about him(1)③
「前に、好きな食べ物は何か、て聞いたことがあるんだが」
ド深夜、談話室にて、ノエにコーヒーを淹れてもらいながら彼の話を聞いていた。
「アイスバインだ、と聞いたんだ」
「アイスワイン?」
「アイスバイン、肉だよ。めちゃくちゃ煮込んだやらかい肉」
「へえ、美味そう」
俺がそう言うと、ノエは「今度作ろうか」と言ってくれたので、ぜひにと返した。すると、彼は少し俺を見つめた後、小さく笑ったのだ。
その意味を彼は口にはしなかったが、代わりに先ほどの話しを進めた。
「あれ、て思ったんだよ。前に聞いた時には、肉はあまり得意じゃないって聞いてたから。
もしかしたらその中でも好きな方で……てことなのかなとも思ったんだけどさ」
「それで、嘘を吐いてたって?」
この男らしくもない、些か性急な話では無いかと思った。が、性急だったのは俺の方だったようだ。
ノエは「いや」と首を振った。
「それはどうやら、副隊長さんの方の好物だったらしいんだ。
そのときロレンソが居合わせていてな、それはお前の保護者の好物だろ、てすぐ突っ込まれてた。
まさかそんなすぐ分かるような嘘を吐くのかと思ってもう一度確認したら、『すまん』て言うからさ。びっくりした。
で、やっぱり好きな食べ物っていうのが無いって言うんだよね」
どうやら、彼としては「何度も確認させてしまって申し訳ないし、もし作ってくれるなら、誰かの好きなものの方がいいのではないか」と考えたそうなのだ。
悪気もなければただ配慮だけがある、おそらくは、相当性質の悪い嘘だ。
そこに赤毛の彼がいなければ、ノエはその言葉を信じ切っていただろうくらいに自然な流れなのに、赤毛の彼がいるということすら気にせず嘘を吐く、というのは。
「たとえばキリキは、嘘を吐くと分かって嘘を吐くけど、あの人はたぶん、それを嘘だと思っていないのだろうな」
気にしているようで気にしきれていない。その結果がどこへ向かおうとも、気にならない。
一体、彼はどういうつもりなんだろう。
あ、とジンが俺の後ろを気付いて、ぶんぶんと尻尾のように手を振った。
ひたり、と冷たいとも思える気配が近づいてくる。この気配を、塔の仲間の幾人かが持っていたことを覚えている。少し懐かしい気もするのだ。
振り返れば、少しぼんやりとしているようにも見える、黒い双眸が俺を見下ろしていた。
「俺に何か用か」
見た目とギャップを覚えるような、静かで深い声音だ。
ノエに『隊長ちゃん』と呼ばれる彼へ、俺はにこりと笑いかけた。
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