第5話 竜巻

 小世は防空壕なるものをよく知らなかった。いや、小世だっていちおうは教師の端くれ、防空壕について、最低限の知識はあった。けれど、数おおくの教育科目の引き出しの底に埋もれ、校長からことこまかな説明を受けるまで、その存在について深く考えたことはなかった。

 それに、まさか令和の時代になってまで、そんな前世紀の遺物が温存されていることなど思いもしなかった。ましてや、そんな場所を、自分の受けもちの生徒が遊び場にしているのが発覚した、などととつぜん校長室で言われても、小世は、はあ、としか言えなかった。

 地方の子どもは遊び場もハイブロウだねえ。校長の話を聞きながら小世は余裕綽々にそんなことを思い、瞭の名前が出てきても落ちついたものだった。だが悠の名前が出てきたときには目が点になった。仲がいいってのは知ってたけど。あんなかしこなふたりが校長案件なんてやらかしちゃってもう。小世ちゃんがお仕置きしちゃうぞ。こら。しかし最後に花の名前を告げられたときには小世もついしゃっくりが出た。

「花ちゃんって、あの花ちゃんのことですか」

 校長は呆れたような表情をした。少し頭を動かしたため、蛍光灯に照らされて禿げた頭と目が同時にきらりと光る。

「うちの学校に花という名前の子はあの子しかいませんよ」

 そういう意味じゃないんだけど。小世は焦りながら思う。そういうことに引っかかってる場合じゃないんだけど。

「その三人がどうも、町はずれの森にある防空壕で遊んでいるそうなんです」

「三人いっしょで、ですか。交代で遊び場にしているとかじゃなく」

「電話で聞いたかぎりでは、三人いっしょで、みたいですね」

「悠くんと花ちゃんがですか」

「あと、瞭くんも」

 落とし物を拾ってあげたときのような口調で校長が言う。

 小世は機械的に頷く。この屈辱感。この敗北感。なんだろう。バケツの水を思いっきり頭にかけられたのに怒る気分にもならないこの脱力感は。小世は頭を振ってわれにかえる。

「その子たちのあとをつけていった生徒が学校に電話してきたんですか」

「生徒のお母さんが電話してこられてね。うちの子どもが危ない場所だとうるさく言ってるんで、ぜひとも禁止してください、と」

「その生徒って女の子ですよね?」

「もうしわけないんですが、最近は個人情報保護法の絡みもあって、教員であるあなたにも、そういったことには答えられないことになっているんです」

 女子だな。小世の目が据わる。なぜだか前々から秘密裏に手配していた子分の仕事の報告を、第三者から聞いているような気分になる。でかした。名もなき隠密よ。心のなかだけでも金一封のご褒美つかわすぞ。

「男の子ふたりならまだしも、女の子がいるとねえ‥‥」

「ですよねえ」

 小世は顎に指をあてながら、もっともらしく、ふんふん頷いた。

「花はわんぱくな女の子ですけど、そういう問題じゃないですしね」

「当然ですよ。ご決断を躊躇することはありません」

 校長はどこか小世の機嫌をうかがうような表情になった。

「でも都会の学校みたいに、ただ危険だからという理由だけで、なんていうんですか、紋切り型に生徒たちに禁止を申し渡したくはないんです」

「はあ?」

 小世の素っ頓狂な声にも校長は動じない。

「都会から赴任してきたあなたにこういうことを言うのも気がひけるんですが、田舎の子どもは、なにが危険でなにが安全なのか、よくわかっているんです。それにこういうのもまあ、外でやる授業、課外授業みたいなものですから。子どもたちが身をもって歴史を学ぶという側面もありますしね」

「なに仰ってるんですか。生徒の安全がなにより最優先です」

 校長は口調の尖ってきた相手をなだめるように両手を突き出した。

「防空壕が危険だと言うのであれば、森自体だって、じゅうぶん危険なわけですから」

「冗談は仰らないでください。戦争が終わってから百年以上経っているんですよ」

「正確にいうと、八十年近く、です」

 問題はそこじゃない、という目つきで校長を睨んでやる。

「八十なんて、人間でも病院に通いつめていなきゃ健康を維持できない年ですよ。行政の定期的な点検とか入っているんですか」

 入っているわけがない、という風に、校長は溜め息をついて首を振った。

「そんな場所が安全なわけがないじゃないですか」

 校長は歯がゆいように、顔をしかめながら言う。

「あのですね、先生、ここらへんは危険な場所だらけなんです。子どもたちだけで河原で遊ぶことも最近では問題視する保護者もおられますし、一昨年でしたか、廃墟となった工場で遊んでいるのもどうかと議論になったことがあります。そこはもともと洋服をつくっていた工場で、とうに工業用ミシンやプレス機などは撤去されていて、いまは単にだだっ広い屋内の空き地です。こちらは毎年、行政の点検が入っていまして、向こう二十年ほどは建物なり遊技場としての安全性が確認されています。こういう場所で遊ぶことさえ禁じていたら、それはいくらなんでも過保護というものではないでしょうか」

「反対する保護者さんのお気持ちは当然だと思いますね。たぶん校長はいまどきの危機管理意識が足りないんだと思います」

 小世はやけっぱちな気分でまくしたてた。校長はただ目をぱちくりさせてその言葉を遣りすごした。

「でもですね、ひとつの場所に目くじらを立ててしまったら、ならあれはどうだ、あっちは問題ないのか、みたいな話になる。そうなるのが目に見えている。そうやって一部の保護者の方たちの話を片っぱしから聞き入れていたらどうなるのか。しまいには子どもたちはどこも遊び場がなくなってしまいますよ」

「だったら同時進行でひとつひとつかたづけていきましょう。生徒の安全が第一です」

 どうやら後半の校長の話は小世の耳に入らなかったようだった。校長はいったん目を机に伏せてから、ふたたび目をあげて話す。

「では、防空壕もそうした案件のひとつ、ということでよろしいですね」

「どういうことですか」

 小世の目じりが引きつる。

「つまり、子どもたちが河原や工場で遊ぶのを黙認しているのと同じように、防空壕で遊ぶことの可否も、いったん保留というかたちにして、教育委員会の審議を待つんです」

「‥‥いいえ、待てません。そのあいだに生徒たちになにかあったら、校長はどう責任をとるんですか。どう責任をとれるんですか。とれませんよね。だから、いますぐ決断してください」

 校長は頭の頂きに手を当てて、困った顔で小世の目をじっと見た。

 なにかが小世を突き動かしている。その「なにか」がなんなのか、小世には自分にも説明できない。しかし小世は自分をとめることはできなかった。相手の返事をこれ以上待ってはいられなかった。小世はきっと唇を結んだまま校長室を出ていこうとした。

「防空壕の件はきちんと教育委員会にかけますから。そこで結論が出るまでは生徒たちにも話さないでくださいね」

 小世は最後まで耳を傾けることなく、うしろ手で力まかせに引き戸を閉めた。


    *


 まるで教室に竜巻が入ってきたみたいだった。

 全身に怒りを漲らせた小世が、引き戸を開ける手ももどかしく教室に入ってきた。うしろ手で派手な音を立てて引き戸を閉めると、教卓までの短い距離を、荒々しい足音を響かせて歩いた。

 生徒たちは固唾を呑んだ。立ち話をしていた生徒たちは急いで自分の席に座り、後ろの席を向いて話をしていた生徒は、相手の呆然とした表情を見て、あわてて前に向きなおった。そしてすばやく視線を交わしあう。誰かなんかやらかしたの。何人かが小刻みに首を振った。小世が指導書をばさっと投げると、教卓に両手を置いて話しはじめる。

「さっき先生は校長先生からたいへん残念な話を聞きました‥‥」

 小世はぐるりと教室を見渡す。おびえた目の群れが小世を見つめかえす。

「このなかに、防空壕という、たいへん危険な場所で遊んでいる生徒がいます」

 瞭が目立たないように首だけ向いて花と目をあわせる。悠は前を向いたままだった。

「防空壕というのは、第二次大戦中にアメリカ軍の空爆から身を守るためにつくられたものです。身を守るためにつくられたもの、ではあるのですが、戦争が終わってからもう何十年も経っています。そのあいだメンテナンスなどは一切なされていません。これがいかに危険な場所であるかはみなさんもよくわかりますよね。六年生にもなったら、それが危険な場所であるかどうかは自分で考えればわかることだと思います」

 花が机に頬づえをついたまま片手をあげる。小世はそれが視界に入りながらも浅く短い息をして黙っていたが、花はかまわず質問を発した。

「先生はその場所を見たんですか」

 小世は花を睨みつける。そうしてしばらく小世と花は睨みあっていた。

 平然と嘘を言うことはできる。先生は自分の目でちゃんと見て確認しました、と。質問したのが他の生徒であれば小世も実際そうしただろう。

 しかし相手は花だ。話している最中にどこに巧妙な理論上の落とし穴を仕組んでくるのかがまったく読めない。あの子は頭のまわる子だ。だから慎重にやらなければならない。――小世は頭に血がのぼっていてもそういう考えを働かせることができるタイプだった。

「見たわけではありません。でも先生には想像力というものがあります。戦争が終わってから何年経つか、みんなも知ってるよね。八十年近くです。それだけの年月を経ていながら、点検なんかいっさい行われていない。そんな場所が安全だと思いますか」

 教室が静まりかえる。

「でもさあ、自分の目で見て確認してもいないのに危険だと判断したり、よその土地から来たひとがそれをあたしたちに押しつけるっていうのは、それこそ軽率というものじゃないかなあ」

 敬語を崩した花の言い方は、ひとりごとのようにも聞こえる。明らかに花はそういう言い方をして他の生徒たちの共感を得ようとしていた。小世は教卓の両端に手を置いたまま深く息を吐く。静かな気迫でみなを睨みつける。

「転ばぬさきの杖、という言葉を知ってますか。これは文字どおり、杖を持って歩いていたら転びそうになっても大丈夫だという意味です。たとえば、校庭に石ころが落ちていたとしますよね。おおきな石ころです。みんなはそれを教室の窓から見つけたとします。あとで体育の時間にでも拾っておこう、休憩時間に遊ぶときに拾えばいいかな、そんな風に思うかもしれません。でも誰かがかけっこをしているときに転ぶかもしれない。それを考えるとおちおち授業も聞いていられない。だったら見つけた時点で取りのぞいておくのがいちばん安心じゃないですか?」

 花がすかさず片手をあげ、おろす前から喋りはじめる。

「でも世の中は危険で満ちみちています。道を歩いていたらお年寄りの運転する車に轢かれるかもしれないし、変質者に連れてかれるかもしれないし、北朝鮮の発射したミサイルが頭のうえに落っこちてくるかもしれない。この学校だって建てられてから五十年は経ってます。毎日のように日本のどこかで地震が起こってるから、ここだって危ないかもしれない。どうして防空壕だけが危険あつかいされるんですか」

 屁理屈をこねるのはやめなさい。花が話しているあいだ、小世の口から何度その言葉が出かかったことだろう。しかし花相手にそういう単純な文言がまったく効かないであろうことを小世は承知していた。

 そうした文言が、大人が白旗をあげたときのサインであることを、おそらく花は知っている。むしろ花はその言葉が出てくるのを待っているのだ。小世の口からその言葉が出てきた時点で勝敗はついたも同然である。

 小世は少し考えてから一気呵成にまくしたてた。

「わたしはいま防空壕の話をしています。そこを無断で遊び場にしている生徒のことを話しています。わたしの言葉が届かなければ、その生徒は今日もまた防空壕に行くかもしれません。あなたがいま列挙した事例とは違って、これは緊急性のある話です。そういう日常に潜む危険はまたべつの機会にじっくり話しあいましょう。いいですね」

 花は頬づえをつき、視線を天井にぐるぐるまわしながら、計算機を叩くように五本の指でせわしなく机の片隅を弾いた。やがて視線が天井の一点にとまり、指もとまった。花の視線が正面を向く。

「先生は清水橋は知ってますか」

 小世の視線が揺らぐ。まるであずかり知らない固有名詞に、小世の思考がかき乱される。知らない名前だから、話の着地点が見えない。

「あたしたちのほとんどはそこを通って学校に通ってきています。その橋が完成してから何年くらい経っているか知ってますか」

 小世の手がわずかに震える。なんの準備もなくこの子に挑みみかかってしまったことを、いまになって後悔しはじめた。花がつづける。

「百年近く経つそうです。昭和のはじめ頃に記録的な洪水が起こって、そのあと補強工事をしてからでももう九十年くらい経つそうです。それ以来、この橋の安全性なんてみんなまるで気にかけていません。なぜだかわかりますか」

 子どものように小世が無言のまま小さく首を振る。

「大人はこの橋をつかわないからです。先生たちも駅からの道を通ってきます。でも大人たち全員がこのことを知らないわけじゃありません。登下校中に何人かの大人たちが近くの道を通っています。みんな見て見ぬふりをしています。なぜだと思いますか。その人たちはたぶん橋の耐性年数なんて気にしていないからです」

 得意そうな顔をした花を見つめ、下唇を噛みながら、小世は考えを巡らせた。蒼い顔をしていた。唇を鳴らしてふたたび口を開いた小世の声はいささかトーンダウンしていた。

「わたしもここに転任してからまだ間がありません。だから‥‥そういったことについては‥‥いまのいままで知りませんでした。ですから‥‥清水橋ですか、その橋の危険性については、今日さっそく校長先生に報告することにします」

 小世の声はかすれていた。この時点で勝負はすでについている。しかし花は手を緩めるつもりはまったくなかった。仕掛けてきたのは相手のほうなのだ。ここらへんで勘弁してもらおうなんて、ちゃんちゃら甘い。

「じゃあ、あたしたちは今日どうやってお家に帰ればいいんですか。橋を渡ること自体が危険ですよね」

 花が半分笑いながら真剣な口調で言う。負けることのないカードを持った人間が手持ちの全部のカードをテーブルに並べたときに浮かべる表情だった。小世は答えを考えているあいだに何度も目を伏せた。

「その橋を迂回‥‥遠まわりして帰ることはできないんですか」

「できるよ」

 答えたのは他の男子生徒だった。花が後ろの席から、殺人を邪魔された人間のような目つきで、その生徒の背中を睨みつける。

「その橋を通るとちょっと近道になるんで、みんなその橋をつかってるだけだから」

 小世はいくぶん冷静さを取り戻して気持ちよさそうに頷く。こういう状況になったときに男子から助け船が出されることは小世の人生でちょくちょくあった。しかしさすがにいい大人になってから小学生の男の子に助けてもらったのはこれがはじめてであった。小世の目が、本来の丸みを取り戻す。

「じゃあみんなは今日からその道を通って登下校してください。いいですね。それから防空壕で遊ぶことも禁止します。心当たりのある人はもうやめるように。わかりましたね」

 花が殺人鬼の目つきのまま手をあげる。小世が遠い目をして花を睨んだ。担任の視線のさきを辿って、他の生徒たちが花にようやく疑惑の目を向けはじめた。教室がざわついた。しびれをきらせた花が言う。

「先生が実際に見に行って確認してください。緊急性のある危険を伴うのかどうか確かめてきてください。禁止するのはそのあとでもいいと思います」

「だから‥‥」

 きつい言い方に自分でも驚いて、あわてて声のトーンを落とす。

「ながいあいだ点検もしていない防空壕は危険な場所だと、先生さっきから言ってるでしょう」

 花が苛々しながら言った。

「あのねえ、先生、これ無限ループになりますよ」

 小世は花を睨みつける。花も小世を睨みつける。根負けしたように小世が頷く。しかしこれでは生徒が防空壕で遊ぶことをとりあえず認可したのか、ただ無限ループの指摘に同意しただけなのかがわからない。生徒たちもたがいに顔を見あわせ、相手の表情のなかから答えを見出そうとした。

 小世自身にもそれはわからなかった。それでも小世は教科書を開く。付箋の貼っているページ数を大声で読みあげる。授業開始のいつもの号令だ。


    *


 もちろん、これで決着がついたというわけではない。小世はどうにか一日の授業を終え、半ば放心した状態でふらふらと教員室に戻った。いろいろな考えが頭に浮かんでは消える。そんな状態でしばらく机をぼうっと眺めていると、はっきりとかたちの見えない、もやもやとしたものが見えてきた。そしてそれがしだいにはっきりとしたかたちになると、小世はあたふたと椅子から立ちあがった。

 校長室に行き、花に約束したとおり、清水橋の危険性について淡々と報告しおえると、さっそく朝に話しあった件を蒸しかえす。小世はあのあと、口止めされていたにもかかわらず、「やむにやまれぬ思いで」生徒たちに防空壕という場所の危険性を訴えかけてしまったことを詫びた。みるみる表情の陰る校長に、小世はしかし、ある生徒から、危険な場所であるかどうか、教師たちの目で確認するよう提案があったことを話した。

 校長はその話に食いつく。生徒側からのそうした活き活きとした反応こそが彼がつね日頃から求めていたものだったのである。小世と校長はさっそく視察の日程について話しあった。


    *


 その日も悠はどこ吹く風とばかりに机の角を叩いた。机の角を叩く音を聞いたとき、花は、よっしゃあ、と呟いて片方の拳を固めた。

「ここに来るのは今日で最後にしよう」

 穴ぐらについて腰を据えた途端、悠がそう言い、瞭と花は呆れた顔をした。

「なに言ってんだよ。花が先生と言い争ってたの聞いてなかったのか。とりあえず先生が視察に来るまでは大丈夫ってことになったんだ」

「そうなのか? おれはてっきり‥‥」

「だから花があんだけ先生とやりあったんじゃないか、悠のために」

 つい口を滑らせてしまった、悠のために、という言葉が、本人には引っかかる。とたんに不機嫌そうな表情になって、ふたりから目を逸らした。

「べつに‥‥頼んでないし」

 花が悠を睨みつけた。さすがに悠が相手でも腹が立った。

「ちがう。そういう意味じゃない。ここはもともと君らが見つけた場所だろ、って意味だよ。おれのため、ってさ、なんかそれちがうんじゃない」

 悠が花のご機嫌をうかがう。念を押すように悠は花に向かって微笑む。花の顔の中央の一点にきつく結んだ表情がそれだけでほどける。瞭が苦々しそうに花から悠に視線を移した。

「じゃあ、ぼくたち、これからどこで遊ぶんだよ」

「瞭の家はどうなの」

 花が露骨に嫌そうな顔をする。瞭は呻くような声をあげてから言った。

「たまにだったらいいけど、ここみたいに、毎日のように家に来られたら、母ちゃんにケツ蹴られるよ」

「だったら、おれん家でもいいんだど‥‥」

 瞭はいかにも気の乗らなさそうな表情をした。数分おきに部屋に入ってくる悠の母親を思い出す。それが瞭にはトラウマになっている。悠の母親にわるい感情は持っていないけれど、なるべくなら悠の家には行きたくない。それに――これは本質的にそういう問題じゃない。

「ていうか、あっさり明けわたすのかよ、この場所を」

 やや怒気を含んだ声に驚いて、悠は瞭の目をじっと見る。

「たいした場所じゃないと思うけど」

 悠はそう言ったあと、明らかに瞭の反応をうかがっている。それが瞭には、自分を試すための、悠からの最終テストであるかのように思える。沈黙がつづいた。瞭は悠の目を見つめかえしたまま、ゆっくりと首を横に振ってから言った。

「悠がそうでも、ぼくはそうじゃない」

 花も力づよく頷いた。

「そうだよ。あたしにとっても、そうじゃないから」

「戦おうぜ。ここはぼくたちの場所なんだ」

 悠は少しだけ嬉しそうな顔をして、こっくり頷く。

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