幼なじみ・プレゼント問題

しぎ

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「誕生日おめでとう、かい


 昼休み、俺を屋上に呼びつけた幼なじみのみどりは、そう言って3つの箱を置いた。


「プレゼント、どれが良い?」

「どれって……これ全部じゃねえのかよ」

「そりゃそうでしょ。海の誕生日だからって、いくらでもコレが使えるわけじゃないんだから」


 そう言って、みどりは右手の親指と人差指でマルを作る。彼女の眼鏡と被って、コインをまじまじと見つめて鑑定するどっかのおばさんみたいだ。



 いや、みどりの表情を眺めている場合ではない。あぐらをかいた俺は、目の前に置かれた3つの箱に集中する。

 大きさは少しずつ異なるが、どれもいわゆる贈り物用のお菓子の箱だ。クッキーとかがよく入ってそうなやつ。


「赤、緑、青。選べるのは1個だけ」


 みどりは、左から箱の色を言って、最後に俺の顔の前で人差指を立てる。


「回りくどいことするな、普通に渡してくれよ」

「それじゃあつまらないじゃないの」



 ……ああ、でもみどりの誕生日プレゼントは毎年変わってたな。去年なんか参考書だったし。いくら高校受験控えてたからって同い年の幼なじみの誕生日プレゼントにそんなの送るか? 普通。


 でも選ばせるなんてさすがに初めてだ。


「そうそう、もちろん箱の中身は違うからね。ハズレは校門の前で配ってた予備校のポケットティッシュ」

「は?」


「大丈夫。海ならちゃんと当たりを引ける。この学校も受かったんだし」


 それは関係ねえだろ。要領のいいみどりとは違って、俺は結構高校受験頑張ってここに来たんだからな?



 ……なんてことを考えていても仕方ない。



 俺はあまり深く考えず、正面に置かれた緑の箱に手を伸ばす。


「おっと、ちょっと待った」


 俺の手が伸びるよりも早く、みどりは座ったまま3つの箱を両手で抱え込んだ。

 そしてそのままスムーズに、赤い箱の蓋を無造作に開ける。



 みどりが乱暴に置いた赤い箱の中には、予備校のポケットティッシュが一つだけ転がっていた。


「海、今ならまだ選択を変えていいよ」

「え」

「チャンスをあげたの。今、あたしはハズレかつ、海が選ばなかった赤い箱を開けた。青と緑、どっちが当たりでしょう?」


 みどりはいたずらっぽく笑う。



「そんなの分からないだろ……」

 ……と言いかけて、俺は考える。



 ……そうだこれ、確か選択を変えたほうが確率的には良いんじゃなかったのか。

 この前、数学の先生が授業で話してたやつだ。なんとか問題というらしい。

 正直先生の言う理屈はよくわからなかったが、変えた方が良いという話だったのは覚えている。


 ……さすが数学が得意科目のみどりだ。数学が苦手な俺がそんなこと知らないと思って俺をからかいに来てるのだろう。俺だって数学頑張ってるんだぞ。



「じゃあ、変えようかな……」


 そこで、みどりの顔が目に入る。もう保育園の時からの付き合いだからわかる。

 眼鏡の向こうのその顔は、何か考えてるときの顔だ。



 ……待てよ、俺とみどりは同じクラスだ。あの数学の先生の話は当然みどりだって聞いている。なら、俺がなんとか問題を知ったことも分かっているはず。

 ということは、俺がここで選択を変えることも予想できる。



 考えろ、考えろ。

 まず、自分の名前と同じ「みどり」の箱を俺が選ぶことは予想できたか。

 いやあるいは、俺の好きな色である「海」の青の箱を選ぶと予想しているかもしれない。


 そのうえで、ここで俺がなんとか問題の話を思い出せると考えるのか。



「……ねえ、早くしないと昼休み終わっちゃうよ?」

 みどりは身を乗り出して、俺の顔を覗き込む。親の顔より見た顔が、俺の感情を揺さぶる。

 やめろ、考えるのに集中できないだろ。



 青の箱。緑の箱。

 みどりなら、俺はどっちを選ぶと考えるのか。

 みどりは俺のことをよく知っている。

 俺もみどりのことをよく知っている。



 ……って待て。

 そもそもみどりは、俺に当たりを引かせたいのか? ハズレを引かせたいのか?


 というより、本当にみどりは、俺への誕生日プレゼントを予備校のポケットティッシュにするつもりだったのか?

 いや別に、上から目線で説教するつもりは無いけど、なんというか……さすがに失礼じゃないか?

 そしてみどりは、そんな人間ではない。



 ――よし決めた。

 俺は、確率と心理戦の向こう側へ行ってやる。



「わかったから、箱置けよ。箱の大きさとか判断材料にできないだろ」

 俺が言うと、みどりは2つの箱をそっと屋上の床に置いた。


 ……すかさず、俺はその2つの箱を両手で取り上げる。


「あっ、ちょっと!」

「別に開けねーよ」


 俺はそのまま箱を両手で振る。中で何かが転がるカラカラとした音が、両方から聞こえた。



「……これ、両方同じものが入ってないか?」

「……」

「まあ確かにお前、当たりハズレの個数については何も言ってないからなあ」

 そんなんじゃ、確率を考えたって意味がない。



 見ると、みどりはバツが悪そうな顔をしている。図星みたいだ。



「じゃあ俺は最初に決めた通り、緑を選ぶぞ」


 俺は緑の箱の蓋を開ける。


 中に入ってたのは、俺の好きな漫画キャラのスマホストラップだった。


「あれ、これって数量限定のやつじゃ」

「前に海、買えなかったって言ってたよね。この前再販されたときにあたし買えたんだ」

 でも、みどりは漫画よりかは小説を好んで読むはずだったような……


「まじか、ありがとう」

 まあなんであれ、欲しかったものだったのは事実だ。



「ん、じゃあそっちには何が入ってんだ?」

「それは教えない」


 みどりはサッと青の箱を取り上げて、結局俺の前でそれを開けることは無かった。






 ***






「おっ、さっそく付けてる!」

 あたしが海にプレゼントを渡した次の日、海のスマホにはしっかりそのストラップが付いていた。


「そりゃあスマホストラップなんだから付けないともったいないだろ」

「そういうことじゃなくてさー」


 そう言いながら、あたしはさっきまで見ていた自分のスマホをそっと内ポケットにしまう。



 ……幼なじみとスマホに同じストラップをつけるというのは、なんていい気分なんだろうか。

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