逃げだしたい
しばらくすると、どうにか体が動いてくれるようになった。
さっきから気ばかり焦っていたけれど、体が動くならこちらのものだ。
今すぐ逃げださなければ。
そして警察に通報しなければ。
木々の間を走り抜けながら、道なき道を闇雲に進んでいく。
帰り道とは違う方向かもしれない。
それでもその足を止めることはできなかった。
どこでもいい。
なにがなんでも、その場所から離れたかった。
私は無我夢中でがむしゃらに走り続けた。
どのくらい走っていただろうか。
足がもつれ転びそうになった私は、反射的にすぐ横の木に向かって手を伸ばし、もたれ掛かった。
その拍子に、ポケットからスマホが落ちる。
警察に通報しようと拾い上げて愕然とした。
無情にも表記された圏外の文字。
そして、文字が支離滅裂になってしまった彼女からのLINE。
このスマホが壊れただけならいい。
それならいいのだけれど。
――カァァァンッ!!
突然、近いところで打ち鳴らされる金属音。
それに驚いて身を震わせた。
音の出どころは、木の向こう、すぐ近く。
木に身を隠しながら、様子を覗う。
そこには、数人の男女が立っていた。
顔の前に布を垂らした装束を着ていて顔の造作までは見えないが、体格からして男だと思う。
数人の男はそのような装束を着ていて、数人の女は巫女さんのような格好をしている。
その真ん中に、一人、場違いな装いの女がへたり込んでいた。
顔はこちらからでは、人の影に被ってよく見えなかった。
その奥には、先程の湖が見えた。
あんなに走ったのに、その湖はすぐ間近にあった。
あの場から逃げ出したくてあんなに走ったのに、ここから逃げ出すことはできないのだと、思い知らされた。
その湖には一つの大きな四角い箱が浮いていた。
人一人が入ってしまいそうな大きな箱。
その箱の上部は今は開いていて、閉じるための蓋だろうものを巫女さんが二人がかりで持っていた。
なんだかすごく嫌な気がする。
この先、起こり得る光景を私の頭が先回りして見せてきて、それが脳内をぐるぐる回る。
あの箱に、あの一人装いの違う女は入れられ、蓋を閉められ、湖に沈められる。
男達は持っている金属の棒で、何度もその箱を打ち鳴らし、水底、奥へ奥へと箱を沈める。
それを沈めることで、恐れている何かを鎮められると妄信的に信じている。
そして、この儀式は失敗に終わるんだ。
なぜか、まるで見てきたかのように、容易に想像ができた。
そして、その想像はただの想像ではなく、もっと確信めいたものに感じた。
もう見ていられないし、見ていたくもない。
人に気づかれないように、そっと振り返り、私はその場を後にした。
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