襲撃②

「今日来た奴らの中で真面目に仕事するの俺だけなんやさかい見逃してほしいんやけど」


「あら?それなら貴方を抑えておけば仕事とやらは出来なくなる訳ね」


「はあ、中間管理職は辛いわぁ」


アカネはこれから起きるであろう戦闘の余波を気にして初手で八咫烏の魔術師を蹴り飛ばした。

それにより外壁を超えて海上へと戦闘場所が移ったのだ。


魔術師として一流である2人は当たり前の様に水面に立っているが、本来ならば波が打ち寄せる海の上で戦い続けるのは至難の業である。


「貴方お名前は?」


人非人にんぴにんあらた


「あら答えてくれるのね。てっきり無視されるかと」


「初対面の人にゃ挨拶しろて、おかんに教えられたからなぁ」


「謎多き八咫烏について一つ知れてよかったわ。後で報告書に書かないと」


「ええで、ええで」


新は陽気に話す。


「報告書なんて書けへんし、どうせここで死ぬんやから」


新の体に刻印が刻まれる。

刻印魔術を一定以上極めると浮かび上がる痣の様なものだ。

新の刻印は黒い鳥の羽が肩から手首まで伸びている。


「チッ!」


アカネは思わず舌打ちをした。

まさか、戦闘が始まってすぐに本気を出してくるとは思わなかったからである。

魔術師の戦いの基本は相手の手を読む事にある。

互いに少しずつ手札を切っていく為、戦闘が長いのだ。


しかし、新は初手から切り札をきってきた。

ならば、こちらも対抗するために本気を出さざるを得ない。


解錠ゲート・オープン


アカネは空中から杖を取り出し構える。

その構えは一般的な魔術師とは違い、杖術の構えである。

杖を使用する魔術師の多くは遠距離戦を主体とし杖術など使わない。

アカネの場合は遠近距離の両方に対応する為に独自の戦闘スタイルを作り出していた。


アカネは自身が態勢を整えるまで静観を決め込んでいた新の事を気味悪く思っていた。


しかし攻めない事には何も始まらない。

アカネは海面を駆け杖を振る。

新は悠然と構え、刀を用いて攻撃をいなす。

弾かれた杖から魔術を放ち、新のカウンターを逃れる。

そこで生まれた隙を狙って、また攻撃をする。

それを数度繰り返して互いに戦況を見極める。


何らおかしな事はない。よくある刻印魔術師の戦闘だ。

けれど本能が警鐘を鳴らしていた。

違和感。神経を張り詰める戦闘中でなければ気にならない程、些細な違和感。


(そうゆう事ねッ!)


アカネは違和感の正体に気づき振り返る。

しかし、もう遅い。

恐らく、戦闘中に足元から海水に自身の魔力を通して操作出来るように準備していたのだろう。

互いの距離が開き、アカネが体勢を崩した瞬間に大技を仕掛けてきた。

海面に打ち付けられ倒れ込んでいる今のアカネには迫り来る水槍を避ける事は不可能に近かった。


今になってようやくアカネは自身のミスに気づき、後悔した。

新が最初に刻印を見せつける様に使ったのは近距離戦が得意な刻印魔術師だと勘違いさせる為。

どうせあの刻印もシールか何かだろう。

本来の戦い方は顕現魔術の大技で相手を削り、距離を保ちながら戦うヒットアンドアウェイ戦術。


なまじ体術も出来るせいで刻印魔術師だと勘違いしてしまった。

だから、完全に顕現魔術への警戒を解いてしまっていたのだ。


「俺、人騙くらかすの得意やねん」


新は鴉の半面を外し、自身の右肩から手首まで順に左手で覆って、描かれていた羽の刻印を消していく。


「私としたことが、久しぶりの戦闘で抜かったわね」


「ほな、さいなら」


水槍は更に勢いを増していく。

そのまま水槍は胸を貫き、アカネの息の音を止める……


はずだった。


必殺の一撃となるはずだったのだ。


しかし、そうはならない。

何故なら水槍がアカネに届く前に散ったからだ。

そう、蒼華の手によって。


「あれ、割とピンチだった?」


アカネが目の前に映る少女の事を蒼華だと認識したのは水槍が散って数秒経った後だっただろう。

一応学園の海域内ではあるが、遠く離れたこの場所まで助けに来れないだろうと考えていたからである。

助けに来れるとしても文々館長くらいだろうと。

しかし、文々館長は自分よりも図書館を優先すると理解していたが故にアカネは殆ど生を諦めていた。

そんな所に曲がりなりにも教え子である蒼華がやってくるとは考えてもいなかった。


「私はもう大丈夫だから東地区に行って頂戴」


「あの鴉の半面、アイツ八咫烏の幹部だろ?倒してから行くよ」


蒼華は自身満々に言う。

蒼華は自身の事を最強だと信じて疑っていない。

その自信はU-20最優秀魔術師に選ばれている事からやってきている。

「10代の中で世界最高なら魔術師の中でも最強クラスだろ」とそう考えている。


けれど、その考えは間違いである。

世界最高と世界最強は違う。

魔術師の評価の大部分は魔術を生み出す創造性と世界への貢献度だ。

戦闘能力は評価に入っていても精々3割程度だろう。


だから10代の中でも蒼華より強い者は多々存在する。

10代という括りを取っ払ってしまえば蒼華以上の実力者など幾らでも居るだろう。


アカネはその事を知っている為、この戦闘に蒼華を参加させたくなかった。


まあしかし、本心を言えば新の戦闘スタイルが分かった今、同じミスは2度としないという自負がアカネにはあった。

要は2vs1よりタイマンがいいという戦闘狂的思考である。


そんなアカネの心を知ってから知らずか蒼華は戦闘態勢に入る。


「アカネ、取り敢えずコイツとろう。逃がしてくれる気はなさそうだ」


「いいけど、東の魔術師達は誰が相手するのよ」


そう聞くアカネに蒼華は答える。


「大丈夫。響が行ってるから」







###







「クソッ!俺が海の方、行きゃあ良かった」


響はパラパラと崩れる外壁から這い出ながら言う。

その額には血が滲んでおり、激しい戦闘をしている事が見て取れる。


響と相対する2人の男女の魔術師。

2人とも新と同じ装いという訳ではないが、和を基調とした服装をしており、それぞれ首元と腰に鴉の面を携えている。

それの意味する事とは………。


「2人とも幹部かよ」


響は蒼華に聞かされた八咫烏の魔術師の特徴と照らし合わせ、相手が何者なのか瞬時に悟った。


壁から飛び降りて道路へと着地する。

そして刻印魔術を発動し身体強化を行い、構える。


「響。我々の目的は貴様の回収と学園の破壊だ」


「早く諦めろよぉ?少年〜」


真面目そうな青年と遊び人といった雰囲気の女。

どうやら彼らの目的のひとつは響の様だ。


何かのタイミングで運良く見逃されるなんて事は期待できないだろう。

勝てないのは分かりきった事だし、逃げながら時間稼ぎして蒼華やら文々を待つのが得策だな。


「はあ、とんだ貧乏くじだぜ」








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東地区は既に右京が制圧してるから気にしなくてもいいんですけどね(小声)

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