03 0.1%以下の力なのに一撃必殺

 フォーナインはテントの入口まで戻ると、道場やぶりのごとく叫んだ。


「俺は今日かぎりで、レイド人材派遣を辞める! もちろん、勇者パーティも!」


 すると呼び声に応えるかのように、刑務所のごとき高さのテントの壁にみっつの巨影が映った。

 テントの頂点に設置された魔導拡声装置から、聖女の声が荘厳に鳴り響く。


『愚人は、高みにいる人間が自分をすくい上げてくれることを願う。希望の星を追わず、ただ手をさしのべられるのを待つのみ』


 その言葉を引き継ぐように、賢者のいかめしい声が続いた。


『しかし手をさしのべた途端、勘違いするのじゃ。自分はこんなものではないと』


 肩をすくめる姿が見えるような、あきれた勇者の声。


『もしかして、自分を勇者パーティの一員だとでも思ってるの? いてもいなくても、ぜんぜん変わらないクセして』


 バッ、とテントの入口の布が翻り、ゲハジオヤとドチンピラが現れる。


「ふん、勇者様のパーティに長いこと付かせたのは間違いだったようだな! すっかりのぼせあがりおって!」


「お前みたいな魔畜󠄀、うちには掃いて捨てるほどいるっつーの! ってかなんで立ってんの? 魔畜󠄀なら魔畜󠄀らしく這いつくばれよ、オラ!」


 フォーナインはもはや、勇者や会社の上司たちを前にしてもヒザを折ることはしなかった。

 胸倉を掴もうとしてきたドチンピラの腕を捻り上げ、逆に跪かせる。


「いてでででっ!? な、なにしやがる!? は……はなせっ! はなしやがれーっ!」


「離してやってもいいが、俺の首輪を外すのが先だ」


 ゲハジオヤは「バカモンっ!!」と、カミナリオヤジのごとく怒鳴り返した。


「この根性ナシがっ!! ここで辞めたら、どこへいっても通用せんぞ!!」


「そうやって大声を出して畏縮させようとしても、俺にはもう通用しない。それに、たとえアンタの言うとおりだったとしても、もう決めたんだ。俺は、俺を必要としてくれる場所に向かって羽ばたくと」


「この親心がわからんのか! F型のお前は脚を持たずに生まれた鳥と同じで、どの木にも止まれない! レイド人材派遣という大地で、這いつくばって生きるしかないんだよ!」


「ならば木に止まることなく飛び続けよう。いまの俺にはその翼がある」


 ゲハジオヤは「ヒヨッコのクセして、イキがりおって……!」と真っ赤になって言い返そうとしたが、落ち着き払った声が遮る。


『首輪を外してあげなさい』


「そ、そんな、聖女様……!? そんなことをしたら、コイツは……!」


『いいと言っているのです、千の声よりもとどくわらわの声が』


 有無を言わせぬその一言に、ゲハジオヤはしぶしぶポケットから鍵束を取り出す。

 【9999】と彫り込まれた鍵を、フォーナインの首筋に刺すように首輪の鍵穴に突き立て、乱暴に回した。


「ぜったいに、後悔するぞ……!」


 ゲハジオヤの捨て台詞とともに首輪は外れ、ふたりを分かつかのように、足元に音をたてて転がる。

 フォーナインは無言のまま背を向けて歩きだした。


 闇に溶けていくその背中を、聖女はすべてを見通しているような声で見送る。


『いまのフォーナインは、大空の青さに憧れる雛鳥。その厳しさを知れば、檻は枷ではないことを知るでしょう。すぐに戻ってきて、窓の外で囀るに決まっています』


「なるほど!」と大げさに手を打つゲハジオヤとドチンピラ。


「自由にしたのは作戦だったのですか! たしかにどこも拾ってもらえない以上、泣きながら戻ってくるでしょうな!」


「それにいちど辞めた引け目があるから、もう二度と辞めるなんて言い出さないっすね! そのほうがラクでいいや! さすがは聖女様!」


 テントの壁に映った巨影が、鷹揚に両手を広げる。


『そう、フォーナインは思い知るのです……!』



 ――帰るべき場所は、このわらわの足元であるこということを……!

 その時こそフォーナインは生まれ変わり、身も心も完全にわらわのものとなるのです……!



 そして、世界はさっそく牙を剥く。

 フォーナインはスカイの待つ場所へと戻ったのだが、スカイはゴロツキのような男たちに囲まれ、岩壁に追いつめられていた。


「死体だけでもと思って探したんだが、まさか生きてやがるとはな!」


「ったく、勇者様との結婚のなにが不満だってんだ!」


「しかしコイツ、見れば見るほどいい女だなぁ!」


「あ、そうだ、俺たちでちょっと味見しねぇか? コイツが逃げた時にゴロツキとかに襲われたってことにしてよ!」


「そりゃいいな! 勇者様に献上する前の毒味ってことで!」


「それにちょっと痛い目に遭わしてやりゃ、逃げる気も失せるだろ!」


「あんがい気持ち良くなっちまうかもな、ぎゃはははは!」


「い……いやですっ、おやめくださいっ! た……助けて! 助けてくださいっ! ナインさまぁぁぁぁーーーーっ!」


 その叫びだけで、フォーナインの血が魔力で沸騰。

 地を蹴りながら、剣の柄を掴むように腰に手を当てる。


「スカイを離せ!」


 突如現れた何者かにゴロツキたちは武器を構えるが、相手が単身、しかも丸腰であるとわかると油断した。


「なんだ、びっくりさせやがって!」


「おい小僧! あんまイキがってると、お前も痛い目に遭わせるぞ!」


「そうそう、この数相手に、しかも丸腰でなにしようって……」


魔剣ソード出力スロットル0.000000001%ナインオーワン……!」


 フォーナインは掛け声とともに、居合斬りのような抜刀のポーズを取る。

 手のひらから白刃が伸びていき、身の丈ほどにまで膨らんでいく。

 表面は鏡面のように磨き上げられ、映り込んだ空の星々が刀身にちりばめられているかのようであった。


 ちいさな天体のようなそれが振り上げられた刹那、世界の牙がへし折られたかのごとき衝撃がはしる。

 爆音とともに大地が波打ち、周囲にあった木々が横薙ぎの暴威を受けて次々と引っこ抜かれた。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 ゴロツキたちも一瞬にして吹っ飛ばされ、尾を引くような悲鳴だけがその場に残る。

 やがて静寂が戻ると、森だったはずのそこは雑草ひとつない荒野と化す。

 壁に張り付いていたスカイは奇跡的に無傷であったが、そのあまりの威力に髪の毛が逆立っていた。


「い……いまのは……なんだったのですか……!?」


 フォーナインはこの大量破壊を引き起こしておきながら、惨状には目もくれない。

 手にした白刃が朽ちて砂となり消えていくのを、ただじっと見つめていた。


「魔力の出力を加減して、0.000000001%まで抑えたんだが、それでも強すぎたようだ……」

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