第31話 命をかけて貴方を守る

 最近、私のキャル影が薄いのではないのかと思ってしまいます。



 ゼロさん、私元とはいえ貴方の許嫁ですよ。芥川龍太郎の本を渡してから本当に話してこなくなりましたね。


 

 いやまぁ、そう言う人だとわかってはいましたが……



 流石にここまで接点がなくなると寂しいと言うか。それなのに貴方は妹とイチャコラしたり、何やら怪しげなビジネスをしてるとかしてないとか。




「取り敢えず、この部屋がアタシ達が泊まる部屋よ。お兄様がいるけど、許してほしいわ」

「まぁ、構いません」

「構わないぜ!」




 私とナナ様が返事をした。あれ? ナナ様は王族だから専用の護衛沢山の部屋だと聞いたのですけど?



 あ、寂しいからこっそりやってきたのだと理解しました。



 さて、本来なら男女の部屋が分かれているのが基本ですが、偽物が沢山いると言う事で同じ部屋で過ごすことになりました。



 ゼロさんは魔力ゼロですからね、襲われては大変なのでしょう。やはりブラコンですか。



「偽物の狙いが分からないわ。お兄様は合宿中もアタシのそばを離れないようにね」

「あいあい」




 ゼロさんの方に白いタイガーが居るのですが……しかも、タイガーなのに大きさが手に収まるほどのサイズで……



「お兄様、手の平にタイガーが居るわね」

「あぁ、手乗りタイガーだな」

「なんじゃそれ。お兄様! 危機的な状況で手の平にタイガーを乗せている場合じゃないの!」




 いや、なんでタイガーが彼の手に居るのかが謎なのですが




「お兄様、こっからは絶対にアタシから離れちゃだめよ」

「あいあい」

「ナナ様とキャルは夜はお兄様と居てあげて。夜はアタシは辺りを捜索するから」



 

 とんでもないことを言い出しましたよ。イルザさんってかなり度胸があるんですね。単純な技能も以前よりもかなり強くなっていますね。


 代行者。



 私の結婚式でも現れましたが、それを彼は壊した。彼は正義か悪か、分かりません。


 しかし、神源教団もきな臭く悪であるのでしょう。それに対立する彼は正義、と判断するのも早計ですか。


 まぁ、私は救われてますし好んでいるからこそ彼を悪と考えるのを避けている部分もありますね。



 そんな彼と彼女の魔力はどこか似ている。いえ、彼女が似せていると表現するほうが正しいでしょうか。





「お兄様!」



 

 ブラコンで拗らせているブラコン。しかし、力は一級品ですか。魔法学園の優秀生徒は金エンブレムが服に刻まれている。


 彼女も私も同じく金。しかし、彼女と私は力の差がかなりある。




「お兄様!」

「お前、不機嫌で相手をコントロールするの悪い癖だぞ」

「だって! お兄様が構ってくれないから!」

「しないって」

「いいもん! お兄様が意地悪するならもう口聞かない!」

「勝手にしな」




 ま、まぁ、偶にこんな風に喧嘩をしている時もありますけど。


 イルザさんは子供みたいな面がありますね。




「もういいもん! 出てくわ!」




 イルザさんは出ていった。暫くすると部屋をノックする音が聞こえて、イルザさんがまた入ってきた。




「あ、お兄様」

「おう」

「あのね──」




 ──急にゼロさんがイルザさんに腹パンした





「うぐ!?」

「また偽物か。そんなあいつはすぐに泣き止まないんだよ。暫く落ち込んでから、ひょっこり帰ってくるの」




 殴られた偽物は水のように溶けて消えていった。か、彼は偽物だと一瞬で見分けたのだろう。


 流石シスコン、イルザさんが羨ましい。



 だが、偽物が居るのは本当のようですね。出ていったイルザさんが心配です。




「ちょっと失礼」




 私は彼女を追った。外に出ると、彼女の前にはゼロさんが居た。



 だが、本物のゼロさんは先ほどまで部屋に居たのだから、これは……偽物!!




「イルザ。ちょっと話が」

「アタシのお兄様がこんなブスなわけないでしょ!!」

「あぎゃあ!?」



 が、顔面を爆裂魔法で吹き飛ばすだなんて……こ、この兄妹イかれてますね。



「やっぱり、偽物がこんなにも……調べないといけないわね。夜になったらすぐに」




 ゼロさんの偽物も水のように溶けて消えていきました。本当にこの都市はどうなっているのでしょうか。



「イルザさん」

「あ、キャル……なのよね?」

「そうです」

「まぁ、魔力の流れで分かるけど警戒はしちゃうわね」

「仕方ないでしょう」

「お兄様に振られて結構引きずってる表情してるし、本物みたいね」

「おおい、吹き飛ばしますよ。私の父は学園長ですからね」




 私の顔をぐっと覗き込んでとんでもないことを言ってくるイルザさん。本当に気にしているのでやめてほしいところです。



「イルザさん、夜なら私も手伝いますよ」

「そうね。でも、お兄様の護衛もしてほしいわ」

「ナナ様が居ます。彼女もまた王の名を持つ、才覚抜群の魔法騎士見習いです」

「ふーむ、そうね。なら、一緒に来てもらおうかしら」

「えぇ」



 夜はイルザさんと一緒にこの都市を調べることにしました。



 あ!? ここで一緒に行かなければゼロさんと話せるチャンスだったのに!?



 


 ──魔法学園の強化合宿は行われましたが、生徒は殆ど偽物で教師も偽物となっていました。



 だと言うのに、残りの本物であると思われる生徒は偽物であると気づいていない。そこまで高尚に作られているのでしょう。


 私だって、ゼロさんやイルザさんくらいしか本当かどうかしか分からない。



 不安の中で、相手が偽物かもしれない中で普段通りに振る舞うのはなかなか精神にきますね。




「キャルさん。今日も素敵ですね」

「えぇ、ありがとうございます」

「流石キャルさん!」



 普段は私の友達、ゼロさんには取り巻きと言われていますけど。その友達が四人、全員が同じ顔をして同じ声で、さも当然のように私に話しかけてくる。



 しかし、イルザさんが言うにはすでに全員が偽物であると言うのです。



 恐ろしいと言うのはこう言うことなのでしょう。相手は私の友達そのものなのですから。記憶だって持っている。


 


「今日の合宿頑張りましょう!」

「えぇ」




 少しだけ、距離をとっておきました。距離をとりながら合宿のメニューをこなす。魔力を高め、筋肉を鍛え、体を使いひたすらに走る。



 それらをこなしている内に日が暮れていく。



 そして、夜になり





「さて、いきますか」

「アタシについて来れるなら好きにしなさい」





 ゼロさんを置いて、イルザさんを私は都市を歩き始めた。


 イルザさんの言う通り、やはりこの都市は全て偽物となっているのかもしれません。昼間は騒がしかったのに夜はまるで嘘のように静かになり人の気配すらありません。



「あの、偽物の出所を探すと言ってもかなり広いですけど」

「えぇ、そうね。でも、アタシには大体わかるわ」

「なぜ?」

「お昼に昼寝したの。その時にここを知ったわ。まぁ、厳密に言うと、こことは違う、本来の歴史を辿った夢なんだけど」




 以前もそんなことを言っていましたね。私の結婚式の前にも災厄を予見していましたし。彼女には特別な力が……?




「イルザさん、貴方何者なんですか?」

「天明界が言っていたわ。アタシは【選ばれし者】だってね」

「選ばれし者ですか」

「アンタもそうなんじゃない? だから、結婚式で狙われたとか」




 スタスタと迷わず歩き続ける彼女の姿に迷いはない。本当に何かを知っているような動きですね。



 都市には大きな風車がいくつもある。そこの一つに彼女は手をかけようとした瞬間……




「そこより先はちっと、レベル足りないぜ? お嬢ちゃま達」

「「!!」」




 全く気配がない場所より、私達に向かって声をかける謎の存在。


 驚くべきはその、巧妙な気配抹消能力。魔力どころか、息をする音もない。



 顔に仮面をかぶっているエルフの少女だった。髪は赤と黄色がそれぞれ分かれて生えている。



 代行者と似ている服装だ。彼を神父とするなら彼女はシスターである。


 この人、私の結婚式にも居た……あのエルフであると数秒遅れで気づいた。



「なるほど。やっぱり代行者様もここに気づいていたのね」

「そうそう、だからさ。帰っておねんねしててくんない? 団長が動くまであーし達も動かないって言う方針だし」

「アンタ、前もいたわね」

「そりゃ、団長の手下みたいなもんだからね」



 

 エルフの少女の力はよく知っている。わかる、魔力を感じないのではない、完全にコントロールをして身に抑え込んでいるのだと



 本当に意識をすれば、彼女の周りには魔力の波がある……だとしても、こんなの本当に注意深く見て初めて気づくレベルッ!!!



「あら、悪いけどアンタの言うとおりにはしないわ」

「ふーん。悪い子じゃん。ぽぽいっと眠らせちゃお」

「アタシは世界の真実を知るために止まれないから。お兄様のために」

「……あっそ」



 イルザさん、この人にはどう足掻いても勝てません……わかってしまうのです。



 この人は代行者と同じ、次元が違う!




「アンタ、代行者様と魔力の流れが似てるわね」

「そりゃ、あの人に教わってるからね。最強だし、最強を見てるからそれなりになってるつーか? あの人に教わってるんだからこのくらいならないと失礼つーか?」




 エルフの少女が腕を上げ、イルザさんも腰の剣を抜こうとした瞬間、



「止めなさい。【月】」

「あ、【魔術師】」

「団長が動きました。わたくし達も動きますわよ」

「へいへい。じゃね、バイバーイ」




 魔力を一切昂らせず、空気に溶け込むように彼女は消えていった。



「イルザさん。どうやら、ここは魔境のようですね。一度引き返すべきではないでしょうか。私達のレベルでは到底敵いません」

「いいえ、行くわ。理由は二つ。一つはお兄様のために世界を救うから無茶したい。アタシの命は粗末にしてでもね」

「……」

「もう一つは代行者様の一派は実力が上澄みの上澄みなの。あれがこの都市の基準とは考えられないわ。天明界か神源教団か。どちらにしても、あれの足元にも及ばない」




 確かにあのエルフの少女の実力に驚き、冷静な判断能力を失っていたかもしれません。あれがスタンダードなわけがないですね



「怖いなら帰ってもいいけど」

「いえ、私もいきます」

「そう。あんまりビビられると足手纏いだから帰ってね」




 お兄様、お兄様、と呟きながら風車の中に入るイルザさん。ブラコンですけど、ここまで度胸があるとは……負けてられません!


 


 私だって、ゼロさんが好きだから命だって粗末にしてやりますよ!!





◾️◾️




 アルカディア革命団【アルカナ幹部】。魔法学園の才女達【イルザ&キャル】


 少女達が命を粗末にしている一方その頃……




「おう、兄弟! 二人きりだぜ! 王女である僕と一緒だなんて嬉しいだろ?」

「嬉しくない。あとお前、様つけろよ。おしっこ漏らしたのバラすぞ」

「うぇぇ!? お、王族を脅すなんて」

「あぁ、お前は少し痛い目にあったほうがいい。今後はご主人様と呼べ」

「こ、このやろう! 王族に向かって!!」




 ゼロは肩にタイガーを乗せながら、王女と話をしていた。



「がおー」

「ほれみろ。レイガーも俺を肯定している」

「レイガーっていう名前なの?」

「俺のメイドにそっくりだからな。レイナがタイガーでレイガーだ」

「へぇ」



 白銀のタイガーは手のひらサイズだった。ゼロの方に乗りながら優雅に佇んでいる。




「ほら、ご主人様と言ってみろ」

「くっ、貴様! 不敬罪で死刑だぞ☆!」

「好きにしろ」

「くっ、バラすにバラせない」




 王女ナナは悔しげな表情だったが、どこか嬉しそうな表情にも見えるかもしれない。



 そう、彼女は少々特殊な性癖があった。




(産まれた時から全部が与えられていた生活。僕こそが一番偉い存在……それを脅かし、自分の言うことを聞けと言ってくる貴族の男)




(わかっている。腹立たしい、今すぐにでも死刑にしたい。でも、逆らえない。その事実は……本当なら、怒りで埋まるはずなのに……)




(──ど、どこか、充足感が……)




 自身が貴族の男に支配されている事象に妙な好感を彼女は抱いていた。




(も、もしかして僕って……結構な特殊性癖なんじゃ……)



(い、いや、そんなはずはない。偶々王族である自分が、下級貴族の頭オカシイ奇行が目立ってる男に支配されているシチュエーションに興奮しているだけだ!!)




(そ、そうだ。偶々立場が上である自分が徐々に懐柔され、支配されていく過程に興奮を)





「うわぁぁあああああ!!! 違う違う! そうじゃない! 僕はそうじゃない!!」

「おい、急に大きな声をあげるなよ」

「だ、だって!」

「黙れ」

「は、はい……」





──彼女は、今まで自身より上の立場の人間なんて現れたことがなかった。


 だが、現れてしまった。誰もが敬う中でそのかけらもなく、自由奔放で悪びることもなく不敬をかます貴族。




(う、ぐ……そういえば、この男。僕の言うことなんて殆ど無視とかしてるし、悪口も言うし……な、なんか言ってしまえばそう簡単に手に入らない宝石に見えてくるような……)




「いや違う! ぼ、僕は真っ当な王族だ!!!」

「そんな訳ないだろ。いい加減にしろ」

「そ、そうだ! 僕は王族! 敬って従え!」



(こ、こんな暴君なことを言ってしまっているけど……多分彼なら【否定】をしてくる)




「おい、いい加減にしろ。ご主人様と呼べ、お前本当に人格歪んでるな。しばらく痛い目にあってもらおうか」

「は、はい!」

「おい待て、なんで嬉しそうなんだ」

「あ、ち、違った! ふざけんなよ! このやろう! ばかやろう!」





 少女達がゼロの為に命を粗末にしている間、彼は……



「あーあ。ちょっと、お前と居るとだるくなってきたから散歩してくるわ。おい、留守番ちゃんとしてろよ。ナナ」

「よ、呼び捨て!? う、ぐ……くっ、弱みを握られているから従うしかない。なんて言う屈辱……で、でも悪くない」





 ゼロはナナを置いて、レイガーと共に夜の都市を散歩することにした。



「まぁ、あいつも……ちょっと下級貴族の言いなりになって屈辱感味わったら。懲りて真っ当な王族になるよな」



 ゼロはそう呟き、夜風に吹かれながら都市を歩く。



 すると



「おい、例の計画は進行しているのか」

「はい。着実に。天神人様もおいでなさっています」

「そうか、絶対に失敗するなよ」



 そう言った声がゼロの耳に聞こえてきた。



「なんだ? あいつら……」



 彼等はゼロと同じ、学園の生徒を担いでいた。担がれている生徒は気絶している男子生徒。




「あ、レインじゃん」




 ゼロと同じクラスのそれなりに仲の良い男子生徒だった。



「ふーむ、仕方ない。ちょっと見にいくか」

「がおがお!」

「うむ、レイガーも気合バッチリだな」

「ガオ!」




 

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