精一杯でも不充分
三鹿ショート
精一杯でも不充分
努力が足りていない、やる気を感じられないなどと他者から言われた回数は、あまりにも多かったために憶えていない。
そのような言葉を告げられていたものの、私はこれまでずっと、真剣に行動していた。
たとえその結果が、常人にとって半分程度の実力によって得られるようなものだったとしても、私が手を抜いたことは、一度も無かったのである。
私が他者よりも劣っている存在だということは自分でも理解しており、どれほど努力を重ねたとしても、大多数の人間と同じ場所に立つことはできないのだ。
だが、他者はそのことを認めてはくれなかった。
誰にでも苦手な行為が存在していることは間違いないはずであり、私はその数が多いだけなのだが、人々は私のことを役立たずとしてしか見ようとはしなかったのである。
ゆえに、私はどの場所で働こうとも、即座に厄介者として認識されるようになっていた。
それでも、周囲の苦言に屈することなく、私は自分なりに力を尽くしていた。
何時の日か、私の努力を認めてくれる人間が現われるだろうと信じていたのだが、そのような人間を見たことは一度も無かった。
***
やがて私が辿り着いたのは、治安の悪い土地に存在している会社だった。
仕事の量に対して明らかに薄給だったのだが、私に不満は無かった。
何故なら、この会社には、私のように問題を抱えた人間ばかりが集まっていたからである。
そのためか、私はこれまでのように解雇されることはなく、最も長く働くことができていた。
激務であるためか、他の理由によるものなのかは不明だが、その間、先輩や同僚、後輩が何人も姿を消していた。
今では、私が入社してから目にしている同じ顔は、彼女を含め、片手で足りるほどの人数と化していた。
他の人間がどのように考えているのかは不明だが、私は苦楽を共にした大事な仲間だと感じている。
ゆえに、時折、私は彼女たちを食事に誘っていた。
しかし、受け入れられたことはなかった。
どうやら、私と同じように、他の土地では生きていくことが出来ないためにこの会社に辿り着いたようで、同時に、それに対して、惨めさのようなものを感じているように見える。
何故なら、私とは異なり、常に暗い表情を浮かべていたからだった。
好き好んでこの会社で働いているわけではないということから、会社以外の場所で私と共に過ごすことを嫌っているのだろう。
それでも、私は声をかけ続けている。
他の人間たちとは異なり、我々ならば、互いが抱えている問題を理解することができるからだ。
傷を舐め合うならば、我々以上に相応しい人間は存在していないのだ。
だが、私は自分が出来損ないであるということを認めてはいるものの、他の人間が認めているとは限らない。
もしかすると、その言葉によって、相手の怒りを買ってしまう恐れがあるのだ。
だからこそ、私は絆を深めるためだと称して、食事に誘っていたのだが、良い結果を得ることはできていない。
***
数年後には、入社してから知っている顔が全て消えてしまった。
私のような人間でもそれなりの立場を得ることができたことから、この会社は、よほど人材不足なのだろう。
彼女たちは、今では何処で何をしているのだろうかと考えながら帰宅していると、路地裏から何者かが声をかけてきた。
いわく、金銭によっては私がどのような行為に及んだとしても構わないという話だった。
常ならば、そのような人間を相手にすることはないのだが、その声に聞き覚えがあったために相手の顔を確認したところ、それは彼女だった。
片目は眼帯に覆われ、肌や衣服は汚れていたが、何よりも目を引いたのは、彼女の脚が動いていないということだった。
彼女は腕だけを使って私に近付いてきたが、どうやら私であるということに気が付いていないらしい。
笑みを浮かべると同時に開かれた口の中には、歯がほとんど残っていない。
その口臭に、思わず顔を背けてしまったが、彼女は頓着することなく、私に声をかけ続けている。
その姿を見て、私は自分が恵まれているということを悟った。
どれほどの努力を重ねたところで、他者からすれば不充分である私という人間は、この社会にとって底辺に存在していると思っていたが、どうやら、私よりも立場が下の人間もまた、存在しているらしい。
その事実に対して、喜びを感ずるようなことはなかった。
同じ人間であるにも関わらず、何故ここまでの差異が存在しているのだろうかと、その理不尽さに怒りを抱いたのである。
しかし、その怒りを何に対してぶつければ良いのかは、分からなかった。
私に出来ることといえば、彼女に金銭を渡し、その場から去るということだけだった。
背後から彼女の感謝の言葉が聞こえてくるが、私が振り返ることはなかった。
精一杯でも不充分 三鹿ショート @mijikashort
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