまでも残酷に描く容赦のなさが評価されているんだろうが、椿さんの口ぶりだとその術師の元となる人物は一人しかいないだろう。


「じゃあ、もしかしてあの小説に出てきた人物が朝凪さんってことですか……?」


「その通り。家のことは表向きには隠されているからほとんど凛世に創作してもらったけど、実際に水成村で封印の儀を行ったのは僕だよ。まあ陰陽寮も無くなった今の時代に、この手の話題を公表したところで人々に支持されるかと言われればそうではないし、これまで通り一般には秘匿された家業として扱わなければならないからね」


 宮瀬さんと朝凪さんが知り合った理由も、単に椿さんが理由ではなく、あの村に怨霊を封印する役割を朝凪さんが果たしてくれていたからだった。


 しかし、古い歴史を持つ名家も大変らしい。

 この時代、様々な新しいものが海の向こうから輸入され、国は徐々に姿を変えつつある。

 そんな時代に秘術や厄除といったものはそぐわないではないか、ということか。

 だったら尚更怪異なんて存在も非科学的で存在を認められることは無くなっても良さそうだが、それでも奴らがこの国に存在し続けているのは、それが答えなのだと言うしかない。


「あれ、じゃあ椿さんも術師じゃないんですか」


 椿さんだって不思議な術をおれの目の前でわんさか使ったりしていたじゃないか。

 もしかするとこの人も朝凪さんみたいにどこかの名家の息子だったりするのか、と思いきや。


「俺のは違うんだよ。ま、なんていうか由緒正しい術師たちにとっちゃ俺は邪道みたいな存在かなぁ。大っぴらに力を使ったら文句とか言われちゃう感じなのさ」


「それ、どういう……」


 由緒は正しくなさそうなのは分かるが、邪道ってことは正統派な所に所属してるってわけじゃなさそうだ。


「ともかく。そういうわけで、僕としても今回の件には深く関わっていることだから大人しくしているわけにはいかなくてね」


 ぐだぐだになりそうな雰囲気のところを朝凪さんが仕切り直す。

 何故朝凪さんが突然眠る宮瀬さんをここに連れてきたのか。

 話によると、宮瀬さんが突然喫茶店で倒れたらしく、身寄りのない宮瀬さんを遠い親戚だと喫茶店に紹介した朝凪さんの元へ連絡が来たそう。

 朝凪さんはちょうど先程話題にも出た朝凪藤真様の所に今日は用があったらしいのだが、予定を変更して藤真様の所で車を借りて宮瀬さんを連れてここまで来たのだと。

 外は激しい雨で、女性を背負って歩けるような天気じゃない。

 確かにあの方なら、皆まで言わずとも快く運転手付きで貸してくれそうだ。

 朝凪家がそういう家だということは宮瀬乙女についての情報を藤真様とも共有している可能性も高そうだ。


「でも職場で急に倒れたってねぇ……。事が動くにしては想定よりも早いけど、変だよね。名門朝凪家の力でもたった数ヶ月しか保たないなんてそんなことあるかなぁ?誰かが意図的に封印を解いたとかじゃない限り、ありえないと思うんだけど……」


「それは今考えることじゃない。とにかく彼女を守ることが最優先だよ」


 宮瀬さんは客室に寝かせているが、熱があるわけでもなくただ本当に眠っているだけのようだった。

 医者に運ぼうにもこれは医者には治せないだろうと言わなくても分かる。


「とりあえず、これからどうするか話し合いませんか」


 今日あった出来事も朝凪さんに共有しておきたい。


「だね。今日は朝凪も泊まってくんでしょ」


「そうさせてもらうよ。もっとも、ゆっくり眠れる時間があるかどうかだかどね」


 車を帰らせている時点で泊まるつもりだったんだろう。

 外から絹子さんの金切り声が度々聞こえてくるがやむ無しだ。

 後で好き放題お世話させてあげて機嫌を直してもらうしかない。



 それからおれたちは情報を共有しあい、今日出会った不審な男についてや、宮瀬さんをどうするか話し合った。

 おれが会った男は件の怨霊で間違いなさそうだと。

 彼と出会った後から延々と降り続く雨。

 宮瀬さんにとってそれらが精神面にどのような影響を及ぼすのか、考えるまでもない。

 だが宮瀬さんの負担を考えれば、いつまでも宮瀬さんをこの屋敷で眠らせておくわけにはいかないだろう。


 そして椿さんのわざとらしいあの発言は、多分全て分かった上でのことだ。

 それを踏まえれば、話を逸らした朝凪さんも同じだろう。

 さっき勝手に助手扱いしてくれていたが、おれにも洞察力とかいうのが身についてきたかもしれない。

 椿さんが言いたいこと、おれにも見えてきた。


 そして来訪者は、夜深くに訪れる。

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