5,ペンギンふたたび
僕らはまたタチバナデジタル
臨時休園中の動物たちは気ままだ。餌を食べるモーション、あくびのモーション、排せつを模したモーション。すべて、覚えている。生き物を作るのは大変なことだから。
僕は壊れてしまったペンギンたちの修理を見積もるための視察もかねて、海獣エリアに足を運ぶ。
「故障したペンギンは六羽か……」
三次元でつぶやいた僕は、
耳もとで姫路が言う。
「壊れたペンギンは六羽中五羽が確認できる」
「やっぱりか。あの座標固定ペンギンはカウントできない?」
「
「笑うとこじゃない。その子だけどういうわけか空間と融合してるってコトだろ。その子は完全に新規で作らないと……」
「そりゃ、――」
姫路の笑い声が止まった。
「稲荷! ペンギンの群れが来やがった! やばい!」
「えっ」
僕は棚からひきだしかけていた資料をばらばらと落としてしまう。ペンギンの三面図から、音声端末、動画ディスクなどが散らばった。やばい。大声がでる。
「アッ……くっそー! まずった!」
「何やってんだよ!」
「いま三次元でトラブってるとこ!」
拾えない。足元に落ちた紙一枚、ディスク一枚……。焦りばかりが募っていく。ペンギンは動物園に押しかけているし、自動車椅子はディスクに引っかかっているし、ディスクを踏み壊してまで作業デスクに戻るかどうか僕は迷っている。
「くそ、くそ……!」
メタバースみたいに。メタバースみたいに歩けたら。自由に歩けるなら――。もしも姫路が隣にいてくれたら。姫路みたいな人が隣にいてくれたら――!
何度も諦めては復活し続けるマイナスな感情が吹きこぼれるよりも前に、そいつは僕の目の前に現れた。作業室の方角から足音が聞こえてきて……。
ぺたぺた、ぺたぺた。
「くぇっ」
ぺた。ぺたぺた。
「あ?」
「くぇくぇ」
それはペンギンだった。しかもその模様、姿かたちが――。
「座標固定ペンギン……?」
「何呟いてんだ早く戻ってこい! お前、ペンギンに食われかけてんぞ! 早く離脱しろーッ!」
間違いなく宙で固まっていたあの子だ。僕の造ったペンギン十八羽の中の一匹。
ペンギンは僕の車椅子の進路を妨げているディスクへ歩み寄ると、そのくちばしでディスクを引きずり出し、そして「どけましたよ」という顔を見せた。
「あ、ありがと」
僕は取り急ぎ車椅子を走らせ、作業室に戻る。デスクの前に着いたとき、僕のアバターはすでにエラーを吐いていた。エマージェンシーカラーの赤が画面上を染め上げている。こんなのは見たことが無い。
「戻った!」
「ちょっと紺、紺ちゃん? アバター動かしてみ? 腕上げて? ああもう、言わんこっちゃない! 座標固定
アバターが完全に壊れてしまって動物園の中に融合されてしまったことに気づいた僕は、大きく息を吐きだした。壊れたメタ僕の視界には、相変わらず壊れた座標固定ペンギンがいる。
「姫路、あのさ」
「なに、座標固定フォックス!!」
僕は三次元で後ろを振り返った。座標固定ペンギンが首を傾げてこちらを見ている。
「仮説がある。ばかばかしい仮説だけど」
「なに!?」
「ペンギンは誰の指図も受けていなくて、ただそこに存在するだけだったとしたらどうする?」
「え?」
「変な話なんだけど。……あのさ、姫路。今度、逢いに行ってもいいかな」
「は?」
「見せたほうが早いと思う。……そんで、説明もちゃんとできると思うんだ。その時には」
僕はペンギンに手を伸べる。ペンギンはぴょんと跳ねて僕の足を登り、膝の上まで来た。確かに存在するのに重みが無いのは、僕が彼に重みを与えなかったからだろうか。
「うーわ。奥手な稲荷が情熱的に口説いてきた、どうしようかな。……じゃなくってえ! 今はこの惨状をどうにかしなきゃなんないんだよ!?」
「多分、僕らの手には負えないよ、姫路……」
座標固定ペンギン、彼が本当に動物園の中で壊れて存在しなくなってしまったペンギンそのものだとしたら、次は。次に現れるのは。
「オブジェクトとして消えたペンギンはここに居るよ」
――仮に。
僕は冷たくも無ければ手触りもない、けれどそこに存在だけしているペンギンの胴を抱きながら、思う。
上位存在、彼らの世界のペンギンが、何か間違って、立花さんの動物園になだれ込み、ペンギンを食い荒らしてしまったとして。
代わりに、お詫びに――まったく同じ、僕が造ったままの造形のペンギンを、メタ動物園ではなく、僕の所に送り込んだとして。
「くえっ」
「……姫路。これからも怪現象は続くと思う。だから、一度動物園自体の引っ越しを考えたほうがいい」
「引っ越し……?」
「うん。被害拡大を防ぐにはこれしかない」
僕は天井を見上げた。でかい文字で、書いてある。
「I’M SORRY….」
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