ペンギン・ボックス・パラドックス

紫陽_凛

1,バース

 世界verseは大抵、立方体を幾つもつなげた形をしているので(つまるところ正六面体のブロックを積み上げて形成されているものだから)どこかには果てを形成するが存在している。僕はその隅で、自分の作り上げた作品について思いを馳せる。世界の果ては思いがけず近くにあるものだ。触れようとしたパキラに手が届かないとき、そこにがあることに気づくとき、僕はわけなく寂しくなる。そこは世界の壁際だ。

 箱の中には人々のアバターがうごめいている。僕の作ったトイ・プードルCanis lupus familiarisが年端もいかない女の子の足元でじゃれるのを眺める。


 僕の手掛ける商品――彼らに命はない。けれど命があるように見せなければならない。今回はそういうオーダーだ。きわめて自然ナチュラルに愛嬌を振りまき、時折をやったり、人間と意識を疎通しているかのようなふるまいをプログラムする。飼い犬のプログラムは特に難しい。ただの動物と違って、若干の学習プログラムを組まなければならないからだ。彼らは人とのかかわりで成長していかなければならない。それも、飼い主の振る舞いに応じて。だからこの小さな、もふもふした動物のアバターの中に内蔵されているのは、ちょっとした人工知能だ。それこそ本物の犬トイ・プードルの脳体積では収まりきらないほどの機構が。


「こちらのチューニングでいかがでしょうか」


 僕は依頼主のアバターを見た。優しそうな父親と母親、小学生くらいの娘のテンプレート。

「予想以上です。娘も喜んでいます」

「ありがとうございます」


 頭を下げるエモーション。僕もそれにならい、形式通りの挨拶をする。マウスを操作してクリック。僕の分身は丁寧に頭を下げた。


「それでは支払いは後程、メールにて詳細を。データが破損した場合はご連絡ください」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 コンマ数秒で父のアバターが応答する。

 娘の足元に僕の造った犬が座ってじっとこちらを見ていた。ときどき、僕はこうして生み出したに対して問いかけたくなる。


 この世界バース、どう思う?


 バース二つ目の世界が普及した今は、僕らの生きる三次元世界リアルとアバターで生きる仮想世界メタバースの二重構造になっている。僕らの窮屈な脳の中身は、電脳世界に解き放たれてPCの画面いっぱいに新時代を作り出した。三次元が不自由な僕に言わせれば、人間世界は内側に拡張するのではなくて外側に拡張するべきだと思う。

 僕の仕事はデザイナーでありプログラマーだ。動物専門で、動物園の動物から、町中の鳥、それからこうして個人のメタハウスの愛玩動物まで、仮想世界の動物なら何でも請け負う。その代わり一件あたりの報酬はかなりはずむ。おかげで僕は、独り身ながらお金の不自由なく暮らせている。

 メタ家やメタタウンの設計士はたくさんいるけれど、動物専門の設計士プログラマとなると数が少ないのだ。予約はずいぶん先まで埋まっているから、しばらく仕事には困らない。

 

 依頼主のメタ家を退出してすぐに、僕はメールの確認をする。急ぎの用事があればそちらを優先しなければならないし、組んだプログラムがエラーを吐く可能性だって否定できない。僕の生活は綿密かつ緻密なスケジュールとたくさんの顧客によって成り立っていて、それをないがしろにすることはできない。

 そしてそれ計画崩れは定期的に起こるものなのだ。そろそろ何かはずだ。

 思った通り――メールの中に【緊急】の表題を見付けた僕は、そのメールをすかさず選択する。そして素早く目を通していく。


・・・・・

【緊急】メンテナンスのお願い

 稲荷いなり・F・こん 様

 大変お世話になっております。

 タチバナデジタル動物園ZOO館長の立花です。

 至急、五年前に依頼しました園内動物のメンテナンスをお願いしたくご連絡さしあげました。

・・・・・


 動物園の動物のメンテナンス? 僕は画面から身を引いて腕を組んでしまった。

 確かに五年前、大きな仕事を手掛けたことがあった。「インターネット上にメタ動物園をオープンさせたいから力を貸してほしい」と言われ、膨大な額(それでも動物の数を想えば、適正価格だった)を提示されて承諾した。

 メールには続きがある。


・・・・・

 現在、本園にて原因不明のバグが発生しており、稲荷様の手掛けた動物たちのデータが破損してしまうという事例が続いております。被害は拡大する一方で、我々も途方に暮れております。動物たちの一刻も早い復旧のために、時間を作っていただくことは可能でしょうか。

 急なお願いで大変恐縮ですが、ご検討いただけますと幸いです。

 なにとぞよろしくお願い申し上げます。


 立花

TEL:XXX-XXXX-XXXX

・・・・・


?」 

 いったい何が起こったというのだろう。僕はメールの末尾の電話番号にアナログの電話を掛けた。

 僕の名前を聞いてすぐに、問題の館長が出た。経緯を説明してほしいと僕が頼む前に、館長は深刻そのものの声音でこう告げた。


「データを喰うペンギンの群れがですね、出るんですよ」


「データを喰うペンギンの群れ!?」


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