07 降格、そして解雇(ざまぁ回)

 さらにところかわってマギアフレール。

 場所は王都にあるレイド人材派遣の本社。


 【特命課】と札の下がったオフィスの一角には、3人の男がいた。

 ひとりは穴だらけの貫頭衣を着た男。身体は骨と皮だけで、頬はガイコツのようにこけていたが、飛び出た目だけはらんらんと輝いている。


「勇者パーティへの配属、本当にありがとうございます! 僕がここまで立派になれたのはドチンピラ係長のおかげです! 人間は眠るかわりに夢を想像し、やりがいを食べることで休むことなく働き続けられることを教えてくださり、僕は変われました! この職場は、夢とやりがいでいっぱいです!」


 ワイシャツに緩んだネクタイ、作業用のジャケットを肩だけで羽織るドチンピラは、男の肩をポンポンと叩いていた。


「チーフ昇任おめでとう、じゃあ給料は50パーカットになるけどいいよな?」


「え、下がるんですか? しかも、半分も……? こういう場合、普通は上がるんじゃ……?」


「バカ、下がるんじゃねぇよ、この俺が積み立ててやるって言ってんの。それに前任のヤツなんて100パーカットだったんだぞ、勇者パーティにいれば衣食住は困んねぇからな」


「あ、フォーナインさんがそうだったんですね! フォーナインさんには魔力減少して働けなくなったところを代わってもらったり、魔力枯渇して死にかけてたところを何度も助けてもらいました! なら、どんどん積み立ててください!」


 異常な目の輝きの男を、ドチンピラは内心鼻で笑っていた。 



 ――積み立てた金は、死んでも戻ってこねぇよ……! 俺の酒と女とギャンブルに消えるんだからよ……!

 騙されてるとも知らないなんて、コイツらマジで家畜だよなぁ……!



 F型は【教育】と呼べるものを一切の受けさせてもらえない。彼らが受けるのは【調教】である。

 社会に出て、いいように搾取されても従順で愚直なままで、ひたすら妄信的に働くための見えない鎖を与えられるのだ。



 ――コイツがもしそれに気付いたとしても、その頃には不法占拠の手柄が認められて、俺は課長になってるんだけどな……!

 でも、課長になってもあのオヤジとつるまなきゃいけねぇのはムカつくよなぁ……!

 なんとかして、アイツを引きずり下ろせねぇかなぁ……!



 ドチンピラの良からぬ妄想は、部屋の扉が蹴破られるほどの勢いで開いたことで中断させられる。

 そこには、ありもしない髪で怒髪天を衝くゲハジオヤが立っていた。


「コイツ! コイツです! コイツが、すべての原因なんです!」


 ゲハジオヤの後ろには毛色は違うがより悪徳感の漂う2人のオヤジがいて、どやどやと部屋に入ってくる。


「ちぃーっす! ゲハジオヤ課長にトリガラス部長! あっ、シンリャック様までどうしたん……ぎゃっ!?」


 ゲハジオヤがいきなり鉄パイプで殴りつけてきて、ドチンピラはブッ倒れる。


「いってぇ!? なにすん……ぎゃあああああああ!?」


 倒れたところをさらに滅多打ちにするゲハジオヤ。


「このっ! このっ! お前が村の管理を怠ったせいで、不法占拠が失敗に終わったんだ! お前のせいで、このっ、このっ!」


 フォーナインの手によってかの村が壊滅したのはご存じのとおりだが、砦でそれを知ったシンリャックはすぐさま王都に取って返し、レイド人材派遣に乗り込んでいた。

 今回の不法占拠作戦失敗の全責任を、すべて下請けに押しつけようという魂胆だったのだ。


 それからレイド人材派遣内でも責任の爆弾リレーが始まり、本部長から部長、部長から課長、そして末端であるドチンピラへと押しつけられる。

 切るのにちょうどいいトカゲの尻尾が見つかり、シンリャックとトリガラスもリンチに加わった。


「あの不法占拠に成功すれば、防衛大臣の座が手に入るところだったのに! それに新しい愛人も逃した! すべては貴様のせいだっ! このっ、このぉ!」


「あの不法占拠に成功すれば、本部長の座が手に入るところだったのに! 出世を水の泡にしおって! ドチンピラくん、キミは今日をもって懲戒解雇だっ!」


 ドチンピラはわけのわからぬままフルボッコにされ、クビを言い渡される。

 爆弾処理に成功したゲハジオヤはホッと額の汗を拭っていたが、その矛先が再び向けられた。


「ゲハジオヤくん、キミにも管理責任を取ってもらおう! キミは係長に降格だ!」


「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ノースエランスの街はアルコイリス最北端にある街で、北の玄関口とも呼ばれている。

 そのはずれまでやってきたフォーナインであったが、スカイは街のゲートをくぐる直前で立ち止まった。


「あ、すみません、ナイン様。この格好ではすこし目立ってしまうかもしれませんので、お着替えをさせてください」


 いまのスカイは軍服姿だが、彼女ほどの美少女であればどんな格好をしても注目の的だろう。


「美しいものはどう形を変えても人目を惹くものだ、月が欠けてもその魅力は欠けぬように」


 フォーナインもそのことを告げたのだが、あまりに湾曲的だったのと、自らの美しさに自覚のないスカイは目をぱちぱちさせるばかりであった。


「はい?」


「ところで、着替えはあるのか?」


 スカイは「こちらです」と軍服のリボンを外してみせる。

 一見してそれは襟で結んでいたように見えていたのだが、実際は胸にたすき掛けにしていた革のベルトで、両端の結び目がリボン状になっているという不思議なものであった。


「こちらはアルコイリスの王家に伝わる【虹変化にじへんげ】というもので、お城にあるわたくしのクローゼットと魔力で繋がることができるのです」


 スカイはきょろきょろとあたりを見回して人目がないことを確かめたあと、ばんざいのポーズを取る。

 すると虹変化と呼ばれるたすきはふわりと浮き上がり、スカイの頭上で輪となって浮遊する。


「アルコイリスの王族はみな、【浮遊】のスキルを持っています。わたくしはまだ未熟ですので、あまり重いものは浮かせることができないのですが……」


 スカイはそう説明しながら頭上に掲げた手で、浮いている虹変化を引っかけてクルクルと回す。

 虹変化は新体操のリボンのように波打ちながら回転し、やがて輪のなかに虹色の空間を浮かび上がらせていた。


 降り注ぐ七色の光。それを浴びたスカイは生まれたままの姿になっている。

 白い肌がまばゆいほどに光っているので細部は見えないが、丸みを帯びた身体の流線がしなやかに浮かび上がっていた。


 やがて羽衣のような薄衣が現れ、ふわりふわりと漂いはじめる。

 その光景は天女の着替えと見紛うほどで、フォーナインは彼女を初めて見た時以上の衝撃を受けていた。



 ――俺はいままで、美というものを知らずに生きてきたのか……。



 光がおさまるとそこには、白いワンピースのスカートを風で膨らませるスカイが立っていた。

 ピンクのカーディガンを羽織り、胸には赤いリボン。リボンの正体は虹変化で、胸の谷間に食い込むようにたすき掛けになっている。


 虹変化のベルト部分は軍服の時は革製だったが、いまはレース製になっている。

 どうやら持ち主の服装に合わせて変化するようだ。


 スカイは余波のようなものでしつこくめくれあがるスカートを両手で押さえ、はにかんでいる。


「あの……いかがでしょうか……? このようなお洋服を着るのは、初めてなので……」


 その頬は上気していたのだが、フォーナインが返事をする間もなくみるみるうちに赤さを増していった。


「はっ……はわわわっ!? わ……わたくしは、なんということを!」


 スカイはやおら顔を両手でサッと覆い隠し、いやいやをする。もはや耳まで真っ赤っかだった。

 やがて、手の間からくぐもった声がする。


「あ……あの……。いちおう、お伺いしますけど……。ごらんになっておられましたよね……? わたくしのお着替え……?」


 フォーナインが「瞼が閉じるのを忘れるほどに」と頷くと、その肩がびくーんと跳ね上がる。


「す……すみません! こちらは本来、他人様にお見せするものではないのです! どうか、どうか忘れてください! ああ、わたくしったら、なんてはしたないことを……!」


 彼女はしばらくひとりで悶絶したあと、指の間からフォーナインを見た。


「あの……ナイン様は、ずいぶん落ち着いてらっしゃるんですね……。もしかして、こういうのは見慣れているとか……?」


「いや、初めてだ」


 その返答にスカイは複雑な気分になり、「そ……そうですか……」としゅんと肩を落とす。

 一糸まとわぬところを見られたのは恥ずかしいが、フォーナインのリアクションがまるでレンガ塀でも目に映しているかのようだったので、自分に魅力がないのだと思ってしまったのだが……。


「はしたなくなんかない」


「えっ」


「もしスカイがはしたなかったのなら、太陽すらも恥ずかしがって隠れ、世界は闇に包まれていただろう」


「は……はい?」


「その服も、とてもよく似合ってる」


 言葉の意味をようやく理解したスカイは、落ち込んだその横っ面にビンタをくらったようにシャキッとなった。


「えっ!? はっ……はわわわっ!? そ、そんな!? え、えええっ!? あ……ありがとうございますっ!」


「じゃあ、そろそろ行こうか」


「あっ……! は……はいっ!」


 スカイの顔はすっかり晴れ渡っていた。歩きだしたフォーナインを追いかけ、さっきまでと同じように手を繋ごうとする。

 しかし触れかけたところで急に胸がキュンとり、なんだか急に恥ずかしくなって、コートの裾を遠慮がちにつまんでいた。

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