エピローグ それぞれの進むべき道(後編)


「ふぅ、おいしかったぁ~! 食べたのは二回目だけれども、シアの料理は最高だよ! ありがとう、ご馳走さま」


 俺は食堂という名の調理場と地続きになっている場所で、シアの料理に舌鼓を打っていた。


 しかもその料理も屑野菜を煮込んだ貧相な物ではなく、滅多に食べられない白パンにガーリックを効かせた香草風味の鳥の丸焼きや、調味料をふんだんに使用したスープ。更にはデザートに、リンゴを使ったパイなど堪能してもう満腹だ。

 

 何でもカレン様が大量の食料と調味料を、辺境伯領から持参して来てくれたらしい。

 

 流石、大貴族のご令嬢。子供達も満足そうにお腹をさすりながら、遊興部屋へと帰っていった。俺も大満足だ。

 

 ……まあ、俺が開けてしまった大きな壁の穴が視界に入らなければの話しなのだが。


「フフ、お粗末様でした。壁の穴は気にしないでね? リベロが目を覚ました今、今日にでもここを立つ予定だから」


 そうなのだ。中断していた本題の孤児院が解体という話なのだが、実は驚くべき事にここの領主も違法奴隷売買に一枚噛んでいる節があるのだとか。


 確かにそう考えればこれまでの孤児院に対する仕打ちにも納得がいくし、点と点が線で結ばれたような気はする。


 町の住人達が急に冷たくなったのも、きっと領主権限で脅されていたからであろう。


「まあそのうちここのガストン男爵には痛い目を見て貰いますわ。私の可愛い侍女兼親友を痛め付けてくれたお礼は、たっぷりしませんとね、ウフフフフ」


 こ、怖ぇ~、セバスさんと同じ位怖い。カレン様も怒らせたらダメな人だ。


「なのでこの醜悪な町には最早、一時でも住む理由がありませんの」


 カレン様はそう言葉を紡ぐと持っていた扇子を閉じ、手の平で打ち鳴らした。一先ずこれで手打ちという意味なのだろう。

 

 その後も詳しく話を聞くと、この孤児院は辺境伯様の名義で土地と建物を買い取る事になったらしい。


 ただし建物は危ないので解体する事、その後は監視小屋を建てて、腕利きで子飼いの影の者を常駐させ男爵一味を見張らせる事にしたのだとか。


「執拗にこの土地を狙っていた経緯が気になりますわ。ここにはガストンが気に掛ける何かがあると思っておりますの」


 確かに、この土地を嫌がらせしてまで欲していた理由がきっと何かあるのだと思う。


「だけどまた嫌がらせとかは、されませんか?」


「お父様名義の土地に手などだしたら男爵如き、鼻紙にチーンしてポイですわ」


 カレン様が言うには王候貴族と云うものは序列が絶対なのだそうだ。


 つまり男爵という下位貴族が侯爵相当の上位貴族である辺境伯の物に手を出せば、軽い火傷では済まないらしい。


 更に話してくれた内容によると、子供達は辺境伯領にあるきちんとした孤児院に預けられる事、シアはお嬢様の侍女へ再び戻る事になったそうだ。


「良かったな、シア! これで食うや食わずの生活から脱せるな」


「ありがとうリベロ。子供達と暮らせなくなるのは寂しいけれど、お屋敷の近くに孤児院があるから、直ぐに会いに行けるの。お嬢様には本当に感謝しかないわ」


 そう言って弾けさせた笑顔がとてもまぶしい。何か心無しか、以前よりも血色が良くなって肌も髪も艶が出てきて可愛くなっている気がする。


 この二日、食料事情が改善されたからだろうか?


「フフ、そんなにシアを見つめてもあげませんわよ?」


「なっ!? い、いえ違います! そ、そんなんじゃないですから!」


「か、カレンお嬢様!?」


 俺がシアをずっと見ていたせいでもあるのだが、カレン様が突拍子もない事を言うもので、俺もシアもお互いに顔が真っ赤になってしまった。


 咄嗟に否定するのだが、後の祭りである。


「お嬢様、お戯れが過ぎますよ」


 と、そこへ文字通り救世主が現れた。

 セバスさんである。


 スゴい、全く気配を感じさせなかったし、いつの間に俺達の後ろに控えていたのか皆目検討がつかなかった。


「セバス、ご苦労様です。まあ半分戯れで、半分本気ですわ……それで、準備はできましたの?」


「はい、万事滞り無く。いつでも出発出来ます」


「それは重畳。であるならば善は急げですわ、早速出発致しましょう」



◇ ◇ ◇



 それからの行動は随分慌ただしかった。


 セバスさんが既に全員が乗れる馬車を手配しており荷物なども予め積んでいたので、後はもう乗り込んで出発するだけとなっていたのだ。


 流石できる執事セバスさんである。


「護衛の冒険者が見当たらないんですが、大丈夫なんですか?」


 俺はカレン様に聞いた。


 そう、良く見たら護衛がいない。ここから辺境伯領までは馬車を飛ばしても、丸々二日は掛かる距離だ。


 カレン様とシア、子供達を守り御者もこなしながらだと幾らセバスさんが強くても野盗や山賊、魔物に襲われた時などの危険が大きすぎると思う。


「フフ、心配要りませんわ。セバスは元剣聖ですから」


「け、剣聖っ!?」


 カレン様が発した余りの衝撃的な言葉に、俺の言葉は裏返った。


 剣聖といえば俺でも知っている有名な人だ。


 絵本や小説の題材で出てくるのは勿論、演劇や吟遊詩人の題目としてその名が語られる事は数知れず。


「ええ、ですから野盗や山賊が千人集まろうと、魔物が万匹集まろうと敵ではありませんの。さらに言うならこの私も、ある程度は戦えますし」


「お、お嬢様も?……ん、あれ? でも名前が違うような……?」


 そうなのだ。当代から過去の剣聖を省みても、セバスという名は見当たらない。


 こう見えて俺は割りとミーハーで、剣聖マニアだったりする。


 そう、自分が英雄になろうなんて微塵も思ってはいなかったのだが、影からこっそりと堪能するのは大好きだったのだ。


「セバスティアンというのは洗礼名ですの。正式名称はアーデルハイド=セバスティアン・フォン・グローデンですわ」


「け、剣聖アーデルハイド様!……歴代の中でも最強だと云われている剣聖の中の剣聖……又の名を、その様相から黒緋くろあけの剣聖と呼ばれている……」


 俺は剣聖辞典に綴られていた文章を、そのまま無意識に暗唱していた。


 はっきりいってもはや放心状態である。


 そりゃあ、ボンズ如きが敵う訳が無い。まあそのボンズに手も足も出なかった俺が言っても詮無き事だが……。


「ん? 今”フォン”とも言いました?」


「フフ、よくお気付きになりましたわね? そうなのです。セバスは剣聖時代、先代陛下から子爵位を叙爵されましたの。なのでここのガストンより爵位は上ですわ」


 うわぁー、凄い人だとは思っていたが、ここまでとは……でも何で貴族で剣聖だった人がお嬢様の執事をやっているんだろうか? 


 うん、聞きたいけど、触らぬ神に祟り無しだな。


「剣聖の称号を弟子に譲ってからファーストネームだと煩わしくなったので、通り名をミドルネームに替えたのです。貴族位も既に息子に譲っております故、お気になさらず」


「せ、セバスさん!? いや、剣聖アーデルハイド様!」


 そこへまたしても音も無く登場するセバスさん、いやアーデルハイド様。


「セバスで結構ですよ? 私はもはや剣聖ではありません。今は只のカレンお嬢様付き、一介の執事セバスですから」


「い、いやしかし……」


「セバスとお呼び下さい」


「……はい」


 俺はセバスさんの笑顔の奥底に光る圧に負けて、コクリと首を縦に振るしかなかったのだった。


「――さて、出発前にリベロ殿にはこちらをお渡ししておきます」


「これは何でしょうか?」


 俺はセバスさんからニ通の手紙を受け取った。


 裏を見ると両方共きちんと蝋封がされており、正式なものである事が伺える。


「一通は私の友人である拳聖への紹介状です。住所は表に記載してあります。もう一通は、カレンお嬢様からリベロ殿のご両親への手紙となっております」


「け、拳聖様とうちの両親への手紙……」


「今回の件で随分とご心配をお掛けしたと思われますでしょ? 私の名でお詫びと経緯を記した手紙ですわ」


 カレン様がそう言って俺の問いに答えてくれる。


 確かにスキル授与が終わったその日に帰る筈が、随分と延びてしまった。きっとかなり心配しているだろう。これは本当に有り難い。


「ありがとうございます、これで説明が省けます……それでもう一通の拳聖というのは?」


「リベロ殿。あなたは私に弟子入りしたいと思っているのではないのですか?」


「なっ!? 何でそれを!?」


 セバスさんが言った通りだった。


 俺はあの助けられた時から魅了されてしまって、少しでも強くなる為にこの人に弟子入りしたいと考えていたのだ。


 だが俺は、自分が考えていた件をセバスさんに見透かされて、剣聖と聞いた時とは別の驚嘆を覚えた。


「剣聖を長くやっていますとリベロ殿、あなたのような者達を何人も見て来ておりますから」


「そうなんですか……」


「ただ残念ながら、弟子入りはお断りさせて頂きます」


「えっ!?」


「ああ、勘違いしないで下さい。これは別に意地悪で言っているのではありません。あなたが単純に剣に向いていないというだけの話です」


 セバスさんが落胆する俺に向かって、訂正をする。向いていないとはどういう事だろうか?


「剣とは幼き頃より血豆を何度も潰す程振って研鑽を積み、会得するものです。リベロ殿、あなたの年齢では流石に遅すぎるのです。今から剣を習えば余計な癖が付き、それが却って弱点となってしまうでしょう」


「そ、そうなんですね……」


「ええ、ですから貴殿には剣よりも”こぶし”の方の拳聖を紹介しようと考えました。あの大男との戦いぶりを拝見しまして、そちらの方が良いかと思った次第です。まあ偶々拳聖の知り合いも居りましたしね」


 なるほど、やっぱり俺は脳筋属性な訳ですね……。


 まあでも考えようによっては悪い事じゃない。単純明快で俺らしいし、魔力も少ない俺じゃあ魔法関係も無理だと思うからな。

 

 ただ俺の場合、脳内ジャッジ達次第ではあるんだけど。


【我田引水】_(:3」∠(:3」∠(:3 ∠(:3」∠

           \[まかせろ!]/


 だから寝てんじゃないよ!

 任せられないから!


「話しは終わりましたか?」


 そこへシアが間に割って入ってくる。


 子供達を全員馬車に乗せ、残りの手荷物も全て積み終わったらしい。

 馬車の中ではミールが年長者として、他の子供の面倒を見ていた。


「シア、短い間だったけど世話になったな。ありがとう」


「ううん、こちらこそゴタゴタに巻き込んでごめんなさい……はい、これ」


 そう言って俺に、一枚の金貨を手渡してくるシア。


「これは?」


「村へ帰る辻馬車代も無いって言っていたでしょ? だからこれ……あっ、あげるんじゃないからね? 貸すだけだから!」


「うん」


「だから……そのうち絶対に、辺境伯領へ返しに来てね?」


 そうか、そりゃあ絶対に返しに行かないとだよな。


 拳聖様との修行がどれ位の時間が掛かるか分からない。

 というより弟子入り出来るかさえ分からないけれど、この約束だけは絶対に破れない。


「分かった、このお金はありがたく借りておくよ。絶対に返しに行くから、待っててくれ!」


「うん、待ってるわね?」


「――さて名残り惜しいですが、早速出発致しましょう。リベロさん、心身を磨き終わったら、是非とも辺境伯領へおいで下さいませ。歓迎致しますわ」


 カレン様が俺にそう言葉を投げ掛け、馬車へと乗り込む。続けてシアも乗り込み、セバスさんが最後に御者台へと配置に付く。

 

 ああ、これで本当にお別れか。短い間だったけれど、濃い時間のせいで辛く込み上げてくるものがあるな。


「お嬢様の言う通りです。貴殿の成長した姿を見るのを私も楽しみにしております――ああちなみに拳聖は、女性ではあるのですが酒癖が酷く悪い者なのでご注意下さい」


「ん?……えっ、ちょっとセバスさん!? 今、何か不穏な言葉を聞いたんですがっ!?」


「頑張ってね、リベロ」


「ごきげんよう、ですわ」


「じゃーな、リベロ兄ちゃん!」


「「「さよならお兄ちゃんーーー!」」」


「「リベロお兄ちゃーーん! バイバイーーー」」


「「「おにいたん! ばいばい!」」」


「ハイヨォッーーーーー!!!」


「ちょっと! ちょっと待ってーーーー!!!」


 馬車に繋がれた馬達へ掛け声と共に鞭を入れたセバスさん。

 

 みんなは、俺へと手を振りながら馬車に揺られ勢い良く走り出して行く。


 砂埃を舞い上げながらみるみるうちに遠ざかって行く馬車。残ったのは廃墟となった孤児院と、俺だけだった。


【心外】(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)

      ⊃[我らも一緒]⊂


 ああ、そうだったな。悪かったな相棒、俺にはお前達がいるんだった。


 まあセバスさんの不穏の言葉は一旦置いといて、これからは忙しくなるな。


 俺は辻馬車乗り場に向かって歩きながら、これからの事について熟考していた。


 女神であるリア様の言われた件、両親の件、拳聖様の件……やる事は山積している。


 まあ、どうにかなるか。数日前の俺では考えられなかったけどな、まさかこんな英雄譚みたいな人生を送る羽目になるなんて。


 そんな事を考えていると、一人の痩せた物乞いと出くわす。


「どうか哀れな私めにお恵みを……」


 嫌な予感しかしない……まさかそんな事はしないよな? これはシアから借りた大事な金なんだ。可愛そうだけど、他の人に助けて貰うしかない……。


【審議中】(′・ω)(′・ω・)(・ω・`)(ω・`)


 ちょっと!? お前ら!?


【判決】(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)

      ⊃[金貨一枚寄付]⊂


 ええ、分かってましたよ!


 ごめんシア……再会した時、土下座するので許して下さい。


「可愛そうに……どうかこれで精の付く物でも食べて下さい!」


 主人公補正のもう一人の俺は、相変わらずキラキラの笑顔を振り撒き、浮浪者へと金貨を握らせた。


「……こ、これは宜しいのですか?」


「大丈夫です!」


 大丈夫じゃないよ!? 

 主に俺が!


「……ありがとうございます、あなたに創造神ナユタ様の祝福があらんことを」


 物乞いの人はそう言って、人混みの中へと消えていった。

 その途端、脳内ジャッジの呪縛が溶ける。


「嘘だろ……どうするんだこれ」


 俺はいつぞやの日のように、その場にうずくまり頭を抱えたのだった。

 やるべき山積した問題がスタートから躓いたのだ。

 

 おい! 脳内ジャッジ共、相棒なんだろ!?

 お前ら責任取れ!


 俺はヤケクソ気味に脳内で奴等に向かって吠える。


【審議中】(′・ω)(′・ω・)(・ω・`)(ω・`)


 お? 何か力を貸してくれるのか?


【朗報】(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)

    ⊃[一時間身体能力50倍]⊂


 身体能力五十倍!? 凄いけれども!

 え、これって一時間以内に自力で村へ帰れって事だよね?


【YES】(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)

     ⊃[いざくとりぃー]⊂


 いざくとりぃーじゃねぇよ! 冗談だろ!?

 俺の村までここから100km位あるのだけれど?

 時速100kmで走れってか!?

 

 う、うわぁーーーーっ!!! ちょ、ちょっと待て! 嘘だろ!?


 ……悲しいかな。身体は再び呪縛され俺の意識から離れたと思った時には、足が既にありえない速度で駆け出していた。


 周辺の風景も一瞬で置き去りにする。


「誰かぁーーーーー止めてーーーーーっ!!!!!」


 俺の叫び声の木霊が、駆け抜けた軌跡に空しく残響となって配されて行く。


「「「「「おっと、待ちな! 死にたくなきゃ身ぐるりゃゴバァーーーーーッ!?」」」」」


 ……何かぶつかったが、多分気のせいだろう、うん。

 

 こうして俺は脳内に住み着いた脳内ジャッジという名の頼りになるのかならないのか分からない相棒をお供に、勝手に動くどうしようもない身体に身を任せ街道をひた走るのだった。


 まあ最後まで俺らしいという事だな。


 


 ――この十数年後、仲間達と共に邪神を討伐し希代の英雄と称えられる事になろうとは、この時の彼は未だ知る由も無かったのである。


                             ――脳内ジャッジ 了――



______________________

お読み頂きありがとうございました! 

無事に完走する事ができました、これも偏に読んで下さった皆様のお陰です。


『面白かった!』と思ってくれた方は今後の執筆の励みになりますので宜しければ、フォローとお好きな★~★★★で構いませんので評価の方をお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

脳内ジャッジ ~スキル【審議】という訳の分からないものが俺の頭の中に住み着きました。行動は奴等に全て支配され、望んでもいないのに英雄に祭り上げられていきます~ 武蔵千手 @musashi-senjyu1010

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ