about him

about him(1)①

『たとえばキリキは、嘘を吐くと分かって嘘を吐くけど、あの人はたぶん、それを嘘だと思っていないのだろうな』


 ぽつりと二男くんノエがそう言ったので、お兄ちゃんとしては俄然興味が湧いてしまったのだ。

 そんなサイコパスみたいには見えなかったのだけど(よほど傍らにいる人たちの方がそれっぽく見えるし)、よく考えたら、そうだからこそ、サイコパスと呼ばれる人たちの一人なのかもしれない。

 ジンくんと同じ背丈なのに、それでも何か圧がある。

 それは浮き出るものではなくて、どちからと言えば彼の方にような、昏く異様な気配だ。

 それが、ノエが「隊長ちゃん」と呼ぶ男だった。




 彼が一人きりでいることは珍しい。だいたい傍らに白い子がいるのだが、それは一見、仲が良いように見えるけれど、なんとはなしに『認識が違う』のだ。

 あの白い子は、彼のことをお気に入りの『何か』だと思っているのではないだろうか。それはとても大事にしているのだが、その扱いがどうにも人に対するもののようには見えないのだ。

 彼らが『花筐』に来た当初、この手のことに強そうな親分に伺ってみたことがある。


「大事に想っているのだから、些細なことでは」


と返された。さすが蒐集家、愛が不偏だ。俺の聞き方が悪かったのか。


「あの男に対してだけじゃねえだろ、俺たちにだってそうだ。

 おそらく、自分の相棒以外の存在に対して、あの白いのは、自分たちと同じ存在だとは思ってねえ。

 幸いにも、その異なる対象に対して慈悲深いだけだ」


 聞き直した俺に、親分はさらりと答えてくれた。へえええええ…… ちょっとノノを思い出す。

 あの白い少女も、最初はただ一つの存在を待つだけだったのに、最終的には放り込まれたすべての【市岐】に対して安らぎを与える存在となってしまった。


 そんな白い子からの認識に対して、隊長自身はどう思っているのだろうかと、それはそれで興味深いところなのだが、おおむねその回答が予想できてはいた。

 たぶん、気にしてないな。気にしてないというか、考えてないだろうな。


 外から、彼の興味を惹くことは、実はそれほど簡単なことではないようなのだ。

 意図的か無意識か、彼はある一定の情報を受け流すようにしている、とは、ノエの見解だ。あの子ほんとに他人をよく見ているんだよな。

 量ではない。それは種類だと、ノエは言うのだ。理解できないのか、ほんとに聞いていないだけなのかは分からないらしいのだが。


 いずれにせよ、あの隊長さんは、少なくとも俺に対しては、さほどの興味も無さそうだということろだけは分かっている。



「いや、むしろ警戒してるやろ」


 そっけなかったが、そう言ってくれたのはキリキだ。

 同じく俺に興味が無さそうな彼に意見を求めたのだが、意外な返答だった。俺がまじまじと彼を見ると、桃色の双眸は隠そうともしない嫌悪を滲ませてこちらを見た。

 ああそうか、きっくんは俺に興味が無いのではなくて、俺が嫌いだったのだった。うむ、さみしい。


「相手は軍人さんだぜ? 俺みたいなぱんぴーをなんでそう警戒するのさ」

「お前…… よくも自分ば一般人ぞと言い切りよったな……

 軍人だからこそ、働くもんもあるやろ。お前の得体の知れなさは花筐一ぞ」

「そこまで?!」

「鏡ば見れ」


 そう言うと、きっくんは俺が淹れたお茶を持ってさっさと立ち去ってしまった。

 この、嫌いな人からでも施された厚意はちゃんと受け取るところとか、お兄ちゃんはそういうのめっちゃ弱いんだよなあ。

 しかし意外というか、心外なことを言われてしまったな。

 確かに魔法学校を卒業している時点で一般人ではないのだが、身体的なステータスでは彼らの敵ではないだろう。仮に、彼らと一対一で対峙したとしても、飛び道具など所持されていたら敵うはずもない。それこそ、俺は事前に魔法陣でも敷いておかないと対等に渡り合うことも難しいのではないだろうか。

 そんな相手に対して、警戒、とは。

 ────── 分からないわけでもない。

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