箱
慶野るちる
買い物から帰ってきた私
「ただいまー」
夕飯の材料の買い物をして戻ってきてみれば、ごそごそと部屋中を動き回っている。
いや、何かを探しているようで。
私が帰ってきたことにも気付いていないようでそれはもう一生懸命に、一心不乱にごそごそと、部屋の中のものを引っ張り出しては戻しを繰り返している。小さな本棚、三段ラック、ノートパソコンが置いてある作業机、ベッドの下とか上とか。ワンルームだから探すのならばこの部屋しかない。
「どうしたの?」
背中に向かって声をかけてみた。
一秒、二秒、三秒、四秒、五秒……。うそでしょ。私の声すら聞こえないって。
いや、いいけどさ、別に返事しなくたって。とてつもなく何か大事なものを探してるんでしょうから。そんなことぐらいじゃあ怒りませんよ、私だって。仕事でも趣味でも根を詰めてる時の集中力は半端ないって知ってるし。
だから、手伝おう。
「ヒナちゃん」
荷物を降ろして、肩をトントンとした。
「うわあああ」
ヒナちゃんは絶叫して腰が抜けたように尻餅をついた。私、お化けですか……。
「ただいま、ヒナちゃん」
驚いた顔のままこっちを振り向いた。
「お、おかえり……かいもの、ありがと……」
同い年の恋人はいつも労ってくれる。別に私がいつも食事を作ってるわけじゃない。ヒナちゃんの家に来たら私がご飯を作るし、ヒナちゃんが私の家に来た時はヒナちゃんがご飯を作ってくれる。ルールってわけじゃないけどなんとなくそうなっている。
「何か探してるの?」
「箱」
「はこ?」
落ち着いたらしいヒナちゃんは驚いた顔を引っ込めたのだけど、表情は暗い。
「きのこの山」
「はあ?」
お菓子の箱? いや、お菓子? どういうことですか? お菓子はいつもキッチン横のラックに置いてあるはずでは?
きのこの山の箱はまだたくさん、ラックにありましたよ? バレンタインデーに私が大量に贈ったから。
ヒナちゃんはこのお菓子が好きで、チョコを贈る時に何がいいか訊いたらこれをご所望されたのだ。だから奮発して(というほどじゃないのだけど)五十個贈ったのだ。毎日一箱食べたって五十日。コスパいいよね。
「食べた後の空き箱がちょうどものいれにいいなって思って入れておいたんだけど、その箱をどこにやったか忘れちゃってさ」
その一生懸命さから推察するにとても大事なものだと思うのだけど、そんなものをお菓子の箱に入れておくものですかね。
「一緒に探すよ」
「うん、ありがと。ってさ、あらかた探したんだよ。外に持ち出してないから部屋の中にあるのは間違いないんだけど」
確かにそんな感じだ。部屋中、いつもより少し雑にものが並んでる気がする。でも思い込みっていうこともある。部屋の主以外の人間の方が先入観なしで探せそうだ。
とりあえず先に買い物したものを冷蔵庫に入れようと狭いキッチンスペースにパンパンになった買い物袋を持って行った。さすがに生鮮食品は放置しておけない。
鶏肉と卵とイチゴのパックを取り出して冷蔵庫に入れる。半額になってた在庫処分のカップアイスも四個買ってきたので冷凍庫に入れる。ウチも冷蔵庫買い換えたいなあ。ここん家みたいに大きいやつじゃなくて小さい2ドア。大きいのも頻繁に買い物に行かなくてよくなるから魅力的だけど高さがあると電子レンジを乗せられないもんね。あーレンジもチンの音がおかしいよね。あれもそろそろ買い替えだ。ヒナちゃんちは最新のスチームオーブンレンジ。結構なんでもできちゃう優れもの。
と。
……食品入れラックの上に乗ってる電子レンジの上にきのこの山の箱が。ぽつんと一つ。
手に取ると、開封済みで軽い。
「ヒナちゃん、これ違うかな」
さすがに主より先に箱を開けるのは憚られたので、そのまま持っていく。
「あっ!? どこに?」
レンジの上にあったと言うと思い当たったのか、ヒナちゃんは苦笑した。箱を私から受け取ると箱を開け、中のものを取り出す。現れたのはほんの少し膨らんだポチ袋。お年玉?
「姪っ子にあげたお年玉の残り。はい」
そう言って私にポチ袋を差し出す。お? 私にもお年玉? くれるにしたって今頃?
「ありがと……」
くれるというのだから貰っておこう。にしてもなんだか硬いものが入ってる。硬貨? ええ? まあ残りというのだからワンコインってのもアリだろう。
……なんて。え、あれ? これ、硬貨じゃ、ない?
ポチ袋越しに指に触れる形は。
「中身、見ていい?」
お年玉(の残り?)を目の前で開けるのは品がないのかもしれないけど。
「どうぞ」
ドキドキしてそっと袋を開けて手のひらに中身を出す。
「一緒に住もう。冷蔵庫もレンジも買い替えなくていいよ」
3月14日。今年のお返しは食べ物じゃなかった。
終
箱 慶野るちる @keinoru
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