06 侵略阻止

 ところ変わってマギアフレール。

 場所は王都にある、外務省庁舎の会議室。


 国威を示すような贅を尽くした室内で、ふたりの男女が対峙していた。


「シンリャック殿! 中立地帯の不法占拠を、ただちに止めていただきたい! これは私が大使に就任してから再三申し上げてきたことだ!」


 ソファから立ち上がり声を荒げていたのは、りりしい顔に三角のメガネをし、引き締まった身体をシックなビジネススーツで包んだ若き女性。


「ネストソープ嬢、またその話ですか。あの村は、我が国が主導して作ったものではないんですがなぁ」


 かたやソファにふんぞり返っていたのは、ハムのようにむくんだ身体を派手なサーコートで縛っているような中年男。


「私はネストホープだ! そんなことより、マギアフレール政府がレイド人材派遣を通じて、あの村に人をやっているのは調べがついているのですよ!」


「またそんな人聞きの悪いことを。それにそう言われましても、あの中立地帯は歴史的に見ても、我が国の領土なのです。それをこちらは中立地帯にまで譲歩してあげているというのに、まったく……」


「歴史的見地であれば、私は何度も証拠を揃え、反証してきた! それなのにあなたは……!」


「そうでしたかなぁ、記憶にないですなぁ? まあ、しょせんその程度の証拠だったんでしょうなぁ」


「いけしゃあしゃと……! こちらにも、我慢の限度というものがあるのだぞ……!」


「ほほぉ、だったらどうするつもりですか? 実力行使でもするつもりですかな? どうぞどうぞご自由に、でもあなたにできるのはせいぜいストリップくらいのものでしょう?」


「ぐっ……!」


 耳穴をほじって軽くあしらうシンリャックに、ネストホープは拳を握りしめていた。



 ――この、タヌキオヤジめ……! そうやって挑発して実力行使をしようものなら、正義は我にありとばかりに攻めてくるクセに……!

 その手で属国となった国が、いくつあることか……!


 しかしもう時間がない。来月には、占有権が認められてしまう……!



 ネストホープは先月、異例の若さで大使に抜擢された。

 しかしそれはアルコイリスにいる、マギアフレールの息がかかった大臣たちが仕組んだ罠であった。


 彼らはネストホープに不法占拠問題の解決の使命を与える。

 10年もの歳月をかけて前任者ができなかったことなので、小娘であるネストホープに解決などできるわけがないと判断したのだ。


 あとは、不法占拠の占有権が認められた時点ですべての責任をネストホープに押しつけ、更迭する。

 後釜にマギアフレール派の人間を大使として就任させれば、あとは外交的にやりたい放題となる。


 しかしマギアフレールは、アルコイリスを取り込むつもりなど毛頭ない。

 あくまでアルコイリスとして存続させ、傀儡とすることを目論んでいた。


 なぜならばマギアフレール国内の民の不満を、アルコイリスを弾圧することによって解消するためである。

 そう、彼らはアルコイリスを傀儡のサンドバックに仕立てあげようとしていたのだ。


 それらのことはネストホープも百も承知であった。

 しかし病魔に蝕まれるように侵略されていく国を救うために大使を引き受け、すべてを捨てる覚悟で立ち向かっていた。

 期限はたったの1ヶ月。彼女はほぼ毎日のようにこの外務省に通い、相手の不義を訴えてきたのだが……。



 ――彼らは論理的な説得が通じないばかりか、ありとあらゆる卑怯な手を使って我が国を貶めてくる。

 こちらもあらゆる手を尽くしてきたのだが、ダメだった……。


 もう……万策尽きたのか……? もう……アルコイリスはマギアフレールの軍門に下るしかないのか……?



 二の句が継げなくなったネストホープ。シンリャックは勝利を確信したかのように高らかに笑った。


「がはははは! ネストホープ殿、あなたは女なりによくがんばった! だがしょせんは私の手のひらで裸踊りをしていたにすぎんのだよ! 短い間だったが、滑稽で楽しかったぞ!」


 無意識に平手を振り上げてしまったネストホープを、シンリャックは「おやおやぁ?」とさらにからかう。


「その手はなんですかな? もしかして、殴るおつもりですかな? やはりあなたは小娘だ! 正当な手段で勝てないとわかると暴力に訴えるとは! アルコイリスはまだまだ未開の地! 我が国がしっかり躾けてやる必要がありそうですなぁ!」


 シンリャックはソファから立ち上がると、ネストホープの手をガッと掴んだ。


「では、さっそく教育といくか ! ネストソープ、まずはお前からだ!」


「な……なにをする!?」


「なにって、ナニに決まっとるだろう! そもそも、お前を大使に選んだのはこの私なのだ! 最初からお前を愛人にするつもりだったのだからな!」


「や……やめて、離して!」


 ネストホープのブラウスが、腐ったソーセージのような指に引きちぎられようとしたコンマ一秒前。


「た……大変です、シンリャック様!」


 会議室の扉が勢いよく開かれ、職員が飛び込んできた。


「なんだ、そうぞうしい! せっかくいいところだったのに! あとにしろ!」


「ほ、本当に大変なんです! 不法占拠の村が、のきなみ壊滅状態に……!」


 この知らせには、シンリャックとネストホープが同時にハモっていた。


「「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」


 シンリャックとネストホープは馬車を飛ばして最寄の国境である、マギアフレールの南端へと向かう。

 そこには、昨日まではありえなかった光景が広がっていた。


 不法占拠の村は瓦礫と化し、人っ子ひとりいない。

 シンリャックとネストホープは真逆の夢を見ているような顔で、またしてもハモっていた。


「「う……うそだ……! こ……これは夢だ……! 夢にきまってる……!」」


 シンリャックがマギアフレール側の砦に踏み込むと、そこにいた兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「待たんか! これはいったいどういうことだ!?」


 かたやネストホープは中立地帯を横切り、アルコイリス側へと向かう。

 そこはアルコイリスの北の門と呼ばれる、ノースエランス砦であった。


「これは、どういうことなのだ!?」


 マギアフレールの兵士たちは虫けら同然になっていたが、アルコイリスの兵士たちは百獣の王のように威風堂々としていた。

「すべては、フォーナイン様のおかげです!」と口を揃える。


「フォーナイン様が、魔力で作り出した矢を我々にくださったのです! 配備される矢の10年分もの物量がありましたので、早馬を使って他の砦にも配って回りました! おかげで、不法侵入の村は一掃できました!」


 ネストホープは、そんなバケモノのような魔力を持つ人間がいるわけがない、と信じなかった。

 しかしいずれにせよ、その人間のおかげで10年の悲願を達成できたというのはまぎれもない事実のようだ、と思いなおす。


「その、フォーナインという男はどこへ行ったのだ?」


「はぁ……」と兵士たちはちょっと言いにくそうにする。


「実はフォーナイン様は、クリアスカイ様のお連れでして……。おふたりはそのまま、国内のほうへと旅立っていかれました……」


「クリアスカイ様が男を連れていただと? そんなはずはない、クリアスカイ様は男を寄せ付けぬことで有名なのだぞ?」


「はい、それは知っていました! でもフォーナイン様が触れても、クリアスカイ様はぜんぜん嫌がる様子がなくて……! むしろすごく仲がよろしいようで、手を繋いだり、いっしょに弓矢を撃ったりされていました!」


「なに? 百もの縁談を蹴り、言い寄る千の男たちをすべて吹っ飛ばし、万年の独身を宣言していたあのクリアスカイ様が……!? それは、まことなのか……!?」


 フォーナインという男は実は神話に出てくる動物で、兵士たちは絵空事を語っているのではないかとネストホープは思う。

 しかし、いまは疑っている場合ではないと意を決する。


「では、いますぐフォーナインをさがして、我が国に迎え入れるのだ!」


「はい、クリアスカイ様のご命令で、すでに国民登録はいたしました。木の腕輪も渡してあります」


「なんと……! クリアスカイ様がそこまでされるとは、やはり……! おい、いますぐプラチナの腕輪を用意するのだ! フォーナイン……いやフォーナイン様こそ、いまの我が国に必要なお方! 国を挙げて歓待するのだ!」

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