自覚

「はぁ……」


 料理部が活動していた家庭科室から出てきた後、深々と蓮夜の方がため息を漏らす。


「……ぁ」


「……俺は、もう」

 

 それに対して僕が何かを言うよりも前に、蓮夜の方が言葉を続ける。


「俺ってばさ。もう自分が自分じゃなくなっているのかなぁ」


 そんな彼の言葉は何処までも哀愁が漂っていた。


「……別に、気にしなくていいんじゃないか?」


 そんな蓮夜へと僕は声をかける。


「……何?」


 それに対して、蓮夜は疑問符を返してくる。


「人間なんて時と共にその精神性も大きく変わっていくものだ。女になったくらいで気にするものじゃない。何があろうとお前はお前だろう」


「……いや、するだろ」


「結局のところ、男も、女も変わらないよ」


「……」


「ちょっと体が女の子で、ちょっと性格が女の子っぽくて、もしかしたら性愛の対象が男の子かもしれない、ただの男の子がいてもいいだろう?」


 僕はあゆねぇの言葉を思い出しながら蓮夜へと言葉を告げる。


「いや、だいぶ問題だろう」


 だが、そんな僕の言葉を蓮夜は平然と否定する。


「ん?誰にも迷惑かけなければいいだろう。無理やり男子更衣室に入ったり、男子トイレに入ったりしなければ。公共さえ侵さなければ個人がどんな思想、どんな考えをもって生きていようとも自由だろう」


「……かも、しれないが」


「お前は人に迷惑をかけるような人間じゃないだろう」


「俺は、怖いんだよ。単純に。あれだけ拒否していた……女になっていっている俺自身が」


「変化を恐れようとも、世界は勝手に変化していく……だが、変わらないものだってある。ただ一つ変わらないのはお前が僕の友達だということだ」

 

 さらにあゆねぇの言葉を思い出す僕はどんどんと言葉を続けていく。


「……っ」


 それを受けた蓮夜はそっと僕の方から視線を外しながら瞳を瞑る。


「……俺は」


 その沈黙の果てに、ゆっくりと蓮夜が口を開く。


「ん?」


「いや、何でもねぇ……」


 だが、何かを言うより前に首を横にふって否定する。


「うちのクラスの方に戻らないとな。俺だけ何もしていないのは問題だろう」


 そして、そのまま蓮夜は少しばかり前向きとなった表情で僕へと言葉を告げる。


「ん?戻るのか?」


「あぁ、戻る」


 僕の言葉に蓮夜が頷く。


「結構な時間をもう遊んでいるから。そろそろ仕事しないと怒られてします」


「……そっか。じゃあ、戻るか」


 蓮夜の言葉に頷いた僕はそのまま彼と共に、メイドカフェが行われているうちのクラスへと戻っていくのだった。

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