『箱』は追い掛ける、どこまでも!
「その脚は女子のっ!? 貴様、何と云う羨ま……破廉恥な、けしからん真似をしている!! 私と云うものがありながらっ」
わなわなと手を震わせる主人公『あああ』は、何故か全身に極太の真っ青なリボンを巻き付けて、首元で大きな蝶々結びにしている。自分で結んだのか、残念ながら縦結びだ。だが、派手な包装紙さながらの水色の煌びやかなローブを纏う、奴全体のインパクトの前では、些細な問題すぎて突っ込むことも出来ない。
――いや、そうでなくとも俺は前世から引き続いての、とんでもないコミュ障で、女子どころか同性でも陽キャは無理な大人し男子だ。「筋トレ」だけが友達のシャイボーイだ。話すことなど出来ようはずもない!!
「あ! こら、何とか言ったらどうなんだ!! 待てっ!!!」
「お待ちになってくださいませっ!!!」
「きゃわわわわっ……わっ……わわ!!」
背後から男女の姦しい声、手元の箱からフジョシの声を響かせながら、俺は街中を爆走する。あともう少しで目的の警邏隊屯所だ!!
あと20メートル!
「ちっ!
『あああ』が忌々し気に吐き捨てる。
「ふぇっ!? 前月の二の舞は嫌ですぅ~!」
箱の中で何やらゴニョゴニョ声がする。
「そうはいきませんわよ! 一気にカタをつけますわ!!」
物騒な言葉に振り返れば、『生足箱』が風魔法を発動するところだった。
残り10メートル!!
警邏隊の厳つい面々が、屯所の外に立ってこちらを見ている。一目散にそこを目指す俺を見て、こちらに向かってくれればすぐこの呪物らを渡せる! 穏便に拾得物として!!
なのに何故だ!? すぐそこに居るのに、今回も呆れた笑い顔を浮かべて動こうとしない。町の治安を守る警邏隊員は、悪役である俺に救いの手は差し伸べてくれないのか!?
「これは、ただの拾得物なんだぁぁぁーーー!!」
俺が渾身の叫びを上げたところで、足元で旋風が巻き起こり、俺を持ち上げ――られなかった。さすが鉄壁の筋肉鎧! そんじょそこらの肉とは比較にならない安定の重量感だ!!
「ちぃっ! 全力で参りますわ!! 『あああ』様、援護なさって!」
「言われずとも行く! ヒロイキ、我が想いを受け取れーーーー!!!」
「「ちっ」」
『くしゃみ箱』『生足箱』が揃って盛大な舌打ちを漏らす。そんな俺たちの姿を、警邏隊員の生暖かい目が捉えている。
「しゅ……拾得物を――」
俺は必死の思いで、『くしゃみ箱』『王族箱』を持った手をそちらに向けて差し出す。
だが、言い終わらぬ間に、俺を中心にした超特大の竜巻が、巻き起こった。
煌びやかな包装紙が千々に破れ、リボンが裂けて、俺に飛び掛かろうとしていた『あああ』が突風に跳ね上げられるのが目に入る。手にしていた『くしゃみ箱』も舞い上げられ、布に包まれていた『王族箱』は包みが解けて、パカリと蓋を開いた。
『王族箱』の中には、開封と同時に発動する魔法陣が組み込まれていたらしい。
俺たちを纏めて包み込んだ玉虫色に輝く魔法陣は、まばゆい光を放って視界を奪った。
* * *
「その無礼者を摘まみ出せ!!」
凛とした声が響く。
俺の周りに吹き荒れていた強風はいつの間にか止み、周囲の景色も一変していた。どうやらあの『王族箱』に仕込まれていたのは転移の魔法陣だったらしい。
俺が摘まみ出されるのか!? と、咄嗟に身構えたが違っていたようだ。
「離せ!! 話せばわかるっ、この格好には事情がっ……、貴様ら男子垂涎のシチュエーションを知らんのか!?」
『あああ』の騒ぎ立てる声に振り向けば、両脇から騎士に吊り上げられた奴の姿が目に入った。極太の真っ青な縦結びリボンを首元にだけ残し、腰の辺りで破けた、派手な包装紙さながらの水色の煌びやかなローブを纏った奴――その下には、何も着けられてはいない。
ふらふら、プラプラさせながら、艶やかに磨き上げられた大理石の床を引き摺られて行く姿は、衣服には包まれてはいないが、哀愁には包まれている。周囲が豪華だからこそ一層。
そう、俺と箱たちは一瞬のうちに王城の一室へと転移させられていた。
「ふむ、怪我はないようだな。あまり心配をかけてくれるな」
予想通り俺の目の前に現れたのは、いつも通り学友を――ではなく、少女漫画の如く
「聖女ユリーナから話は聞き及んでいる。なんでもバレンタインの贈り物を拾得物だと警邏隊へ届けてしまうとか」
扇で口元を隠し、くつくつと笑う姿も麗しい。
「んもぉ、内緒なのに何で話しちゃうんですかぁ!」
『くしゃみ箱』がパカリと開いて、中から平民聖女ユリアーナが出て来た。両腰に左右の握り拳を当てて、ぷっくりと頬を膨らませている。
「バレンタインに貴女自身を贈って警邏隊に突き返されたのに、ホワイトデーで性懲りもなく同じことを繰り返す貴女もどうかと思いますわよ」
『生足箱』の蓋がパカリと開いて、魔術師団長の娘ソルドレイドの顔が覗く。いつの間にか箱の両サイドから生腕までが生えている。
「今回は贈ったんじゃなくって、ホワイトデーのお返しを受け取りに行ったんですぅ~!」
「抜け駆けはずるいですわ。筋肉逞しいヒロイキ様に、貴女だけ抱えられるだなんてズルい……はしたないですわ!!」
「けれど結局2人だけでは、ヒロイキに受け取らせられなかったのだがな。ふっ、お前たちのやり方では詰めが甘いのだよ」
俺を置き去りにして、攻略対象ヒロインらが何か物騒な会話をしている!
なんだ!? 今回の一件は、ヒロイン総出で俺を悪役の道に推し進めようとする世界の強制力だったのか!? 冗談じゃない!!
俺は脱兎のごとく駆け出した。
ついこの前の、王妃に成り代わった3分間の全力疾走で、城内の多少の様子は分かるつもりだ。って云うか、分からなくとも逃げる!! 悪役堕ちルート直結の、破滅フラグを立てられるワケにはいかない!
ヒロイン達の声が更に俺を追い掛けてくる。
俺の『ラブ☆きゅんメモリアル~ファンタジック学園編~』悪役生活はまだまだ続く。気を抜けば、廊下の向こうからプラプラさせながら猛ダッシュで追って来る主人公に断罪されて僻地の強制収容所送りになるか、男娼に堕とされるか……とにかくゲーム通りならロクでもない未来が待ち受けている!!
事あるごとにゲーム補正が働く日常生活を無事に過ごす事が出来るのか!?
俺の穏やかな筋トレライフの破滅フラグ回避生活は、終わらない。
《完》
【KAC2024/箱】おとなし男子の悪役転生!ヒロインとか興味ないので筋トレしてたのに、呪物な3箱が届いたんですが。 弥生ちえ @YayoiChie
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