親子

 「ふぅ……」

 まるで抜いた後みたいなため息を吐きながら会社を出る。

 今日も残業して残業。ふとポケットからスマホを取り出してロック画面に表示された時計を見る。

 1:23

 「はっ。1.2.3と揃ってやがるぜちくしょう」

 なんて誰に聞かせるわけでもなく一人で呟く。普段はあまり独り言を言わないのだが、それほど疲れているということだろう。

 俺はいつも通りに帰り道にあるコンビニに足を運び、真っ直ぐ冷蔵庫の方へ向かって缶ビールを1本取り出し、レジに持って行く。そこにはいつも通りの若い兄ちゃんが眠そうな顔をして俺を見るなり「いらっしゃいませ」と気だるげに言う。

 「また残業っすか?」

 「そうだ。アルバイトって残業あるのか?」

 「さぁ。僕はいつも定時帰りなんで」

 「俺が高校生の時はちゃんと先輩に合わせて帰ってたぞ」

 兄ちゃんは部が悪そうな顔になり、缶ビールをのバーコードを読み込む。

 「……231円です」

 「はいはい」と俺は財布を取り出してピッタリの金額をレジに出す。兄ちゃんはそれを受け取ってレジスターの中に入れ、レシートを取り出して俺に手渡しで渡す。

 「ありがとうございました」と気だるげな声を背に俺はコンビニを出る。

 帰り道へ再び歩き始めながらプシュっとプルトップで蓋を開け、ゴクリの一口だけ飲む。

 「かぁっ! やっぱ疲れた時はこれだよなあ」

 なんておっさんみたいな事を言って(34歳である)1日の唯一の極楽に浸かる。

 すると――

 「っ!?」

 突如背中に何かボールのようなものが衝突した痛みが走った。

 そして振り向くよりも先にそれが姿を現した……それは、小学四年生くらいの大きさの男の子だった。

 男の子は俺に謝りもせず、振り返りもせずに再び真っ直ぐ走り出した。

 「気付けろよ!」

 とりあえず言ってみたが、多分聞いてないだろう。

 ……しかし、この時間に子ども? まさか、幽霊? いや、にしてはしっかり肉感があった。じゃあ、ただの悪ガキか?

 なんて考察みたいな事をしていると、後ろからまた誰かが走る音が聞こえた。しかしそれは子どものものではなく、ハイヒールのようなコツコツとした音だった。

 振り返ると、エプロンをした姿の女性が息を切らしていた。

 「あの……これくらいの……子ども……見ませんでした……か?」

 途切れ途切れだがしっかり聞こえた。

 しかし答えるのも面倒くさかったから適当な方向(男の子が進んでいない方向)を指差した。

 「あっちの方へ行ったと思いますよ」

 そう言うと女性は礼も言わずにまたその方向へ走って行った。

 

 ――翌日。

 同じようにビールを片手に夜道を歩いていたら――

 「っ!?」

 昨日と同じ痛みだ。

 予想通り背後からは男の子が現れ、昨日と同じ方向に進んで行った。

 「悪戯か?」

 「最近の子どもは教育が悪いな」などと自分の子ども時代を棚に置いて愚痴をこぼす。

 すると後ろから、今度は平たい足音がした。

 「あの……子ども見ません……でしたか?」

 「ああ……」

 今日は少しだけ気分が良かったから、正直に男の子が言った方向を指差した。

 「あっちに行きましたよ?」

 そう俺が言うと女性は何も言わずにその方向へ走って行った。スリッパで外に出ているから、子どもが勝手に家を飛び出した、とかだろう。

 「にしても、礼くらい言えよな……」

 なんて呆れながらビールを一口飲む。

 

 ――翌日、朝。

 『本日、1:44に児童を殺害した疑いで母親と思われる女性が逮捕されました』

 その時、ながら見で見ていた俺は思わずテレビの画面を二度見した。

 「この女……!?」

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