04 不法占拠の村を破壊
「こ……怖かった……です……!」
胸に飛び込んできたスカイを、フォーナインは棒立ちで受け入れながら尋ねる。
「アイツらは、キミを王都へと連れて行こうとしてたヤツらか?」
するとスカイはパッと顔をあげる。その顔は半泣きだった。
「そうです! でもそんなことよりも、先ほどのはなんだったのですか!? あのようなスキル、初めて見ました!」
「さっきのはスキルじゃない。3式の魔力を剣の形のように出力しただけだ」
血液型にはAからFまでの区分があるが、そこからさらに式という形で細分化される。
F型の場合は出力できる魔力の形態を表しており、1式は液体、2式は粘液、3式は固体、4式は粉末、5式は気体となっている。
3式は手から固形の魔力を出せるのだが、鍛錬すればある程度の形を作れるようになる。
それは一般常識だとフォーナインは思っていたので、スカイが驚いている理由がわかっていなかった。
「3式の魔力を整形するのは珍しいことじゃないんだが、もしかして見たことないのか?」
「あります! でも普通はちょっと尖った石ころのような、ちっちゃくていびつな感じのものしか作れません! あのように大きくてキレイな剣になるなんて、ありえません! それになんですか、あのとんでもない威力は!」
「3式の魔力で作った剣は魔力を持つんだ、ようは魔剣だな」
「いえ、だから普通は剣なんて……! それに魔剣だなんて、ありえません……!」
「そうだな。記憶が戻ってから、魔剣の斬れ味もあがったみたいだ。己の香りを知ったバラのトゲが、より鋭くなるように」
スカイはどこから突っ込んでいいのかわからないといった感じだったが、もっと根源的なことに気づいた。
「そういえばわたくしにくださった魔力って、粘液状でしたよね!? ということはナイン様の血液型はF型2式のはずです! それなのにどうして、3式の固体まで出せるのですか!?」
「俺はF型9式なんだ」
フォーナインは事もなげに答えたが、スカイは「えっ」と目が点になっていた。
「う……うそ……!? F型9式って……1から8までの、ぜんぶが出せるという式ですよね……? 幻の血液型といわれております……! それにたとえおられたとしても、魔力の最大量がすごく少ないといわれているのに……!」
「ああ。だが俺は、四つ葉のクローバー。魔力という名の葉が、人より少し多いんだ」
「すっ……少しどころじゃありませぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
「そうなのか、じゃあ五つ葉かな」
絶叫ではぁはぁ肩を上下させるスカイ。取り乱す自分とは真逆のフォーナインに、眩暈を覚えずにはいられなかった。
「な……ナイン様って、とてもマイペースなのですね……。これだけすごいことをなさっているのに……」
「ところで、これからどうするんだ?」
「え……えっと……とりあえず、わたくしの国にまいりましょう。ここからなら歩いて国境まで行けるはずですので」
「わかった」
「では、まいりましょう!」
当然のようにフォーナインの手を取るスカイ。
「あ……ごらんくださいナイン様、朝日です! きれい……!」
「ああ、そうだな」
森の道なき道を歩くふたり。空は星々と明るいスミレ色のグラデーションに染まっている。
はるか向こうの山々から覗く太陽が光の道をつくり、ふたりの行き先を明るく照らしていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
希望に満ちあふれていたふたりは疲れ知らずで、日が昇る頃にはアルコイリスの国境近くまでたどり着いていた。
国境の砦にいるアルコイリスの兵士たちはフォーナインが近づいてくるのを見て、魔導拡声装置で警告を発する。
『怪しいヤツめ、両手を挙げて止まれ! それ以上近づくと攻撃するぞ! ここから先は、アルコイリスの領地である!』
しかしフォーナインの前に通せんぼするように立ち塞がった少女に、その声はひっくり返った。
『え……ええっ!? クリアスカイ様っ!?』
スカイはウエディングドレスの裾をつまんでずんずんと砦に踏み込むと、集まってきた兵士たちをまくしたてる。
「ナイン様はわたくしを助けてくださいました! ですので、一刻もはやく国民登録をいたしましょう!」
「いたしましょうって、ここでですか!? そう言われましても、砦でできるのは入国の手続きまでで、国民登録は法務局のある都市でないとできません! だいいち、ここでは身元の確認すらできませんし……!」
「なんでもよいのでいたしてください! 身元ならわたくしが保証いたしますから! さぁ、早く早く!」
スカイは王女の強権を振りかざし、言葉で兵士たちの尻を叩く。
本来は非常時の伝令用である早馬に直筆の書簡を持たせ、フォーナインの国民登録のために最寄りの都市へと走らせる。
早馬の兵士は、砦を出発する直前までブツクサ文句を言っていた。
「まったく、あんな物乞いみたいな男を国民登録するなんて……。ただでさえうちの国は、隣国からの犯罪者が多いってのに……」
早馬が帰ってくるのを待つあいだ、スカイは砦のなかをあちこち見てまわる。
砦の頂上にある見張り台では、警報が鳴り響いていた。
『警告する! そこはマギアフレールとアルコイリスとの中立地帯である! 条約により、占有してはならないことになっている! ただちに立ち退きなさい! 警告に従わない場合は攻撃する!』
見ると、開けた草原の真ん中には石造りのちいさな村があった。
村といっても、家の外壁は砦のように金属で補強されている。また村には生産性のようなものは感じられず、村人たちはみなガラの悪そうな男たちばかり。
警告を受けてもニヤニヤ笑っており、とうとう挑発する者まで現れる。
「げへへ、それなら攻撃してみろよ!」
「そうだそうだ! 俺たちは逃げも隠れもしねぇぜ!」
「やらねぇのか!? アルコイリス軍はへなちょこばかりだな、ぎゃははは!」
村の広場でお尻ペンペンする男たちを見て、スカイは困り眉になっていた。
「あの方たちは、いったい……?」
見張り台の兵士たちが申し訳なさそうに答える。
「アイツらはマギアフレールの政府から派遣されたゴロツキどもで、ああやってもう何年も不法占拠してるんです……」
「不法占拠って、いけないことですよね? でしたら毅然とした対応を取るべきなのではないですか?」
「はい、以前は警告の意味も込めて攻撃していたのですが、いまではやっていません」
兵士は、論より証拠とばかりに弓を構えてつがえる。
すると広場の男たちは、巣に逃げ帰るゴキブリのごとく近くにあった家に引っ込んだ。
兵士は矢を撃ち放ったが、家の屋根にあたった矢は跳ね返って地面に落ちた。
すかさず男たちが家から出てきて、矢を拾いあげる。
「おい、へなちょこ軍が矢をプレゼントしてくれたぞ!」
「でもそんなショボイ矢、なんの役にも立たねぇだろ!」
「そうでもねぇぞ、へし折って火にくべれば薪のかわりになるからな!」
「そいつはいいや、ぎゃははは!」
兵士たちはぐっ、と歯を食いしばった。
「我がアルコイリス軍の矢では、あの村の外壁には歯が立たないのです……!」
「では矢で撃つのではなくて、直接あちらに伺ってはいかがですか?」
「無理です」と兵士が示した先は、村のさらに向こう。
そこにはマギアフレールの国境の砦があり、兵士たちが弓を構えていた。
「村に少しでも近づこうものなら、あそこから矢が飛んできます。マギアフレール軍の矢は魔法錬成されているので、我が軍の装備をやすやすと貫いてしまうんです」
「ええっ、中立地帯で攻撃してくるのですか!? それはあんまりです! わたくしが抗議してまいります!」
いまにも飛びだしていきそうなスカイを、兵士たちが人の壁を作って遮った。
「おやめください! アイツらは、たとえクリアスカイ様であろうと容赦はしないでしょう! それに、大使を通じて抗議はしてもらっています! ですが相手は、『歴史的に見ても我が国の領土である』の一点張りで……!」
兵士たちはあることを思いだし、がっくりと肩を落とす。
「それにもう、手遅れなんです……。あの村ができてから、かれこれ10年……。来月には、条約にある占有権が成立しますから……」
「それはもしかして、あの村が正式にマギアフレールの領地として認められるということですか?」
「はい。マギアフレールは国境の砦をあの村に移して、さらにこちらに侵攻してくるのが狙いなんです。そうなれば、この砦も長くは持たないでしょう……」
「そ、そんな!? それではこちらの砦に、軍隊を配備すれば……!」
「そんなことをしたら、マギアフレール側は宣戦布告とみなして大手を振って攻撃してくるでしょう。ヤツらはそうやって、他国を少しずつ侵略しているんです……」
兵士たちはとうとう、顔を覆って泣きだしてしまった。
「ううっ……! 魔法資源に乏しい我が国の軍備では、マギアフレールに太刀打ちでません……! せめて、魔法錬成された矢があれば……!」
「な……泣かないでください! なんとかする方法がきっとあるはずです! 元気を出してください、ねっ!」
そう言って兵士たちを鼓舞するスカイであったが、この言葉がなぐさめにもならないことが自身にもよくわかっていた。
スカイは悔しさを滲ませながら顔をあげたのだが、その目と口があんぐりする。
見開いた瞳には、彫像のような美しいポーズで弓矢を構えるフォーナインの姿が映っていた。
「な……ナイン様……? 矢は効かないと、さきほど……」
見とれるようなスカイの制止は届かず、フォーナインは引き絞った弦を風切り音とともに放つ。
兵士たちはその行く末を涙に濡れた瞳で、あきらめムードで見送っていたのだが……。
家の壁に着弾した矢は大穴を開け、さらにその後ろに隠れていたゴロツキをまとめて撃ち貫いていた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「や……矢がっ!? 矢がっ!? やがぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
「ひ、ヒザが撃ち抜かれたっ!? いでぇっ、いでぇよぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!」
殺虫剤の煙であぶり出されるように家から飛びだしたゴロツキたちは、村の広場でのたうち回る。
その様子を、マギアフレールの砦の兵士たちは悪夢のように見つめていた。
かたやアルコイリスの砦の兵士たちは、白昼夢の真っ最中であるかのようにボンヤリしたまま。
無理もない、それは彼らが10年ものあいだ求め続けた夢の光景。
それをたったひとりの青年が、たったの一矢によって実現してしまったのだから。
そしてそれが現実であるとわかると、あちこちで驚愕が爆発した。
「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!?!?」
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