ペンギン・ボックス・パラドックス
紫陽_凛
1,バース
箱の中には人々のアバターがうごめいている。僕の作った
僕の手掛ける商品――彼らに命はない。けれど命があるように見せなければならない。今回はそういうオーダーだ。きわめて
「こちらのチューニングでいかがでしょうか」
僕は依頼主のアバターを見た。優しそうな父親と母親、小学生くらいの娘のテンプレート。
「予想以上です。娘も喜んでいます」
「ありがとうございます」
頭を下げるエモーション。僕もそれにならい、形式通りの挨拶をする。マウスを操作してクリック。僕の分身は丁寧に頭を下げた。
「それでは支払いは後程、メールにて詳細を。データが破損した場合はご連絡ください」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
コンマ数秒で父のアバターが応答する。
娘の足元に僕の造った犬が座ってじっとこちらを見ていた。ときどき、僕はこうして生み出した子供たちに対して問いかけたくなる。
この
僕の仕事はデザイナーでありプログラマーだ。動物専門で、動物園の動物から、町中の鳥、それからこうして個人のメタ
メタ家やメタ
依頼主のメタ家を退出してすぐに、僕はメールの確認をする。急ぎの用事があればそちらを優先しなければならないし、組んだプログラムがエラーを吐く可能性だって否定できない。僕の生活は綿密かつ緻密なスケジュールとたくさんの顧客によって成り立っていて、それをないがしろにすることはできない。
そして
思った通り――メールの中に【緊急】の表題を見付けた僕は、そのメールをすかさず選択する。そして素早く目を通していく。
・・・・・
【緊急】メンテナンスのお願い
大変お世話になっております。
タチバナデジタル
至急、五年前に依頼しました園内動物のメンテナンスをお願いしたくご連絡さしあげました。
・・・・・
動物園の動物のメンテナンス? 僕は画面から身を引いて腕を組んでしまった。
確かに五年前、大きな仕事を手掛けたことがあった。「インターネット上にメタ動物園をオープンさせたいから力を貸してほしい」と言われ、膨大な額(それでも動物の数を想えば、適正価格だった)を提示されて承諾した。
メールには続きがある。
・・・・・
現在、本園にて原因不明のバグが発生しており、稲荷様の手掛けた動物たちのデータが破損してしまうという事例が続いております。被害は拡大する一方で、我々も途方に暮れております。動物たちの一刻も早い復旧のために、時間を作っていただくことは可能でしょうか。
急なお願いで大変恐縮ですが、ご検討いただけますと幸いです。
なにとぞよろしくお願い申し上げます。
立花
TEL:XXX-XXXX-XXXX
・・・・・
「動物たちの一刻も早い復旧のために?」
いったい何が起こったというのだろう。僕はメールの末尾の電話番号にアナログの電話を掛けた。
僕の名前を聞いてすぐに、問題の館長が出た。経緯を説明してほしいと僕が頼む前に、館長は深刻そのものの声音でこう告げた。
「データを喰うペンギンの群れがですね、出るんですよ」
「データを喰うペンギンの群れ!?」
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