about him(2)①
少し眠っていた。
ふと目を覚ますと、カーテンから差し込む光がだいぶ傾いているように見える。
ベッドから抜け出し、ぐう、と背を伸ばす。…… さて。
何かしてしまっただろうか、と咄嗟に、ここまでの自分の行動を振り返った。
何かしてないということはないのだろうけれど…… よもやハナガタミの総領ともいうべき人物が動くまでの『何か』を、やらかしてしまった覚えも無いのだが。
「いや、あんまり深い意味は無ぇぞ」
ひらひら、と黒い翼を振りながら、ペンギン姿の親分はそう言ってくれた。
どうやらイクトラが俺のことをいろいろと尋ねているという話を九官鳥から聞き、彼の居場所と、彼が何を気にしているのかを確認しているのだが、親分は軽く笑い飛ばした。
「お前に興味津々なだけだ」
「なんでまた」
「そういう奴だから、としか理由が無いわけだが…… 新入りだから、というのもあるだろうな」
「ほかの3人も同じでは」
尋ね返すと、親分は小さな頭を傾けながら言うのだ。
「ほかの3人は分かりやすいだろ。
言っちゃあなんだが、あの中ではお前が一番、分かりにくいんだよ。
得体が知れねえ、てやつだ」
「なるほど」
うむ、と親分の回答に納得してしまった。キャラが立ってない、というやつだ。
キャラが立ってない人間に興味が湧いてしまったのか…… なんであいつあんなに濃い奴らの中にいるんだ?みたいな。
「しかしまあ、何かやらかしてしまったわけじゃないみたいで、良かった」
「さあて、どうだろうな」
「え」
ホッと一息吐こうとすると、ふふ、とどこかの九官鳥ばりの含み笑いで、親分が楽し気に笑う。
「俺もそこまで聞いたわけじゃないんだ。
あいつが、一体どうして急にお前さんのことを尋ねまわっているのか。
単に気まぐれかもしれねえし、もしかしたら、あいつの中で何かのきっかけがあったのかもしれない。
そこまでは、聞いてない」
「ぇぇぇ……」
あの人、そんな自由な人なのか…… いや、なんか見た目的に、そんな空気を感じてはいたけども。
困惑の俺を(たぶんニヤニヤしてる)親分が見上げてくるのだが、それ以上は何か提示してはくれないらしい。
はあ、とため息を吐いて、「分かった」と頷いた。
「ありがとう、親分。もう少し確認してみるわ」
何かやらかしてないならまあいいか、と括ってしまいかけた俺を、きっと見透かされたのだ。
俺は親分の肩(?)を叩き、「そうだな」と頷く彼に苦笑いをした。
「湿気たツラね」
出会い頭にご挨拶をくれたのは、赤毛の女性だ。
赤毛と言ってもイクトラや九官鳥のような赤ではなく、ピンク色に近い赤、といった色味をしている。
前髪をゆるく後ろへ流した卵型の顔立ちは整っているものの、その表情は眉が寄っているかツンとしているかのどちらかのように見えた。
「見ない顔だわ。誰よ」
つっけんどんな物言いだ。もういっそ、俺が彼女に何か悪いことをしてしまったかのような錯覚にさえ陥りそうである。
ただ、おそらくは、この少女のように見える存在に、敵意は無いのだ。
「? どなた?」
そしてもう一人、赤毛の女性の向かいに座っている人がいる。赤毛の女性とは真逆のようなふんわりとした黒髪の女性だ。
我々の世界では、すでに存在しなくなってしまった島国伝統の衣装を纏っている。体をすっぽりと包み込に、腰のあたりで帯を結ぶ。長い黒髪はハーフアップで留めているので、赤毛の女性と並ぶと、お揃いにしたようにも見えた。
二人の質問に答えようとしたが、その前に赤毛の女性の方が向かいへ返してしまった。
「子どもよ、夜ノ。
黒髪黒目の子ども。私は初見だから、ここ最近に来たんじゃないかしら」
「黒髪の子ども? …… もしかして、隊長さん?」
「ああ、うん、ありがとう、夜ノ」
「ああやっぱり。こんにちわ」
「何よ、知り合い?」
「そうね。この人、子どもではないのよ、チカ。
あなたにとっては、ここの人はみんな子どもになってしまうかもしれないけれど」
ふふ、と穏やかに笑う夜ノ。
そう。たしか、チカムユニカという名前だったと思う。彼女は、我々とは在り方が異なる存在のようなのだが、それ以上のことは、あの九官鳥をもってしても未知と言わしめた。その年齢は、ここのどの存在よりも遥か遠くから続いているのだそうで。
ふうん、とまるっきりそのあたりのカフェに屯している女子学生のような相槌をして、彼女は俺を上から下まで一瞥した。
「知り合いなら、そんなところにボサッと立ってないで、こっちに来たら」
あ、いいんだ。と、ちょっと驚いてしまう。
談話室に入って目が合った瞬間に煽られたものだから、夜ノとのお喋りを邪魔せずそっと立ち去ろうと思っていたのだが、思いがけず誘ってもらってしまった。
…… もしかしたら、夜ノの知り合いでなければ、たとえハナガタミの住人であっても追い払われたのかもしれないな。
そう思いながら、ここで相席を断れるのは九官鳥くらいである。
おじゃまします、と声を掛けながら、入り口側のチカムユニカの隣へ腰かけた。
「子どもじゃないって、どういうことよ」
着席するや否や、ド直球に切り込んできたチカムユニカに、一瞬反応が遅れた。
どういうこと、どういうことか。俺が知りたい。
「あー…… よく俺が一緒にいる白いふわふわした男、分かるかい」
「んん…… なんとなく。背の高い?頭に角の跡がある?」
「いや、角は無いな…… ああそうか、そっちもいたか」
よもや『白くてふわふわ』の形容が当てはまる人物がアルパカの他にいるとは思わなかった。
チカムユニカが指し示しただろう人物を思い浮かべながら、俺は、ではもう一人、と九官鳥を出した。
「じゃあ、同じくらいの背で、赤毛の男は」
「ああ、…… 知ってるわ。一度めちゃくちゃ質問されたもの」
「そっか、そうだな。そいつで間違いないんだが」
今でこそ落ち着いているが、当初ここの住人に対しての興味が半端なかった九官鳥である。チカムユニカは被害者その1なのだろう。
辟易してしまっただろうか、と彼女を窺ったが、思ったよりその表情に嫌悪は無い。その理由は分からなかったが、ひとまず内心ホッとして、俺は頷いた。
「その男よりは年が上だ」
「………… あんた、長命種なの?」
「おお……異文化交流…… いや、違うよ、たぶん、普通に人間」
するっと長命種なんて単語が出てくるものだから、よく分からない感動を覚えてしまった。それに、この返答で合っていたのかも定かでない。
だが、チカムユニカは「ふうん?」と(納得したのだかしかねたのだかは分からないが)、とりあえず頷きはしてくれた。
「あの『お兄ちゃん』みたいな感じなのかしら」
「おにいちゃん」
「イクトラよ。知ってるでしょ」
さも当然、とばかりにチカムユニカは提示してきた。
そういう認識の人なのかと思いつつ、都合の良い流れだったので、そのまま話を続ける。
「知っているけど、あんまり話したことがないんだ。どんな人?」
「あら、珍しいこともあるのね。
ここの住人で、あの男と話さないなんてことあるの」
「社交性のある人なのは分かるんだが、そんなに余り余ってるような」
「他者を必要とするのよ。結局、そういうことだわ」
投げ出すような口調でチカムユニカが言うので、俺は「え」と驚いてしまう。言葉の意味が深くて、反芻してもよく理解できない。
チカムユニカは俺をちらりと見やったが、それに答えたのは向かいの夜ノだった。
「蝙蝠の飛び方を知っている?」
「超音波の反響を使ってるってやつかな」
「そう。それと同じなの、て聞いたわ。
あの人、あんなに個性的なように見えるけど、実は、中身が無いのですって。
自分が誰だか分からなくなってしまいそうだから、たくさん他の人と話して、その反応で自分を推し量っている、て言っていたわ」
「ぇぇぇ…… 難解な人だなあ」
朗らかでいつも楽しそうにお喋りをしているように見えたので、まさかそんな複雑なことを考えているとは思えなかった。あの自由さは、不自由さからくるものだった、てことなんだろうか。皮肉すぎやしないか。
ぼやくように俺が呟くと、隣でチカムユニカが小さく笑った。笑うんだこの人。
「あんたは単純そうね」
「お言葉だなあ」
可愛い笑顔に気を取られていると不意を突いてくる言葉のナイフだ。
女の子は油断ができない。
「そのイクトラに用があるんだが、見かけていないか」
「さあ…… 今日は見てないわ」
「いつも居そうな場所とか」
「ありそうでないのがあの男よ。いつでもどこかにいるかんじね。
屋内は禁煙だから、外で一服しているかもしれないわ」
「なるほど」
チカムユニカの推測に頷く。それはありそうな話だ。
ありがとう、と俺が礼を言って立ち上がると、ふとチカムユニカが怪訝な顔をした。
「なにそれ」
「え」
「もう一度」
「え」
「もう一度、ありがとうと言いなさい」
「ぇぇぇ……」
彼女の言っていることが全く分からなくて、俺は戸惑い気味にチカムユニカと夜ノを交互に見たのだが、夜ノが今の状況を分かるはずもない。
早く、とチカムユニカがテーブルを軽く叩いて催促するので、俺はもう一度、彼女へ礼を言った。
「………」
「あの……」
「……… 気づいてないの?
まあ、いいわ。引き留めて悪かったわね」
俺の顔をじっと見つめたチカムユニカだったが、何かを放り投げたように視線を外してしまった。そうして、ひらひらと手を振る。
俺も夜ノもきょとんとしてしまったのだが、ひとまず彼女の中で何かが済んだと考えていいのだろう。
また、と一言置いて、俺は席を立った。
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