05 いきなり英雄扱い

「な……なんだ、いまの矢はっ!? とんでもない破壊力だったぞ!? 魔法錬成か!?」


「ばかな!? 魔法錬成の矢だって、鉄で補強された石の壁を一発でブチ抜くなんてありえん!」


「み……見ろ! フォーナインが……フォーナインさんが、また矢を構えてる!」


 二発目の矢は不法占拠の村の見張り台の足場を破壊し、その下にあった家を巻き込んで倒壊するという甚大な被害をもたらす。

 とうとう村はパニックに陥り、それを見るマギアフレールの兵士たちは顔面蒼白になっていた。


 アルコイリスの兵士たちは狂気乱舞。逆転サヨナラホームランを打ったヒーローのようにフォーナインを取り囲んでいた。


「や……やった……! やったやったーーーーっ!」


「ありがとう、フォーナインさん! ヤツらにはずっとバカにされてきたんで、胸がスーッとしました!」


「すごい矢ですね! その矢、いったいどうしたんですか!?」


「魔力で作った」


 フォーナインはあっさりと答えながら、兵士たちの目の前で弓をふたたび構えてみせる。

 弦を持つその手にはなにも無かったのだが、


魔生成ジェネレート出力スロットル0.000000000001%トゥエルヴオーワン


 そう宣言した途端、引き絞るのにあわせて指先から魔法のように矢が生えてきた。


 その矢はガラスのように透明で、まばゆい光を内包している。

 もし光の矢というものが存在したとしたら、こんな見た目だろうとその場にいた誰もが思う。

「そっか……」と兵士のひとりがつぶやいた。


「やっぱりこれは、夢なんだ……。不法占拠を悔しがっている俺たちに、神様が夢を見せてくれているんだ……」


「ああ……そうだよな……手から光の矢を出すスキルなんて、聞いたことないし……」


「もう、夢でもいいや……。こんないい夢が見られたのなら、思い残すことはない……」


 もはや誰もが夢見る乙女のような表情になっていたが、本物の乙女はひと味違っていた。


「わたくしも、いたしてみたいです!」


 なんでもしたがる子供ようにフォーナインから弓矢を受け取り、見よう見まねで弦を引っぱるスカイ。

 しかし彼女は非力なのか、まったく弦を引けていなかった。


「う……うぬぬぬぬぬーっ!」


「構えが違う。狩猟の女神をダンスに誘うように構えるんだ」


 フォーナインはスカイの背後に回り込むと、彼女のつむじにアゴが乗るくらいに密着する。

 白魚のような指を、そっと手で包み込みもうとすると、兵士たちは「あっ」と驚く。


「この手を穢すのが罪なら、俺は喜んで罰を受けよう」


 フォーナインはそう言って、スカイと手と手を取り合うようにして矢をつがえる。

 ふたりが寄り添う姿は実に絵になっており、兵士たちは驚きを通り越して天使を見るような目になった。


「息を吸って、止めてからしっかりと狙いを定めて、そして撃つタイミングに合わせて息を吐くんだ」


 教えをさっそく実践しているスカイは、胸を膨らませたままコクンと頷く。

 そして村の広場のさらにその真ん中、的でいう正鵠せいこくに値する支柱に狙いを定めた。


 ふたりは息ピッタリに弦を離す。矢は空を切り裂き、確固たる意志があるかのようにまっすぐ飛んでいく。

 そしてみごと支柱の根元に命中、メキメキと音をたててなぎ倒していた。


 支柱にはマギアフレールの国旗が掲げられていたのだが、広場のかがり火が引火し、あたりに燃え広がっていく。

 村は焼き討ちにあったような大火事に見舞われ、兵士たちはとうとう熾天使を見ているかのような表情になった。


 そんな彼らに向かって、フォーナインはむっつりと言う。


「ヒマなら、矢を撃つのを手伝ってくれ」


 なおも夢見心地の彼らに、フォーナインは親指で背後を示す。

 彼の肩越しを「え……?」と見やった兵士たちの瞳に、夢よりも信じられないものが映った。


 それはなんと、見上げるほどの山となって積み上げられた、数え切れないほどの光の矢……!


「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!?!?」


 兵士たちはほっぺたをつねりながら、光輝く山に殺到。


「う……うそだろ!? なんだこの量の矢は!?」


 彼らの背後から声がする。


「魔力で作った。タバコの煙で輪を作るように」


「これだけの量を、本当にひとりで作ったのか!? この砦に配備される矢の10年分はあるぞ!?」


「ああ。昨日まで、これくらいの矢は毎日作らされていたからな」


 フォーナインは昨日までの日々を思い出し、フッと目を伏せる。


 勇者パーティにいた頃は軍備の単位で矢を作らされていたのだが、ほとんど使われずに魔力のチリとなって消えていた。

 そうやっていくら尽くしたところで誰もフォーナインには感謝せず、やって当たり前の態度。むしろできなければ罵られ、時には暴力まで振るわれていた。


 しかし、いまは違う。


「あ……ありがとうございます、ナイン様っ……!」


 スカイは瞳をうるうるさせるほどに感激、じゃじゃんっと両手でフォーナインを示し兵士たちに喧伝した。


「い……いかがですか!? これがナイン様です! これでも、ナイン様が我が国の一員になることに反対されますか!?」


「と……とんでもありません! 俺たちが間違ってました!」


「じゃあ、ちゃんと謝ってください!」


 兵士たちは整列すると、フォーナインに向かって深く頭を下げる。


「も……物乞いなんて言って、すいませんでしたーっ!!」


「まだ、顔をあげてはいけませんよ! ちゃんとお礼も言ってください!」


「あ……ありがとうございましたーっ!! フォーナインさんは、我が国の英雄ですーっ!!」


「これでよろしいですか、ナイン様?」


 フォーナインは誰かに謝られたり、感謝されたりするのは初めてのこと。

 慣れないことをされて思わず気後れし、「あ……ああ」と返事をするのがやっとだった。


「ありがとうございます! さて、ナイン様のお許しがでましたので、みなさん矢を使わせていただきましょう!」


「は、はいっ! みんな、やろうぜ! フォーナインさんの矢で、マギアフレールのヤツらをギャフンと言わせてやるんだ!」


 兵士たちが矢を補充している間、スカイはいつのまにか司令官のような服装に着替えていた。

 胸元にリボンがあしらえられていて、軍服のはずなのにほっこりするほどかわいらしい。

 その格好で踏み台に上がり「では、いたしましょう!」と拳を突き上げると、兵士たちも「おおーっ!」と勇ましい声で応じる。


 光の矢を手にした兵士たちは見張り台にずらりと整列。

 スカイの「うてーっ!」という号令とともに、一斉射撃を行なった。


 白い雨が黒い村に降り注ぐ。それはレーザー兵器のように鉄や石をやすやすと貫通、一瞬にして家々を粉々にしていく。

 逃げ惑うゴロツキたちはマギアフレールの砦に助けを求めようとしたが、マギアフレールの兵士たちも彼らに黒羽の矢を突きつけていた。


『警告する! 村を離れてはならん! いまそこを離れたら、10年もかけた作戦がムダになってしまう! 戻って、村で暮らすのだ!』


「そ……そんなぁ!? もう村は跡形もありません!」


「あんな恐ろしい矢、まともに食らったら死んじまう!」


『ええい、うるさいっ! アルコイリスの矢は怖くて、我らマギアフレールの矢は怖くないというのか! うて、うてーっ!』


 そこから先は地獄絵図だった。マギアフレールの兵士たちが放つ矢に射貫かれ、ゴロツキたちは次々と矢ガモ状態になっていく。

 命からがらアルコイリスの砦に逃げ込んできたのだが、助かったとばかりに喜んで捕縛されていた。


「あ……ありがとう! マギアフレールのヤツらはムチャクチャだ!」


「俺たちはレイド人材派遣から派遣されて、あの村で暮らしてただけなんだ!」


「帰ったら殺される! なんでも教えるから、どうか俺たちを助けてくれぇ!」


 そして、ゴロツキたちは砦の牢へと幽閉される。

 きっとこれから、外交的に面白いことになるだろう……と兵士の誰もが思うなかで、早馬が帰ってきた。


「物乞いの国民登録が終わりました!」


「バカ! フォーナインさんと呼べ! この方は、我が国の英雄だぞ!」


 隊長から頭を小突かれ、早馬の兵士は目を白黒させる。


「ええっ!? ちょっといない間に、なにがあったんですか!?」


「それはあとで教えてやるから、先にフォーナインさんにご説明しろ!」


「は……はいっ! ええと、フォーナインさん、これであなたは正式に我が国の国民となりました! こちらが腕輪となります!」


 虹を模したアルコイリスの国章が彫り込まれた、質素な作りの木の腕輪を渡される。

 受け取ったフォーナインが「これは?」と尋ねると、両手を胸の前で合わせたわくわくポーズのスカイが教えてくれた。


「そちらの腕輪は所属や身分を表すほかに、中に魔力を溜めることができるんですよ。わたくしもいたしております」


 差し出された白樺の枝のように細い腕、その手首には凝った細工が施された白銀の腕輪があった。


「あ、そういえばナイン様は腕輪をなさっておりませんね? マギアフレールでも、国民のみなさんがお召しになっているはずですが?」


「マギアフレールではF型は国民として扱われないんだ。腕輪は与えられず、かわりにこれを付けられた」


 フォーナインは前髪をかきあげ、額の【9999】のタトゥーを見せる。 

 彼らは魔畜󠄀と言われているように、家畜と同じ扱いを受けていた。


 そう、この世界は血液型で一生が決まる。

 なぜならば血液型によって、持って生まれるスキルが決まるからだ。


 たとえばB型は戦士や魔術師、つまり戦闘に向いたスキルとなり、D型は生産業やサービス業、つまり生産や交渉に向いたスキルが与えられる。

 E型は権力者のスキルを得て、生まれながらに社会の頂点に立つ。


 フォーナインが崖の下でスカイを助けた時に、身なりから血液型を判断したのもこの血液型社会を象徴していると言えよう。

 そのスカイは、腕輪をはめるフォーナインを我が喜びのような顔で見つめていた。


「これでナイン様はアルコイリスの一員という、おおきな家族のひとつとなったのです! 我が家へようこそおいでくださいました!」


「俺が、家族に……?」


 フォーナインはあまり感情を表に出さないのだが、この時ばかりは感慨深げであった。

 そしてふたりは一体感のようなものを感じて見つめ合っていたのだが、空気の読めない兵士が「あの」と水を差す。


「クリアスカイ様、国王様から王都にお戻りになるようにと仰せつかりました」


「えっ、パパ上様から?」


「はい、馬車を手配してありますので、そちらで王都まで……」


「いえ、馬車はけっこうです。いつか戻りますとパパ上様にはお伝えください。では用向きも終わりましたので、そろそろ失礼させていただきますね」


「えっ、そんな!? クリアスカイ様!?」


 慌てる兵士たちをよそに、スカイはフォーナインの手を取って砦から走りだす。

「帰らなくてもいいのか?」とフォーナイン。


「大丈夫です! もう国内にいるのですから、きっとパパ上様もお許しくださいます! それにせっかくお城から出られたのですから、しばらくあちこち見てまわりたいのです!」


 かくして、箱入り王女と元家畜という世にも奇妙なコンビが誕生。

 ともに次に向かったのは、アルコイリスの北の玄関口と呼ばれる【ノースエランスの街】であった。

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