第20話 カルマの正体

 遂に行われる決勝戦。しかし、カルマの相手……神覚者の様子が突如として変貌する。



「来たッ……!!」




 誰よりも先に異変に気づいたのはイルザ・ラグラー。夢の中で見ていたかのような景色はリプレイのように再現される。




 会場中に魔法の術式、謎の紋様が大量に浮かんだ。それと同時に、




 ──観客席に居た者達が続々と意識を落とす




『なな、何が起こっているのでしょうか!?』



 しかし、気絶をしたのは全員ではなかった。わずかではあるが意識を保っている者達が存在していた。



 それは剣術の王であったり、魔術の姫であったり、革命を志す者達。


 または解説のマイマイ・ルースファ。他にも純粋にこの戦いを観覧しに来ている強者。異国の魔剣、魔法騎士



 ──そして、ラグラー家の家族。




 一割に至らぬ数であるが、確かにカルマと神覚者の戦いを見極める。



「お、お父様。会場の人達が……」



 イルザが自身の父に起こった事象、気絶をしている観客達の事について擬問を投げる



「どうやら、魔力を奪う魔法らしい。その際に意識も持って行かれた……いや、妙だな。魔力と思考感覚が僅かに強奪されている感覚がある」

「だ、大丈夫?」

「私は一切問題ない。魔力も一割程度持って行かれただけだ」

「えぇ!? お、お父様? あ、アタシ半分は無いんだけど!?」

「咄嗟に魔力を強固に練っただけだ。奪われる引力以上に自身でコントロールすれば容易い」

「そ、そっか。気絶をしていない人は魔力が多い人だけじゃなくて、お父様のように強固に練った人も」

「いや、それは私くらいで単純に魔力量が多い者達だろう。奪われても問題ないほどに魔力が多かった」



 父親の解説になるほどとイルザは納得したがここである疑問が浮かんだ。



「あれ、でもお母様が気絶してない」

「あらあら、イルザちゃん心配してくれてるのね」

「え、あ、いや、普通になんで起きてるのかなって」

「私は単純に魔力少ないから。持って行かれる魔力もほぼ無いのよ。多分、ある程度の魔力が持って行かれる際に付随して精神力が持って行かれてるのだから、私は例外なのね」

「となると、お兄様も例外になるのね」




 視線を落とすとカルマの相対する神覚者の姿が【変質】した。


 悪魔のように白、真っ白に全てが染まった。服も髪も瞳すらも白くなっていた。


 それだけでなく、背中に謎のサークルが浮かび魔法の術式のように紋様が浮かび始めた。



「……なんだ、あれは。パッパ。分かるか?」

「さぁな。私にも分からん」

「あらあら、尋常じゃ無いわね」

「お父様もお母様もなんでこんなに呑気なの」

「ミニシスターにワタシも同意だ。あれでは観客席と闘技場の仕切っている結界魔法が壊れこちらにまで被害が出る」

「問題ない。座ってみてろ」

「あらあら、貴方がそう言うなら大丈夫なのね」





 遂に歪な決勝戦が幕を開ける。最初に動くのは……神の領域に足を踏み入れた半神半人。





 どゴォん!!!




「踏み込みだけで闘技場が割れたッ!!!」

「やっばいわね!!」




 アルザが驚き、その隣に座るイルザも驚愕と言った声を響かせる。しかし、カルマは向かってくる神覚者を片手で迎え撃つ。蹴りが飛んでくるがそれを手の甲で難なく防ぐ。



「──人間にしてはやるではないか」

「……同じ人間であろうが」

「否である。今の我は……神の領域に踏み込んだ悪魔。いや、神としても遜色がない存在であったと言うべきか」

「……ふむ」

「名乗るであれば……準神じゅんしん

「そうか」




 準神、そう名乗る存在には口があるが口内まで真っ白であった。全てが純白の魔力の塊、美しい災い。そう表すのが適していた。




「魔力の量はほどほどだな」

「くくくっ、人の子が随分とでかい口を叩く。デッド・オブ・ワールド無方向の魂




 無詠唱により魔法を準なる神は発動する。自身を中心として全方向に黒き魔力塊を放出する。



 全方向に一斉に放出される。スピード、量、一つ一つの殺傷力も高い。

 


 デッド・オブ・ワールド無方向の魂による構成される魔力塊は一秒に百を超える魔力を飛ばす。その際の弾丸速度は尋常ではない。


 その勢いと魔力の強烈な強さにより、一つだけでも観客席と闘技場の結界魔法は崩壊する。





「……」



 自然とゴルザ、革命団の幹部であるキルスなどそれぞれが結界魔法の再構築を考えるが……魔力塊が結界に接触する前に手を止めた。




 ──尋常ではない魔力の波を会場の全てが受け取る




『るーるーるーるるるるー。でででーでででー』




 神秘的で耳に心地よく、どこか不協和音のような不気味さも孕んでいる鴉の鳴き声。まるでオーケストラのように降り注いだ。



「なるほど……偽りの姿であったか」

「──これもあのお方の思し召し」



 カルマの姿を維持したままであったが、強烈的な魔力によりその正体が明らかとなる。



 包帯の顔の上から片目が欠けている仮面を被る。



 そう、彼こそが……




「そう、私だとも」

「見事ではないか。我が魔法を全て防ぐとは」

「なに、蚊を払うだけのこと。大袈裟にすることもあるまい」

「カカかッ、言うではないか、人の子が!!」




 まさか、代行者がカルマの正体であったとはこの場に居る者の殆どが認識をしていなかったであろう。



 会場中のボルテージが上がる。アルザも代行者の魔力に額に汗を滲ませていた。



「あれが、代行者か」

「そうよ、お姉様、代行者様なの」

「……魔力の立ち上がり、その濃さ、練り上げるまでの異次元の速さ……噂以上だな」

「えっへん、そうなのよ」

「なぜ、お前が自慢げなんだ、ミニシスターよ」




 腰に両手を当てているイルザを横目にしつつ、代行者の魔力、その全てに彼女は注目をした。



(通常……魔力が立ち上るまでに時間がかかる。魔法とは魔力をある程度体に満ちてから使う。だが、今代行者の尋常ではない魔力の高なりと同時に結界魔法が新たに構築された)



(パッパやワタシでも出来なくはないが……だとしてもそこまでの尋常ではないスピードに舌を巻かざるを得ないッ)




(──魔法を発動が100、魔法を発動させようとするのを0とした時……0から100までの工程を必ず通るのが魔法騎士)




(──だが、だが、だが、だがだがだが……これはあまりにもッ)





「お姉様?」

「いや、問題ない……ミニシスター。あの代行者の結界魔法なにがすごいか分かるか?」

「え? わ、わかんない。ただ単に凄いくらい?」

「確かに凄いのは間違いない。ふむ、ならばここは一から説明しよう」

「え、あ。あえ、え、あ、はい」

「どうした、歯切れが悪いが」

「な、なんでもない(お、お父様がこっちをじっとみてる。多分、娘に説明する役割をやりたかったのね……)」





 まず、アルザは初歩的なことから説明をする事にした。



「魔法発動まで通常なら何から始める?」

「まず、術式の理解!」

「では、術式とは?」

「魔法を発動させる為に記憶する複雑な文字の羅列のこと」

「正解。では、術式の理解の後は?」

「え、えっと」

「それを全て覚え、その術式に魔力を流し込む」

「あえ!? ぱ、パッパ正解だが……なぜ話に割り込みを」

「……お、お父様凄ーい! アタシ分からなかったわ! ありがとね!(お父様多分、凄いって娘に言って欲しいのね)」

「ふっ、この程度何の証明にもならない。羽虫を叩いたくらいだ(ドヤ顔)」



(お父様ぁ!!! め、面倒臭い!!! 娘に気を遣わせないでよ!! まぁ、普段からお世話になってるから別にいいけどさ!!!!)



「あらあら、流石は貴方ね。お母さんもクイズ大会に参加しようかしら」

「あ、いや、マッマ、これはイルザの為の勉強の時間……まぁ、いい。頭の中に記憶した魔法の術式、その複雑な文字の羅列。頭の中の記憶に魔力を流し込む。では、その後は?」

「はいはいはいはい!!!」

「ま、マッマ、答えは?」

「詠唱をするわね! これは流石にわかったわ。あらあらーって感じの難易度ね」



(お、お母様!? あらあらーって感じの難易度ってどんな難易度!? お姉さまどんな反応していいか迷ってるし)


「正解だ」

「わーい、貴方ハイタッチしましょー、これで私達1ポイントずつで同点ねー」

「ふっ、まさか私に勝てるとは思っていないだろうな」

「あらあらー」


 

 両親の呑気な様子に若干だけ、アルザはテンポを乱されるがすぐさま立て直す。



「術式を頭で理解、頭にある術式に魔力を流し込み、詠唱をする。大まかに言えばこれらが流れと言えるだろう。これらの工程をすることで魔法が発動する」

「でも、代行者様無詠唱よ」




 イルザがそう言うとアルザは深く頷いてみせた。



「そうだ。本来で必要なプロセスを多少省略することはできる。だが、順序などは逆になったりしない。魔力を高め、その後魔法発動の手順を踏む。0から100までの手順、これを代行者は──」




 今まさに彼女の前では代行者が手の平サイズの炎。それを準神にぶつけていた。



「──0の瞬間に、既に100へと至っている」

「ど、どういうことなのよ?」

「ワタシだって分からん。無詠唱だけでなく、そのプロセスも感じさせない程の速さ。100までの手順を省略、極めることで効率を上げる、早めるなどは出来ても。一瞬で100までに至ることは本来なら出来ない。無詠唱でも術式を思い浮かべ魔力を流し込む時、大なり小なり時間がかかる」

「……確かに、無制限に使ってるくらい速いわね」

「もしかしたら、代行者は根本的に違う生き物なのかもしれんな」




 目の前では準神に対し、体術で圧倒する代行者の姿があった。神の手が伸びる際に手を掴み体を巻き込み背負い投げを繰り出した。


 地面へと叩きつける際に割れていた地面がさらに大きく裂けた。




「ががっ!? な、なんと言う強さ!?」



(バカな!? あり得ん、尋常ではない!? 魔法、結界魔法を維持しながら更に別の魔法を繰り出しているっ!!)



 投げられた際にすぐさま仕切り直しが入るかと思うが、それで終わらず。代行者のラッシュが始まる。


 殴打、蹴り、投げ、手刀。



(このこの、このこのこのこの!!! くそ人間如きが!!! ──ッ!?!)




 準神は再生能力がデフォルトで備わっており回復魔法を使用する必要がない。傷を気にせず相手に攻撃をすることができる。しかし、圧倒的アドバンデージがあったとしても埋まらない実力差。



 魔力の高まり、詠唱、それらから魔法が発動する兆候を掴むことはできない。目を瞑る暇などない。



 ──気づけば目の前に既に魔法が



 可能性があるのだから




 しかし、今回驚いたのは魔法の発動ではない。準神が驚いたのは自身の前に石が投げつけられていたからだ。



(──こいつ! 魔法発動までがほぼ零秒であるくせに闘技場の割れた岩石を投げてきやがったッ!! こざかしい、こざかしいぞ人間!!)



 魔法があるにも関わらずわざわざ必要ない石を投げると言う一手。これに意味はないと思われたが、それが僅かに頭にあるだけで思考が分断される。




「なんだ、なんなのだ、お前は!!」

「代行者。神の意志を代行する存在」

「バカな!? その実力があって何故下につく!?」

「私の道は私が決めるのみ」




 最強。代行者



 最強である実力と才能、素質、運、偶に石を投げる狡猾さ。この存在に比類するなど──



 ──故に最強



 底なし、天井知らず、圧巻の実力





 その戦いぶりに見た者全人が魅せられた。紛れもなく最強で、否定材料などない、全ての者が彼が最強であると言う証人。


 彼が最強ではない……などと、喧嘩を売ろうとする存在も




 ──この世には












「……あらあら、あの人凄く強いじゃない。前も見たけどあの時は全然手を抜いていたのねぇ。凄いわねぇ」

「……いや、私の方が強いな」

「あら、貴方の方が強いの?」

「うん、強い強い」

「お、お父様!?」

「そもそもあんな闘技場を破壊するのは良くないな」

「お父様いちゃもんつけてる場合じゃないわ!」

「今年の決勝戦は随分とレベルが落ちたな。私が殿堂入りした時はもっと激しかったな。最近の若者はこの程度かぁ」

「お父様老害!!」













 そうこうしている内に代行者の手刀が準神の首を飛ばす。だが、そこから再生ができるからこそ神の名を名乗れるのだ。



 しかし、それで終わらず





「零式・火球の通る道ロード・ファイア




 彼から放たれた三級魔法。一番初歩の魔法であり魔法学園でも入試に組み込まれるほどの魔法だ。



 しかし、使い手が違うとこうも違うのかと思わせるほどの──





 空へと伸びた火柱によって神は死んだ。灰すら残さず塵にもならず真っさらに火柱の中へと消える。





「これは私の優勝で問題はないのかね?」

『え!? あ、そ、そうとも言えるかもですが!?』

「なら、その本をもらって行くが構わんだろう?」



 解説席に確認を取ると代行者は本を手に取った。そして、ゆっくりと中身を確認し、唐突に胸を押さえた。




「ぐっ!? こ、これは!???」

「だ、代行者様!? だ、大丈夫!?」

「おい、ぜr……代行者、大丈夫か!!!!!!!!!!!!」

「お、お父様声でかい」




 イルザの声の数倍大きく、ゴルザの声が会場中に響き渡った。しかし、すぐさま代行者は立て直した。



「この本……絶対に中身は見ない方がいいだろう。この本には呪いがかかっている。今みたいに私に呪いが降ってきたりな……。持っている者がいればすぐさま捨てた方がいいだろう。私でもこれには──」





 ──それだけ呟くと彼は消えてしまった




 会場が静寂に包まれた。




 



 そして、それ同時刻……天明界、特上会員。ウルボロス、ウルネは会場から大急ぎで移動をしていた。



「ばばばば、化け物よ! なんなの!? 半神半人があっさり殺されてた!!」

「……信じられんが代行者の実力がそこまでだったのだろう」

「アイツ、まさか……本物の神?」

「あり得ん話でもない。代行者、やつこそが愚神アルカディア」

「でも、なんで神の代行なんて回りくどいことを」

「もともと愚神は人の為に戦ったが六大神に敗れた。その後、奴こそが主犯と言われていた。神々の戦いの時も裏切り者が人間にいたと聞く」

「……まさか、人の身を借りて人類を見極めている?」

「神を名乗らず、多少の人を救っている。まだ、人間を信じきれていないのかもしれんな」




 そんな二人の前に【星】、【女王】が現れる。ジーンとチャイカ二人が彼らに魔力を向ける。



「代行者の一派の者達か」

「これならわたし達でも勝てるわぁ」

「妾は女をやろうかの。あの女、相当人を殺している、血が濁っておる匂いじゃ。見た目は若いが年齢は40を超えておる」

「あら、分かるのねぇ。そうよ、人の脳を食べる事で若さを保つ魔法が得意なの」




 吸血鬼のチャイカがウルネと戦う。そして、【星】のジーンはウルボロスと戦う為に剣を抜いた。




「この程度ならば問題ない」

「ほほほ、こう見えても私は……団長殿の次に剣の実力があります。どう足掻いても貴方に勝ち目はありませんよ」




(丁寧な口調ながら、この老いぼれ。妙な自信に満ちている……なるほど、魔力は代行者に比べると大したことはないが──剣戟がッ!?)





 気づけば既に彼は斬られていた。ジーンと言う騎士はゼロが参考にするほどの剣術家。だからこそ強さは彼に勝ることはないが、劣ると言うわけでもないのだ。



 神速の剣戟。




「バカ、な……」

「ふむ、気になることを言っていましたな。団長殿が神とは」

「妾の方も終わっておるぞ」

「お疲れ様です。チャイカ殿……しかし、困りました。孫が団長殿を好いていたのですが……神と結婚も、合意があれば問題はないか……」

「妾としてはそんなことより、純粋に団長が神であるか事細かに調べたいところじゃの。妾の一族は清廉一族。アルカディア様より血を分け与えられた一族じゃからのぉ」








 そして、二人は見ていないがゼロが芥川龍太郎の本を見て胸を押さえて倒れてしまった事件も起きている。


 ゼロの実力が高すぎる故に神の疑惑が湧き始めている。

















「出てこい、ルウベェ」

「はいはーい」




 暗くなった夜をアルザは一人、歩いていた。誰もいなかったが彼女が言葉を発すると何故かどこからともなく可愛い黄色の猫が現れた。猫なのに翼が生えている。



「力が必要だ」

「はいはい、分かってるって」

「ワタシの力をもっと引き出したい……世界を守り家族を守りたいからだ。チェンジ・ラブラブアルザ」




 そう唱えると彼女の身につけている服がゴスロリみたいな、魔法少女みたいな可愛い服に変わる。フリフリがついていてスカート、顔には仮面をかぶっている。



「ルウベェ、どうすればいい。ワタシは」

「焦ってもだね。意味ないぜ。それよりも女の子同士、恋話しよう」

「ワタシは弟を恋愛対象として見ていると何度言ったら分かる」

「へ、ヘビーな恋バナだぜ……」

「あと、洗脳魔法を寄越せと言っただろう」

「ダメだろ!? お前、変なことに使うし!!」

「弟以外には使わんが」

「それがダメだって言ってんだろうぁ!! とりあえず世界を守る為に行動してくれよ」

「そのつもりだ」

「ちょくちょく我を出してくるからなぁ。わーたし的には今日は休みをお勧めする。疲れたろ」

「……あぁ。あそこまでの実力者がいるとは思わなかった」

「あれは目指す領分にしないべきと思うがね。ちと次元が違うぜ」

「関係ない……ワタシが世界を救うのだ……この【魔法少女ラブリーアルちゃん】がな」

「その名前が気に入ってるの?」

「あとどうでもいいから、洗脳魔法よこせ」

「あげないって」

「弟をワタシ以外見えなくする」

「おいおいおい、とんでもないこと言い出したよ……声かける子間違えたかな。妹の方が良かったか?」

「いや、それは無意味だ。巷では【ファザコンで、マザコンで、拗らせたブラコンの妹の方】がイルザと言われてるから結果は同じだ」

「君なんて言われてるの?」

「【ファザコンで、マザコンで、拗らせたブラコンの姉の方】のアルザ」

「確かに結果変わらなそうだ」




数多の謎が交差する。代行者、謎の魔法少女、芥川龍太郎、予知能力を覚醒させていくイルザ。




戦いは過酷化していく。





◾️◾️





 あれが代行者様の真の実力なのね……いえ、あれすらもまだ『全力を出していない』。



貴重な時間だったわ。あの時、起きていた者達は大きな財を得たでしょうね。


ただ、気になるのは芥川龍太郎の本を見て



──その場に倒れ込んでしまった事



『この本……絶対に中身は見ない方がいいだろう。この本には呪いがかかっている。今みたいに私に呪いが降ってきたりな……。持っている者がいればすぐさま捨てた方がいいだろう。私でもこれには──』




 あの本。芥川龍太郎……本来ある歴史すらも覆す存在である代行者ですら拒む本。


 あれに何かが記してあるのだ。呪われていると言ってたけど、それでも入手する価値はある。


 使い方によっては大きな武器にもなる。あれを持ってれば代行者様からのアプローチもあり得る。




「あ、お兄様」

「おー」

「おー、じゃないわよ。どこ行ってたの。折角面白かったのに」

「おー、そっか」

「おーそうなのよ。ほら、部屋行きましょう。三人とも待ってるし」





 部屋に行くとお父様、お母様、お姉様が待っていた。これから五人で夕食をする予定なのだ。




「あらあら、二人ともそろそろご飯の時間よ。今日ステーキだから」

「あの、その前にアタシから話があるの」

「あらあら」




 アタシは芥川龍太郎の本を追うことに決めた。代行者や聖神アルカディアについてはそう簡単に情報が出てこない。



 そもそもそんな簡単に出てくるのであれば困らない。だからこその本なのだ。



 幸い、芥川龍太郎の本ならお金を積めば買ってもらえるかもしれない。




 お父様お金持ち、お母様謎に宝沢山持っててお金持ち、お姉様祭典や大会などの優勝賞金沢山でお金持ち。




 おねだりすればギリ行けなくもない。




「あの、お父様、お母様、お姉様。アタシ芥川龍太郎の本が欲しい!!」

「5000万の本か」

「流石にねぇ」

「ワタシもそんな大金をポンと出すわけにもいかん」




 ぐ、確かに……



「俺は持ってない」



 知ってるわ、お兄様。お兄様に期待してないからそこは大丈夫。



「イルザ。お前が何を思っているのかは知らんが。いきなりそんな大金を子に渡すのは不可能だ。大金がお願いで手に入るような環境にお前を置くわけにいかん」

「そうねぇ。ぽんぽんとお金を出すのはねぇ」

「ミニシスター、お前のためにならん」




  全員から断られてしまった。しかし、ここで折れるのも良くない。アタシは家族と世界を……いちばんにお兄様(最大欲求)



 を守ると決めている。だからこそ、ここで引くわけにもいかない!!




 しかし、正攻法ではどう足掻いても無理だろう。



「お兄様、こう言う時どうすればいいのかしら?」

「駄々をこねるしかない。誰よりもしつこく、相手が了承するまで駄々をこねるしかない」

「……」




 まさか、アタシがこんな真似をしなくてはならないだなんて……ええい!!




「やだやだ!! 買って買って!!! 買って買って買って!! やだやだやーだ」

全力のジタバタ




 じたばたじたばたじたばた!!! 全力で四歳児の自分を憑依させた。あー!! キッツイ!!



「やだもん! 買ってくれなきゃやだもん!!」

「あらあら、可愛いわねぇ! うーん2000万までなら頑張ろうかしらぁ」



 よし、お母様で2000万!!



「ふむ、流石に姉として出さない訳にもいくまい2000万ゴールド」




 よし、お姉さまにもお小遣い貰えたわ!!



 最後はお父様だけど、厳しいし。今もじっと表情を崩さず怖い目つきでこっちを見ている。うぅ、流石に無理かしら?




「よし、2兆」

「に、2兆!? え!! 2兆!?」




 あー、うん。本を買って貰えるの嬉しいけどそれならそれで嬉しいわ。


 



◾️◾️




 ふーーー!!! なんとか優勝することができたぜ!!!




「お疲れ様です。ゼロ様」

「ふっ、レイナか」

「優勝おめでとうございます。ゼロ様からしたら造作もないことでしたね」

「当然だ。無事に本も一冊手に入った」

「ふふふ、計画通り……ですね」

「おいおい、全然計画通りじゃないだろ!! 本が勝手に商品化になるって計画にないからね!!」

「そんなゼロ様に良いニュースと悪いニュースどっちがあります。どっちから聞きます?」

「え……なんだよ。不気味だな……じゃ、良い方から」




 大会が終わり本を確保し気分が舞い上がっているとメイドのレイナが話かけてきた。



「えぇ、良いニュースは私のゼロ様への好感度が上がったと言うことです」

「どうでも良いニュースだった」

「おおい! 喜びなさい! こんなにも美人なんですよ!」

「太ってるし」

「49キロです」

「お前180くらい身長あるだろ。49だとガリガリになるんだよ。でもお前ってガリガリの感じじゃない」

「っち」

「舌打ちすんな」

「では、ここからは悪いニュースです」

「良いニュースが皆無」

「先ず芥川龍太郎の本の値段が跳ね上がっています」

「はぁ!? なんで!?」

「神すら殺しうる魔道具、と言う話が広まっているんですよ」

「はぁ!?」

「決勝でゼロ様と戦った相手。準なる神を名乗っていましたね」

「あー、自称神ね」

「ただ、実力や魔力の高さはとんでもなかったのです。それを見ていた者達が大騒ぎしたのです、なぜならそれすらも安易に倒した存在がいたのですから」

「俺か」

「そして、決勝が終わった後、全員の前で芥川龍太郎の本を読んで胸を押さえていましたね」

「あれは黒歴史で胸が苦しくなって」

「その後に、これを見たら呪われると言いましたね」

「あれは中身見られると恥ずかしいから見られないように、脅しただけだよ」

「……わざとやってます?」

「そんなわけあるか!!」



 失礼だな、大真面目だぞ!! 俺だって黒歴史を外に出さないように必死なんだ。


 既にある程度読まれている部分もあるが、それはまだ問題ないだろう。本当の黒歴史とはもっとヤバいのがある。


 詩とか、ね。




「準なる神を倒す、代行者を苦しめた本。と言うことで値段が高騰して価値が上がっているようです。そもそも決勝まで残った【異彩】カルマの評価が上がってましたしね。そこからの代行者の流れが尾ひれがついて出回っているようです」

「今何円?」

「5000万であったのに3億2000万ゴールドになってます」

「ワンピースの懸賞金くらい上がってんじゃん!? 麦わらぁ!?」

「何言っているか知りませんが高騰してますよ。噂にも尾ひれついています。ドラゴンすら片手で倒すとか」

「それはできるよ」

「あぁ、そうでしたか。尾鰭ついても問題ないですか。あと神の生まれ変わりとか、神が人の姿を借りているとか言われてますよ。ぷんすか」

「なにそれ」

「ぷんぷん! 本当の神は私なんですよ! なんでゼロ様がアルカディアとか言われてるんですか!」

「知らないよ」

「あと、団員からも支持が上がっていますよ」

「やめづらくなったよ」

「幹部達が、まさかここまで先読みをしていたのかと驚愕してます」

「ますますやめづらいよ! 団長フィルター通すと勝手に株が上がるシステムやめて!!」

「やばいですね」

「やばいよ!!」




 なんか知らんが『団長、ここまで考えていたなんて!?』とか言われるけど大体俺考えてないからね。考えてないことが多いからね!!



 とか言っても通じない。



 また今度会った時に色々言われるんだろうなぁ……



 ため息を吐きながら道なりを歩く。家族で夕食を食べ終えているのであとは寝るだけだ。寝る前に外で散歩をしたいと言い出して今に至る。




「あら、ゼロさん」

「むむ、次席のキャルか」

「キャル様ですか、お久しぶりです」

「えぇ、相変わらず腹立つ呼び名ですね。それと謎のメイドさんもお久しぶりです。ゼロさん少しお話しをしても?」

「だが、断る」

「はい。歩きながら話しましょう。ゼロさん」

「あれ、断ったよね?」




 

 キャルが現れて俺に話があるらしい。今日は色々ありすぎたのでお断りをしたのだが彼女は気にせず話し始めた。




「単刀直入に言います。偽彼氏役をして欲しいのです」

「ふむ、断る」

「えぇ、ありがとうございます。早速ですが明日からお願いします」

「だから、断るって」

「貴方しか頼めないんです」

「うーん。そう言われても、いつも取り巻きがいただろ。四人くらい。そこで頼めば?」

「そうも行きません。元許嫁の方が都合がいいんです」

「ふーん。そもそもなぜに偽彼氏を?」

「婚約者が出来てしまいまして」

「おめでとう、ご祝儀は出さないよ。俺も厳しいからね」

「しません。ただ、お相手がかなりの熱心な方でしてね」



 漫画とかでよくある婚約者を断る為に偽物の彼氏を理由にするパターンか。



 よし、断ろう




「そうか、ご祝儀は出さないよ」

「だから、断るって言ってるだろ」

「口調怖いわぁ。それって人に頼む態度?」

「……ダーリン」

「だーるいて」

「お願いします」

「そういうの面倒だから。他の人に頼んで」

「貴方くらいなんです、こんな負い目もなくこいつなら面倒をかけていいかと思える異性は」

「それでいけると思うなよ! はいはーい解散、キャルは結婚、俺はご祝儀を出さない。以上」

「……報酬もありますよ」

「どうせ大したことないやつだろ。饅頭とか」

「貴方みたいな劣等生は知らないかもしれませんが、芥川龍太郎という著者の本を一つ、私は持っています」

「イエス。マイハニー。結婚しよう」

「……そんなに欲しかったんですね。まぁ、契約成立ですね」

「実は許嫁が破談になっても互いに諦めきれずこっそり付き合っていた。恋の炎は天にも昇るという設定をつけたそう」

「唐突な前のめり」

「人助けは趣味だよ」

「そんな人格できてないでしょ。貴方」

「こんな美女を放っておくなんてできるはずない!!」

「さっきまでご祝儀も出さないとか言っておいて」




 こうして、俺には彼女ができた。レイナは耳をひっぱったりぎりぎりと歯軋りしている。



「さぁ、今宵は二人でゆっくりと楽しもう」

「きーもい」

「ふふ、そんな照れることもあるまい」

「きっしょいって」




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