夕食の時間
山羊見物から帰るとホストマザーから
「好きな曲をそこのテレビで流しなさいな。それと何か飲む? 」
と言われた。
私はコーラを、他のメンバーはスプライトと牛乳と水を頂いた。
さて、ここで始まるのが「どの曲にするか」論争である。我々だって年ごろの人間であり、サブカルチャーについて皆、一家言持っている。だが、ここは異国の地。日本らしい、それでも自分たちも聞きたい曲はなんだろう、となった。少しの論争のあとに、我々は「前前前世」をセレクトした。日本アニメの一つの終着点と言ってもよい名作「君の名は。」の主題歌であり、爽快なメロディーは聞く者を魅了する。ここまで適切な曲はなかっただろう。
ニュージーランドの農家の家のリビングに流れるアニソンを聞きながら、我々は飲み物を飲んだ。およそ20時間前に出国して以降、ずっと感じていなかった日本。
母国を感じて、少ししみじみとした気持ちになった。アニソンを聞いてあれほどまで感動したことはなかった。
この国ではただの外国人にすぎない私。言語も違えば文化も違う。明確に示すのが手帳一つしかない環境に身を置くと、精神的につらいものである。子供のとき、自分の家から離れて遠くまで旅行に行ったときに感じた寂しさと怖さ。自分が世界から排除されるべき異物になったような気持ち。それをアニソンがかき消していく。戻るべき別の世界があるということを私の心に強く刻んだ。
曲も終わるころには、夕飯の時間となっていた。
食器のセッティングなどを中心に手伝いをして、いざ待ちに待った食事の時間である。昼に食べたものは普通に日本とあまり変わらない味で美味しかったが、さて家庭料理はどんなものなのだろうか。
席につき、料理を取り分ける。
ローストポーク、ハッシュドポテト、グリンピースとコーン。そして拳ほどのサイズでマフィンような形をしたパイに、チキンカレーのルーのような色のソース。
いかにも海外なボリューミーなメニュー。それぞれ、食べられそうな分だけ取っていく。
豚やらポテトやらを皿に盛ると、ホストマザーがソースを掲げる。
「かけない?」
得体の知れないものをかけることは、ニュージーランドが元イギリス植民地ゆえに不安だった。
「レッツトライ!」
不安だったが、勢いに押されてかけてもらった。パイを中心に、ドロッとした茶色のソースがたっぷりと――
これで口に合わない味だったらどうしようか、と思った。
が、それは杞憂に過ぎなかった。
帰国して、親にこのことを話してしったが、どうやらそれがグレイビーソースと言うものだったらしい。
肉汁から作られたこの濃厚なソースは、パイと良くマッチした。少しパサパサしていた生地に、うまい具合にソースが染みこむ。口に入れて噛むと感じるジャンクな美味しさに、私は生を感じた。もちろん、豚も野菜もおいしかった。だが、良い意味で予想を裏切ってきたこのパイとソースのコンビが、この夕食で一番おいしかった。
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