【KAC20243】転生したら宝箱だった件! 冒険者共が襲ってくるので得意の死霊術で最強のダンジョンマスターを目指します!

斜偲泳(ななしの えい)

第1話 

 困ったことになった。


 男の呟きが声になる事はなかった。


 男には喉がなかった。


 今はもう男ですらない。


 箱である。


 ただの箱ではない。


 宝箱に擬態する魔物、ミミックである。


 なぜこんな事になってしまったのか。


 もちろん男は覚えている。


 遡る事数刻。


 彼は死霊術士のソロ冒険者だった。


 男はコミュ障だった。


 そして死霊術士は嫌われ者だ。


 だから男はソロで活動している。


 一人でダンジョンに潜り魔物相手に死霊術の研究を行いながら生計を立てていた。


 その日も男は情報屋に金を払い、最近新たに見つかったというダンジョンを攻略していた。


 護衛には死霊術で生み出したスケルトンを連れていた。


 タフな上に代えの効く便利な相棒である。


 罠だってスケルトンを先行させれば安心だ。


 重い荷物を持たせても文句一つ言わない。


 喉がないのだから当たり前だ。


 それで他の冒険者よりも身軽に奥まで進んでいた。


 手つかずのお宝も手に入れてこのダンジョンはアタリだなと呑気な事を思っていた。


 暫くして宝箱を見つけた。


 いかにもお宝が入っていますと言いたげな金ぴかの箱である。


 ダンジョンは人を利用する魔物である。


 地形を変化させ、魔物を呼び、お宝を用意して人間を待ち受ける。


 一攫千金を夢見る冒険者の多くは夢破れて養分になる。


 いずれは攻略される運命だが、その頃にはダンジョンは十分元を取っていて、魔物や冒険者の死骸から得た魔力を糧に新天地へと子孫を残している。


 甘い蜜で獲物を誘う食虫植物みたいなものである。


 このダンジョンで宝箱を発見するのは初めてではない。


 荷物持ちのスケルトンを増やさなければいけない程に大漁だった。


 だからと言って男は油断しない。


 宝箱に罠は付き物で冒険者の死因の上位を占めている。


 が、男には関係ない話だ。


 いつも通りスケルトンに箱を開けさせる。


 爆破の罠がスケルトンをバラバラに吹き飛ばすが数秒程で元通りだ。


 さて中身はなんだろう。


 ピカピカの金貨か、宝石の付いた首飾りか、業物の武具か、古代の魔導書か。


 ソロ冒険者だから戦利品は独り占めだ。


 ワクワクしながら中を覗いた瞬間ガブリとやられた。


 ミミックだ!


 そう思った時にはもう遅い。


 男は箱に飲み込まれ刃物のような歯で咀嚼される。


 俺の冒険もここでおしまいか……。


 などと思う程諦めの良い男ではなかった。


 むしろ逆だ。


 死にたくない。


 こんな所で死んでたまるか!


 往々にして死霊術士は生き汚い。


 常日頃から死にたくないと思っている。


 そうでなければ死霊術なんて邪法に手を出したりはしないのだ。


 男もその口で、不老不死とか転生とか若返りとかその手の術を研究していた。


 それで男は一か八か、研究中の術を使用した。


 人は死ぬ。


 動物も死ぬ。


 植物や魔物だって死ぬ。


 死なないのはアンデッドくらいだ。


 彼らは何故死なない?


 答えは明白だ。


 もう死んでいるのだからこれ以上死にようがない。


 でも彼らは動いている。


 生きているかのように動き回り、生きているかのように生者を喰らう。


 男は自らをアンデットにする術を研究していた。


 死霊術士には定番の秘術、リッチ化である。


 その過程で男は肉体から魂を離脱させ、一時的にスケルトンに宿らせる術を生み出していた。


 仕組み自体は単純だ。


 そもそも死霊術とは自らの魂を宿した魔力を器に注ぎ仮初の命を与えて使役する術である。


 難しいのは魂を定着させ生身の肉体同様の自我と力を残す事である。


 そのレベルまではまだ達していない。


 だいたいスケルトン以外にこの術を使った事もほとんど無い。


 スケルトンを使うのは死霊術士が悪趣味だからではない。


 己の意思と生きた魔力を宿す生物相手には抵抗されて難易度が跳ね上がる術なのである。


 それでも小鳥や虫程度には試した事がある。


 だが魔物、それもミミック相手に試した事など一度もない。


 それでも男は試すしかなかった。


 己の魂を全魔力に乗せミミックに憑依ソウルハックを試みたのである。


 

 †



 そんな訳で気付けば男は箱になっていた。


 宝箱に擬態した魔物、ミミックである。


 まさか成功するとは思わなかったが、してしまったのだから仕方ない。


 なんにしたって死ぬよりはマシだ。


 生きてさえいれば術を極め真っ当なリッチに成れる日も来るだろう。


 この通り、死霊術士とは生き汚い生き物なのである。


 ともあれどうしたものか。


 とりあえず男はミミックの生態について学ぶことにした。


 男は死霊術士であって魔物博士ではない。


 ミミックの事など普通の冒険者程度にしか知りはしない。


 色々試した結果、驚く事にミミックは移動できるという事が分かった。


 箱の裏側に蜘蛛みたいな脚が隠れていて、それで自由に移動できる。


 箱の内側は口だ。


 刃物のように鋭い歯が並び、長い舌は素早く伸ばして槍のように突き刺す事が出来る。


 魔術だって使う事が出来るらしい。


 スケルトンを吹き飛ばした爆破がそれだ。


 それでミミックは罠の仕掛けられた普通の箱であるように偽装して男を油断させたのである。


 という事は……。


 男が魔力を練り上げると床に散らばっていた下僕達がカタカタと動き出し人型に集った。


「おぉ!」


 喉があったら叫んでいただろう。


 この姿でも変わりなく死霊術は使えるらしい。


 つまり、ある意味では男の憑依魔術は完璧に成功したのだ。


 まぁ、ミミックにも寿命はあるだろうから真の意味で成功したとは言えないが。


 なんにしろ、思っていたよりは悪い状況でもないらしい。


 安心したら男は腹が減ってきた。


 空腹と言うのは正確ではない。


 それは渇きと言う方が近いだろう。


 魔力欠乏の前兆にも似た感覚は文字通りの意味を示している筈だ。


 生物と魔物の違いはハッキリしている。


 魔物の糧は魔力である。


 魔力さえ得られれば水も食事も必要ない。


 だから魔物は生物としては魔力量の豊富な人間を狙う。


 という事は、これからは人間を主食にして生きなければいけないのか?


 そう思って男は青ざめた。


 大抵の死霊術士がそうであるように男は人道主義者ではない。


 そうであったら他人の亡骸を貶めるような術を極めようとは思わないだろう。


 だが、それとこれとは話が別だ。


 他人の事を屁とも思わない人殺しだって人肉を食えと言われたら嫌がるだろう。


 暫く男は落ち込んだが、やはり死霊術士は生き汚い。


 自分の命の為なら背に腹は代えられないと腹を括る。


 まぁ、今の彼には背も腹もないのだが。


 と、そこで男は気づいた。


 魔物が人間を襲うのはほとんどの人間は魔物にとって弱いわりに多量の魔力を含んだ都合の良い食料だからである。冒険者は手ごわいがその分魔力量も多い。


 が、繰り返しの話になるが魔物は魔力で生きている。


 魔力を得られるのならば別に人間を食べる必要はない。


 事実、魔物は魔物同士で食い合うのだ。


 そんな場面に出くわす事は稀だから失念していた。


 幸いここはダンジョンだ。


 魔物なら掃いて捨てる程いる。


 魔物を食うのは平気なのかという問題もあるが種類によるだろう。


 それこそゾンビなんか食う気はしないが、巨大化したカエル程度なら人間よりはマシだろう。


 そうと決まれば早速男はカサカサと八つ脚を動かして上層に向かった。


 ダンジョンの浅い方には魔物になった影響で巨大化した大コウモリや大カエル、角兎がいた。脚の生えたキノコや食人植物の類もいた。


 この姿なら野菜を摂る必要もないのだろうが、そこは気分の問題である。


 なんにしろ、なにか食べたい。


 道中は特に危険はなかった。


 ミミックの姿が幸いした。


 脚を畳んで宝箱の振りをすればどんな凶悪な魔物も見向きもしない。


 どうやらこの姿は他の魔物に襲われない効果もあるらしい。


 スケルトンを引き連れて上層に戻ると早速狩りを始める。


 これも難しい事はない。


 元々スケルトンを使役してソロでダンジョンを攻略していたのだ。


 スケルトンをけしかけて普通に狩るだけである。


 魔物の味は思ったよりも悪くはなかったと言うと語弊がある。


 一番食べやすそうな角兎にしても生のまま食べるのだ。


 火を通すなら知らず生なら血生臭くて食えたものではないはずだ。


 だが、マズいとは感じなかった。


 美味くもないが。


 ミミックになった事で味覚が変化したらしい。


 血肉と言った物質的な肉体の味ではなく、それが宿す魔力の味を感じているようだ。


 という事は、訓練を積み魔力量を増した人間というのはその分だけ美味い事になる。


 なるほど、魔物が冒険者を襲うはずである。


 魔物になった弊害か、その味に興味が出た。


 恐らく、いずれ自分は食人に舌を染めるだろう。


 が、まだその時ではない。


 男は冷静に自身の変化を俯瞰した。


 満腹になると眠くなるのは人も魔物も同じらしい。


 幸いこの姿では魔物に襲われる事もない。


 ダンジョンの片隅で心地よくうとうとしていると。


「お! 宝箱だぞ!」


 男の声にハッとする。


 どこにあるとも知れぬ目をそちらに向けると冒険者らしい四人組の中の一人が嬉々としてこちらを指さしていた。


 俺はバカか!?


 当たり前の事だがダンジョンは浅い階ほど人も増す。


 こんな所でうたたねをしていたら見つけてくださいと言っているようなものである。


 即座に八つ脚を展開し大慌てて逃げ出す。


「うわぁ!? なんだあの宝箱!? 逃げだしたぞ!?」

「追いかけろ! きっとすごいお宝が入ってるに違いない!」


 なんでそうなる!?


 違う! 俺はただのミミックだ!


 お宝なんか持っちゃいない!


 叫びたいが生憎男には喉がなかった。


 そして悪い事にミミックの脚はそう早く走れるようには出来ていなかった。


 このままでは追いつかれる!


 相手は四人でこっちは一人。


 それも転生したてのミミックだ。


 男の心を恐怖が支配する。


 今や男は人類の敵である魔物だ。


 どんな凶悪なダンジョンも攻略し、どんな強力な魔物も屠りさる人間が敵となって襲ってくる。


 これ程の恐怖はない。


 戦わなければこちらが殺される!


 覚悟を決めてからの男は冷静だった。


 不意に足を止めてその場に座り込む。


「なんだ? 急に止まったぞ?」

「気を付けて! なにかの罠かもしれないわよ!」

「罠なら僕に任せてよ!」

「それにしても立派な宝箱だ。どんなお宝が入ってるか楽しみだぜ」


 宝箱となった男を警戒しながら冒険者の一団がジリジリと距離を詰める。


 男も元は冒険者だ。


 冒険者にとって宝箱と対峙している時間がもっとも無防備である事は知っている。


 恐怖で逃げ出したくなる気持ちをグッと堪えて冒険者達を引き付ける。


 そして――


「グァッ!?」

「なに――うっ」

「カハッ――」

「スケルトン!? いつの間に!?」


 忍び足で呼び寄せたスケルトン達が背後から冒険者に襲い掛かる。


 どれ程屈強な冒険者も油断している隙に背後を狙えばイチコロだ。


 後ろから急所を刺されて三人は絶命した。


 残る一人は間一髪避け、一瞬躊躇するような顔を見せると脱兎の如く逃げ出した。


 危機は去り男はホッとした。


 直後にもう一人を逃がすべきではなかった事に気づく。


 冒険者は噂好きだ。


 最近見つかった新しいダンジョンに魔物に守られた逃げる宝箱がいると聞いたら嬉々として探しに来るだろう。


 マズい事になった……。


 そうでなくともここはダンジョンだ。


 人間は欲深く愚かな生き物だ。


 どれ程危険なダンジョンであろうと諦める事を知らず命懸けで攻略しに来る。


 そして男はミミックだ。


 この姿では他の魔物のようにダンジョンを出て野に紛れる事も難しい。


 男の居場所はここしかない。


 そしていつか攻略され、その時彼も殺されるだろう。


 そんなのはごめんだ!


 絶対に死にたくない!


 どんな手を使ってでも生き延びてやる!


 その為に、自分にはいったい何が出来るだろうか。


 男は思案し、覚悟を決めた。


 目の前の三つの死体を平らげる。


 冒険者の死体は先ほど食べた魔物など比べ物にならない程美味だった。


 まるでそれぞれの歩んだ人生が濃縮されたような。


 一つ一つが全く違う色とりどりの宝石のような味だった。


 同時に男は自らの魔力が高まるのを感じた。


 魔物が人を食う理由はもう一つある。


 魔物は魔力を得る程強くなるのだ。


 男にとってその事実は幸運だった。


 これからはもっと食わねばならない。


 男は食い残した骨を吐き出すと長い舌で血に濡れた口元を拭った。


 カタカタカタと。


 先程まで冒険者だった者達が起き上がり男の軍勢に加わった。

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