AM6:45

@yuz_awa

AM6:45

 この恋の物語はいつから始まったのだろう。彼女のことをいつから意識するようになったのか、それすらも覚えていない。

 あれは確か、親友の紹介だった。ある日突然.親友から女の子を紹介された。親友の幼馴染と紹介された彼女は、天真爛漫で男だったら誰もが絶対好きになる。そんな容姿だった。初対面なのに気さくに自己紹介をしてきた彼女に、僕は一目惚れをしたんだ。

 実はその彼女は同じ学校に通っていた。学校の中で親友と彼女の話し声が聞こえると、僕も会話に参加しよう、と積極的に絡みにいった。そして、いつからか親友と彼女と三人で行動するようになり、どこに遊びに行くにも彼女がいた。

 時が経ち、大人になった僕は彼女と一緒に一人暮らしを始めた親友の家へ遊びに行くことになった。久しぶりに彼女と会って、やっぱり好きだと確信する。

 親友の家に向かう道中、彼女と二人。どんな会話をしたかも覚えていない。ただ、彼女に僕の気持ちを悟られないよう必死だった、と思う。

 一人暮らしを始めた親友の家は、一人暮らしをするには十分過ぎるほど広くて、その寝室は小学生の子供部屋のような懐かしさを感じた。テレビやゲーム、棚には流行った漫画やアニメのおもちゃが乱雑に飾られている。男子の理想郷。おもちゃは実家から持ってきたのだろうか。それにしても数が多い。

何故かオーブントースターがあり、その上にもおもちゃが乗っている。

「寝室にトースターあるの?」

「ああ、基本的にこの部屋にしかいないからパンとか焼いたりな。」

「あー、それは便利だな」

 僕が適当に相槌を打つなか、彼女が部屋の壁に飾られた写真を見て、「懐かしい」と呟く。

 視線を上の方に向けると、壁の上の方に親友の子供の頃のサイズの大きな写真が額縁に入れられて、部屋を囲むようにして飾られていた。それらのどの写真の中にも親友と一緒に彼女が写っていた。並んで一緒に撮ったものもあれば、偶然彼女が写り込んでしまったようなものまで。

 やっぱり親友も彼女のことがずっと好きなんだな。そして、彼女も親友のそばにずっといたんだ。そんなこと昔から分かっていた。それでも好きという感情は抑えられなくて、親友と彼女の間に割って入って、関わりを持とうとした。今考えたら邪魔だったよな。

 飾られている写真には、当然僕の知らない彼女の姿が写っていて、積み上げてきた思い出の数は到底親友には届かない。よく表現される、心に穴が空いたような、という感覚が今まさに自分の身体に体現されているのを感じた。


 振り返ると当時の僕は、彼女の姿を自然と目で追っていた。話し声、足音、物音、親友の近くで音がしたら平静を装い親友に話しかけにいった。そこに彼女がいることが分かっていたから。今考えると中々に積極的というか、気持ち悪い行動をしていたな。

 親友がいない時は彼女と二人で行動していたし、お互いのことはよく知っている。そんな関係性で、男女でありながらお互いに抵抗はなかった、ように感じる。僕と二人きりの時の彼女は親友と話している時と違って、どこかよそよそしかった。でも、僕と話している時に見せる彼女の笑顔は本物で輝いていた。彼女も僕のことが気になっている。僕のことが好きだ。どこかでそう思っていた。いや、そうであって欲しかった。


 壁に飾られている写真を見つめる彼女から目を逸らし、呆然としている僕に、

「お前、ユイのことが好きなんだろ?」と、親友がいつもの軽いトーンで話す。

 僕は被っていたギャップを深く被り直した。彼女に顔を見られたくなかったが、その行動は明らかに不自然で、誰が見ても動揺が窺えただろう。

「俺がユイといるとお前いつも来たもんな」

と、小笑いながら話すこいつは何を考えているんだろう。ユイがいる場で言うか、普通。

「あ、いや…。」

言葉に詰まる。

「俺だって、一度は身を引いたんだ。」

親友は彼女のことがすきなのだろう。そう思って、一度身を引いたことを思い出す。そして、彼と目を合わせず玄関へ向かった。ユイが後を追ってくる。

 玄関に腰をかけ靴を履くが中々履けない。動揺しすぎだ。

 靴を履くことに苦戦している僕の隣にユイが腰をかけ、

「そうなの?」と、顔を覗かせてくる。その顔は僕を心配する顔だ。相手を気遣うその優しさに僕は惹かれたんだ。正直、今すぐにでも抱きしめたい。感情が抑えられない。脳内で「好きだ。結婚しよう。」その言葉がループするが、言葉には出ない。

「私もずっと好きだった。」

ユイのその言葉に

「なんかこういう時の感情っていつまでも慣れないよな。過去にも経験済みなはずなのに。」

とりあえずその場凌ぎの言葉を返すが、それ以上の言葉が出てこない。

「え…経験済みなの?」

ユイもショックを隠しきれていない様子だった。

 

 僕は過去に一度、ある女性に人生最大の告白をしている。僕はその人のことがとても好きで、付き合って一年の記念日に「結婚しよう」と、伝えた。その女性は涙を流し、お辞儀をした。僕はユイの顔を見て、その日のことを思い出していた。


 今の僕はユイが好きだ。そう思っているが、ユイに思いを伝えようとすると、その女性の笑顔や涙が思い浮かんだ。

 『好きだ。』『結婚しよう。』過去にも言ったことがある台詞が、どうしてもユイには伝えられなかった。たった10文字の言葉の重みが胸にのしかかってくる。

 きっと僕はユイが好きということを自覚してはいけない。ユイのことが好きだと思うたびに頭が痛くなる。どうしても、ユイには過去に言えたあの台詞が言えなかった。頭がクラクラして倒れそうだ。僕は一瞬目を閉じた。

 

 次に目を開けた時、僕は広いベッドに横になり天井を見つめていた。肌寒い部屋の温度に布団の温もりが心地良い。

 

 現在の時刻は午前6時45分。遠くで「いってくるね」という声と一緒に玄関のドアが閉まる音が聞こえた。

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