体験エッセイ 探せ!アプリ

阿賀沢 周子

第1話

 9月上旬、新聞のⅠT欄に”スマホ紛失? 地図上に現在地“と題打って「探すアプリ」の記事が載った。

 このアプリを活用するとパソコンなどの端末があれば、見失ったスマホを探せる。数年前の雨の日のことを思い出した。


 出先から家へ帰って間もなくバッグの中のアイホンがないのに気付いた。 慌てて中身をひっくり返したが見当らない。

 電車の中でバッグにしまった覚えはある。帰り道のどこかで落としたかも、と通った道のりを最寄りの○○駅まで、戻りながら探したがなかった。 落とし物として届けられていないかを駅員に確認したが、ダメだった。

 念のために駅の『遺失物管理システム』というものに住所氏名を登録をした。見つかれば連絡をくれるという。


 たまたま家に泊まりに来ていた娘に「探すアプリ」はONにしてあるかと聞かれ、購入時からONにしてあると話すと、すぐに娘のアイホンのアプリで私の端末を探し始めた。

 画面の地図に赤い押しピンのマークが現れ、少し離れた住宅街を指し示す。自分が歩いた径路ではない。

 車を出し二人で押しピンの場所まで行った。ピンは、国道へ抜ける跨線橋を渡り、左へ折れた住宅街、白いワゴンが停まった一軒家を示していた。


 娘と頭を突き合わせて相談する。どんな人に拾われたか不安がありチャイムを鳴らせない。

 警察に相談することにした。駅のそばにある最寄りの○○交番へ行き、事情を話して、アイホンの画面をみせた。

 警官は「精度はどうなんだろう」と言いながらも、小型のパトカーと私の車2台でその家へ向かうことになった。

 ところが、出発しないうちに画面上をピンが動きだしたのだ。慌てて、出発準備をしている警官に知らせる。

「車で移動していますね。追いかけてみましょう。娘さんのアイホンを貸してください。」

 ミニパトに警官二人が乗り、娘のアイホンをナビにして追跡が始まった。私たちは後ろをついて行く。

 10分ぐらい離れた、線路沿いの工場地帯の一角で、ピンの動きが止まったようだ。停止したミニパトからはまだ誰も降りてこない。

 何が始まるのかと思っていたらもう一台ミニパトがやってきた。

「ここにいてください」と最初の警官が言う。

 2台のパトカーから総勢4人の警官が降り立つ。私たちは、車内で待つ。4人はアイホンの画面を見ながら位置確認をしているようだった。しばらくしてから分散して動き始めた。

 警官たちはピンの場所と思しき通路や駐車場を回っているようだったが、娘のアイホンにまた動きがあったのか。二人の警官が駆け戻ってきて「また移動しているので電話をかけてみましょう」となった。

 娘のアイホンを戻されて自分の番号にかけると、なんと相手が出た。予想外の展開で、しどろもどろになって、すぐにアイホンを警官に渡す。女の声だった。

「こちらは○○交番の警察官です」

 いきなり警官が出たので相手は驚いただろう。少しのやり取りがあり「今すぐに交番へ来るように」と警官に言われていた。

 あとから来たミニパトはどこかへ去っていき、また2台連れだって○○交番へ戻った。


 拾ったのは高齢の女性だった。警官から経緯を聴かれて「今日は忙しいので、明日届けようと思っていたんです」という。

 ほかにもすぐに届けなかった理由を延々と述べていた。  

 私はアイホンが戻ったという安堵で力が抜け、交番のスツールに沈み込んでいた。怒る気力もなかった。

 私とその女性とで何枚かの書類を書いて、女性が帰る段になった。警官に「ちょっとお礼をしてきます」と言って外へ出、○○駅へ向かう女性を追った。

 財布には一万円札しかなかったので、一枚抜いて礼を言って渡した。

 この時の女性の笑い顔を「ほくそ笑み」というのだろう。


 ある調査によると、スマホをなくしたことがある人は、財布と鍵に次いで三番目に多いという。それほど手に持つ機会が多いということだろう。

 今のスマホは財布や鍵、通帳の役も担っている。なくすと精神的にも、経済的にも、実質的にも、大変な思いをする時代になった。


 先の記事は「悪意のある人に拾われた場合、直接会いに行くとトラブルに巻き込まれるかもしれない。警察に相談してから動く方が良い場合もある」とスマホ安全アドバイザーの話で締めくくられていた。

 家族には、相手は返すつもりはなかっただの、礼を言う必要はないだの、金額が多すぎるだの言われたが、私は損害があれだけで済んで良かったのだと思いたい。

 アドバイザーの言う通り、かの家のチャイムを鳴らさなかったのは、せめてもの慰めだ。

 もちろんミニパトの警官には感謝の気持ちでいっぱいである。

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