about him(1)②

 例えば、俺にとってはこの人がそんな感じだ。


「あら。こんにちわ、××××」


 花筐の和室から庭を眺めるのが好きらしい。白い絹のワンピースと銀糸のような髪を畳に流しながら、ララはこちらに笑いかけた。

 一度だって、彼女が大暴れしたことも、声を荒げたことも、どんな状況下であっても誰かに手をあげたこともないのだが。

 名前を呼ばれると背筋がうすら寒くなるのは、一体何を脅威と感じているのだろうな。

 彼女が歩いている姿や、お茶を淹れる姿を何度も見てきているはずなのに、いま、この畳の上に彼女が立ち上がろうとするだけで、世界の何かが終わっていくような予感さえ感じさせる。

 どうやらノエも同じ感触を持っているようなのだが、しかし、彼はそれ以前に紳士(?)であるため、女性を見かけたら声を掛けないわけにはいかないとのことで、反射的に声を掛けては自分で背中を冷やしているらしい。

 いや、俺も別に無視するわけでは無いけど、彼ほど話し込むこともなく軽い会釈で通り過ぎる程度だ。


「なにか、聞きたそうね」


 笑みを貼り付けたまま固まってしまった俺に、ララは小首を傾げながら言うのだ。小さな笑みをふくよかな唇に湛えて。

 俺が会釈程度で通り過ぎてしまうのは。

 それくらい、この人の前では言葉が固まってしまうからだ。「…………」

 あー、とか、うー、とか呻き声みたいな言葉しか出てこない。彼女の隻眼がじっと見つめる。よくよく見てみると、ララと親分の目の色は近いものがあるし、二人とも隻眼だし、なのに、まったく空気が違うのだ。

 親分のような包容さが無い、と言っているのではない、広すぎて、混沌とし過ぎて、呑まれそうだ。

 きっと、俺にとっては、あの存在を思い出させる人なんだろう。

 『××××』と俺を呼ぶのは、かつてのあれと、今はこの人だけだ。


「…… そこに在るように見えるだけよ、安心なさい、坊や。

 もう無いの、残光があるだけよ。それでも眩しいから、少し驚いてしまうのね」


 ララは、俺がダブらせた何かを察したのか、安心させるように柔らかく笑った。

 確かに、あの存在がこうして俺に優しく笑いかけたことなど無かったので、違うのだ、違うのだ、とは思っていても。


「ごめん、ありがとう」


 何に対して謝っているのか定かではなくなってしまったが、こうして俺の本日のララチャレンジは終わった。





「いい子でやさしいのなー!

 でもちょっとのんびり屋さんだから、おれが引っ張ってってやるんさー!」


 ぶんぶかぶんぶかと尻尾を振ってはしゃぐジンだ。この子は問答無用で出合い頭に頭を撫でまくってしまう。

 ララから離れて直後だったので、この安堵は一入である。


「おーーそうかそうかーー! お前一緒にいるといつも振り回してるもんなーー」

「振り回してないさーちゃんとハナガタミを案内してるのなーー!」

「いやもう、さすがに分かってるって」

「んふーー♪ じつは、おれのナイショの場所がたくさんあるのなーー☆」


 両手で口元を押さえて、ジンは楽し気に笑う。まじかよーお兄ちゃんも知らないとこなの?

 年下っ子の交流が増えることは喜ばしいことだ。ちょっと寂しいけども。たまにはお兄ちゃんともナイショのお話をしてほしい。


「彼とどんなこと話してるの」

「たくさんお話してるさーー!」

「あ、うん、えーと、…… じゃあ、最近何話したの」


 好きなものは?ごはん!みたいな会話してしまったので、もう少しポイントを絞ってみた。

 ジンはくるくるの目を瞬かせながら答えた。「好きなもののお話なのなーー!」

 おお、なんとタイムリーな。

 俺はジンの話しの続きを待った。


「…………」

「…………」

「…………」

「…… あれ、続きは?」

「…………」


 突然、フリーズしたかのように固まったジンの目の前で、ひらひらと手を振ってみた。

 すると、かたり、と彼は首を傾げるのだ。


「そういえば、おれの好きなものの話ししかしなかったのな……?」


 おーーーー…… なるほどねえ??

 ふむと頷きながら、俺は二日前の会話を思い出す。

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