2,姫路

 うさぎ・リシュー・姫路ひめじはタチバナデジタル動物園ZOOの設立にかかわった一人だ。アバターは中性的でショートボブの髪、頬にペイントのハート、メッシュはピンクと奇抜だが、腕は確かな空間設計士である。巷じゃ「天才空間設計士」とか呼ばれているらしい。インターネットで調べたら、本当だった。


 僕は彼(あるいは彼女)のことをどう扱っていいかわからない。そも性別も不明で、メタタウンのメタ喫茶カフェで、文字でしか会話したことのないビジネスパートナーの何がわかるのかという話だ。アバターを好き勝手に弄る人間は多いのだから、姫路が女の子かどうかはわからない。

 そうあってほしいという僕の願望は抜きにしても。


「紺ちゃん、聞いた? 例のペンギンの話」

「聞いたよ。ペンギンに食われて僕のペンギンが破損したって話だろ」

「ウン、タッちゃんから紺ちゃんにも声かけたって聞いたからさー」


 タッちゃんって。

 呆れる一方、僕のことも最初から「紺ちゃん」呼びだったことを思い出して、僕は三次元で頭を掻いた。ああもう! 姫路に聞こえないところで息をつくと、僕は情報を得るべくチャット欄に猛然と文字を叩きこむ。


「で、ペンギンに心当たりは? 僕はないよ。自分のデザインした動物の数は覚えてる。それ以上にペンギンが出てくるとしたら、何らかのバグだ」

空間ハコの方にも問題は無かったと思うけどな。誰かにいたずらされたんじゃなければ」

「いたずら?」

「最近いるじゃん、荒らし」


 姫路は自前のオリジナルモーションで頬に指をあててみせた。三次元の女の子がやったらどれだけ可愛いだろうか。


半端ハンパに知識をかじったクソガキが承認欲求をこじらせてやる迷惑行為のこと、知ってるでしょ紺ちゃん」


 歯に衣着せぬ物言いは愛嬌に入るだろうか? でも僕は姫路のこういうところが嫌いじゃない。


「ありえなくはないじゃん? あそこ治安良いし評判も良かったから標的ターゲットにされてもおかしくない」


 しかし展示物を破壊するとなればちょっとしたテロ行為だ。三次元に置き換えたときの被害額を考えると半端じゃない。デジタルで済んでよかったのかもしれない。


「いや、よくなくない?」


 姫路は足を組む(これも自分で組んだモーションだという)。


「よくないよ、自分の仕事で動いた額考えなって。しかもボクたち二人ぶん。タッちゃんまじでかわいそう」

「……そっか、そうだね」

「で、そろそろ約束の時間だ、行くよ紺ちゃん」

「うん」


 姫路といると、僕はずっと姫路に主導権イニシアチブを握られているような気がする。しかも、それが僕の性格になじむというか、心底心地いいから、困っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る