ぼくし

 この町の教会では都市伝説が語られている。それは、その教会にいる牧師を見てはいけないという事。もし見てしまったり、話しかけたりしてしまうとその人は「ぼくし」にされるらしい。 

 その話に興味を持ったオカルトマニアのボクちんこと枯木は会社終わりその教会に寄った。

 ボクちんの会社はブラックだから夜中の0まで残業をさせられた。退職したいと思うが、学歴などはあまり良いものとは言えないから仕方なく働いている。

 そんな夜中だからか、辺りは人通りが少なくて不気味だ。まあこの空気感が大好きなボクちんからすれば最高な空間だ。

 数分歩いていると辺りにあった住宅が少なくなっていて、もう少し進むと住宅は一軒も建っていなかった。

 「この辺だよな?」

 スマホの地図アプリで確認すると、目的の教会はあと少しの所にあった。てっきり町の中に建っているのかと思っていたから少し驚いた。しかしそれと同時に、より不気味度が増してドキドキもしてきた。

 辺りは木しか立っていない林だ。

 迷いなくその林に足を踏み入れて地図通りの道を通って目的地を目指す。

 すると地図でちょうど教会に着いた時、辺りに木は一本も立っていなかった。まるで、林の中に突如現れた教会、という感じだった。しかしこの噂は昔からされていたからそんな事はないだろう。

 教会と言っても規模はそこまで大きくなくて、一般的な一軒家と同じ広さだ。しかし縦には長く、頂上には十字架が掲げてある。

 両開きの扉の前に立つと、中から吹いてくる冷たい風が足元をくすぐった。

 一瞬ノックをして中に人がいるか確かめようと思ったが、「見ても話しかけてもいけない」というルールがあったから止めておいた。もしかしたら中から扉を開けてきて姿を見てしまうかもしれないからだ。

 扉に触れてみると思った以上に軽くて、簡単に開いた。扉の隙間から中の様子を確認してから、そっと中に入る。

 中身は普通の教会で、長椅子がいくつも置かれている感じだ。その先には学校にある教卓のような物が置いてある。

 バンッ!

 突如後ろから大きな音が聞こえてきたから思わず体を跳ねさせた。何かと思い恐る恐る振り向くと、どうやら扉が風の力で閉まっただけらしい。今日は風が強いから仕方ないだろう。

 牧師が現れる気配も無いから、奥へと進んで教卓のような場所に立つ。そこから教会内を見渡すと、思った以上に不気味だった。暗くて、でも窓から入る月光で軽くは照らされている。そしてこの広い中、人が1人もいない。

 「まあ、ただの都市伝説だしな」

 諦めて帰ろう。そう思い降壇しようとすると、後ろに人の気配を感じた。

 思わず振り向こうとしたが、ルールに従い欲望に耐えた。

 一気に気味が悪くなってきて早歩きで壇を降りて出入りへ向かおうとすると……カツカツカツカツ、と俺とは違う足音が後ろから聞こえてきた。

 追われている、そう確信して思い切って走ろうとしたが、足が突如動かなくなった。それは震えなどではない。まるで誰かに足を手で掴まれているようだった。

 しかし足元に視線を向けても、牧師の姿を見た事になるのではないか、そう思い前を見続けた。

 スーッ、ハーッ……。

 耳元で明らかに風ではなく人の呼吸のような音が聞こえてきた。

 その時ボクちんはある事に気付いた。足を掴まれているのに、耳元に呼吸を届かす事ができるだろうか。否、普通の人間なら無理だ。

 ならば手が長い、もしくは……2人いる。

 それは正解だったのか、俺の両肩が何者かに掴まれた。

 ボクちんはようやく、自分が危険な状況にいると把握した。

 「神を信じなさい」

 右耳でそう囁かれた。これで確信した。今ボクちんの後ろにいる人物が、見ても話しかけてもいけない牧師なのだと。

 「神を信じなさい」

 次は左耳。嫌なASMRだ。

 「あなたの名前は……?」

 後ろから俺の名前を聞く声が聞こえるが、ボクちんは絶対に口を開かない。否、開いてはいけない。

 「ten……」

 10? 

 「nine……」

 9……そうか、カウントダウンをしているのだ。しかしボクちんは絶対に名乗らない。

 「seven……」

 飛ばした!?

 「se……six」

 sexって言いそうになったな。

 「five……」

 鼓動は数字が小さくなるにつれて大きくなっていく。

 「four……」

 耐えるんだ、ボクちん。

 「three two one……」

 ずるくないか!?

 「zero……」

 耳元で冷たく、カウントダウン終了が告げられた。しかしボクちんの身体に異変はない。なんだ、ただのカウントダウンだったのか。

 ――と思ったらその瞬間、目の前にある両開きの扉が勢いよく開かれた。そこから現れたのは白髪の老爺で、黒い服を着ている、正に牧師だった。

 見てしまった……そう思った瞬間に喉に違和感が出てきた。

 すると目の前にいる牧師が優しい笑みを浮かべながら口を開いた。

 「再びチャンスをあげましょう。あなたの名前は?」

 もう見てしまったのだ、これ以上は何をしても変わらないだろう。

 「――ちん、こ――」

 何故だ? ボクちん、枯木と言う事ができない。

 まさか……と思い牧師を睨みつけた。

 「あなたはただ今より、『ぼくし』となりました」

 ボクちんはその時ようやく理解した。教会の牧師に会うと、などと言われるから自分も牧師にされるのかと思っていたが、それは違う。

 ボクちんは「ぼく」という言葉を言えなくなっていたのだ。つまりこの都市伝説の「ぼくし」というのは「ボク死」という事だったのだ。


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短編集 傘瓜 @kasa8739uri

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