第2話 都会モンの愚痴

 悠が担任の小世に呼ばれて、教室の隅にある教員用の机の前に立っている。

 教室には他にもう数人の生徒しかいない。一日の授業が終わり、生徒たちは解放された。いま残っているのは、学校という祝祭空間にまだ身を浸していたい子どもたちである。彼らは教室の真ん中でぺちゃくちゃ喋っている。

 だが例外もいた。瞭と花だ。机の角が打ち鳴らされたのに、下校間際になって当の司令官が拘束されてしまったのである。

 今日にかぎった話ではなかった。この担任の女教師はことあるごとに悠を呼びつけては、延々と話を始めるのである。しかもたいていは時間に余裕のある放課後だ。

 どういう会話をしているのか知らないが、いかにも事務的な声で呼びつけておきながら、自分たち子ども相手に、そんな内容の会話が小一時間もつづくはずがなく、また女教師の耳ざわりな甲だかい笑い声が、教室じゅうにきんきんと響き渡ることもあるまい。花は机にリュックを置いて、頬杖をつきながら、そんなふたりを、いつもおもしろくなさそうな目つきで斜めに睨みつけるのであった。

 花はこの担任のことを嫌っていた。悠をひいきしているからってだけじゃない。そもそも赴任早々、悠がまだいなかった先史時代、この若い女教師がスカートの裾を指でつまみながら、爪さき立って、まるで自分の城のように教室をあれこれデコレートしだしたときから、花は気に入らなかった。

 黒板をフレームしたピンク色のリボン。廊下側の窓ガラスにはさまざまな動物や星形に切りとられた色紙がべたべたと貼られ、後ろの掲示板には、折り紙でつくられた花が点々と装飾されている。小学六年生だっちゅうの。教員用の机に置かれたミッフィーの鉛筆削り機。ミッフィーの爪磨きまである。ああやだ。あのひと、なんでこうちゃらちゃらしてんだろ。


    *


 小世がこの学校に赴任してきたのが今年の四月、それ以来、覇気のない教員室の自分の机で、年寄りたちと、男女ともにやたら白髪の目立つ同僚たちに囲まれ、軋む木製の椅子にじっと座りながら、小世はその白い健康な前歯でずっと唇を噛んできた。――唇が切れて血が出るくらい。

 都会育ちの小世にとってこの町の単調な生活は耐えがたい。赴任当初こそ、通勤電車のなかから見える雄大な田園風景に胸を弾ませていたものの、転任の話が来てから、ずっと新天地での生活に過剰な期待を抱いていただけに、そうした風景に飽きるのも早かった。旅先の気分が抜けて、重い鎧からべつの重い鎧に着がえるように、それが日常のものになってしまうと、巨大な田んぼと巨大な工場と巨大なショッピングモールが交互に横にながれる車窓の風景は、いまとなっては都会の地下鉄の吊り広告と同じくらい、もうなにも訴えかけてくるものがなかった。

 町に娯楽施設はなにもなかった。こういう田舎町にありそうなボーリング場さえない。そのくせカラオケ喫茶だけは無数にあるらしかった。

 校長から聞いた話では、二年ほど前、当時の町長を旗頭に、工場で働いている隣りの県からの若年層を見込んで、駅前にラウンドワンを誘致する計画がもちあがったらしい。だが、その話に根も葉もない建築業者からの袖の下の尾ひれをつけて選挙に勝った現在の町長が握りつぶしたということだった。

 スーパーは小世が想像していた以上に高齢の人間で賑わっていた。日曜の昼間などは過疎化している町とは思えないほど混みあう。コツコツと踵の響くヒールを履き、高価そうなスーツに身を包んだ、明らかに場違いな小世は、かといってご老人たちから注目を浴びるわけでもない。ここを訪れた最初の日に、レジを打つパートの中年女性に、ちょっとうさんくさそうな目で見られただけであった。

 ちょうど転任する直前に恋人と別れた小世は休日を持てあました。ほんとうになにもすることがない。引っ越してきた当初は、スマホに登録されている、顔と名前が一致する女友だちに電話をかけまくっていたものの、ある時期以降、そのなかの数人の声の響きに、小世らしく、面倒くさそうななにかを敏感に感じとってからは、さすがにむやみやたらに電話をかけるのが恐くなった。

 危ない、危ない。わたしとしたことが。暇を持てあましすぎて、あやうくイタイ女になりかけるところだったぜ。小世は乱暴にスマホをテーブルに投げ出して、ながれてもいない額の汗を拭った。もちろん小世には男友だちも何人かいたが、といって頻繁に電話をかけて勘違いされても困る。あいつらそういうのほんと抜け目ないんだから。

 彼氏がいたらちょっと違うんだけどな。自分のほうから別れ話をきりだしたのを小世はいまになって後悔している。新天地に期待しすぎたせいかな。まっさらな土地でまっさら生活を始めるんだって――。それがこのザマよ。

 でもたった二年で三度も浮気されたらねえ。クソが。いい、小世ちゃん、あんな男とはどのみち別れなきゃいけなかったの。いつまでも未練がましいこと言ってちゃダメなの。もっと素敵な彼氏みっけんの。誠実な彼氏を。わかった? うん。

 この思考パターンが休日ごとに頭をくるくるめぐって、そのたびに呪わしい浮気男の幻影を払い落とすかのように、小世は長い栗色の髪をぱたぱた振るのだった。

 それでも地元の大事な友だちとは折りを見て会いに行った。小中高のこっぱずかしい黒歴史をお互いの手のなかにがっちりグリップしあっている地元の友だちはやっぱり違う。待ちあわせた駅の前での熱い抱擁から日頃の田舎町のうっぷんの三分の一が抜け、バーで若い男性ウェイターのあまい香水の匂いを嗅ぎながら三分の一が消え、カラオケボックスでその残りがきれいさっぱり都会の隅々へと飛び散っていった。ふたたび駅前で別れの抱擁を交わすときには、小世は自分の職業が教師であることさえ忘れているくらいだった。

 でも休日ごとに片道二時間もかけて地元の友だちに会いに行くわけにもいかないから、大半は家でルームランナーで歩きながら、AbemaTVなどを観て過ごすのだった。ふう。つぎに転任の話が来るまで気が狂わなかったら、自分を褒めたげたいわ。小世は日曜日の晩になるとベッドのうえで毛布にくるまって天井の一点を見つめながらつくづくそう思うのだった。


    *


 赴任して二カ月ほど経った頃、自分の受け持ちのクラスに転校生が来るという話が小世の耳に入った。その子どもが幼稚園を卒業するまで都会で育ち、小学生になってから父親の転勤に伴って各地を転々としているという話を聞いたとき、小世はとっさに思った。――仲間だ。その子はわたしの仲間だ。どうかおねげえだすから、この気の毒なわての茶飲み仲間になって、田舎暮らしの都会モンの愚痴を聞いておくれやす。

 とはいっても相手は小学六年生である。二十四の自分と同じ視線で話すのがむりなことは小世だってわかっていた。しかし小世は都会育ちの子どものませた感性に賭けたかった。なんなら全財産をその一点に賭けて破産者になってもいい。この退屈きわまりない田舎町の慰めになってくれる可能性を持っているのはただその子だけなのだから。

 この町の子どもはいい子たちだ。それは小世も心から思う。都会の子どもと違って性格がとても素直だし、大人のいうことにいちいち批判をはさまず従ってくれる。都会の×キンチョたちとはほんと大違いだ。

 教員採用試験に合格して最初に配属された都会の小学校は、小世が子どもの頃に見た安っぽいハリウッドのホラー映画そのものだった。なにこれ。わたしが小学校を卒業してからいったいなにが起こった。小学校っていつからこんな無秩序な未来世界になっていたのだ。小世は打ちふるえながら思った。これじゃ手足くっつけたエゴが服着て歩いてるようなもんじゃねえか。

 小世は大学の授業でむりやり読まされたドストエフスキーの小説を思い出した。出てくる登場人物みんな好き勝手な理屈をこねくりまわして好き放題なことやって最後は神に判断を委ねる、みたいなチンピラ小説。×キンチョがその登場人物たちで、わたしはそのはた迷惑な神だ。正義の概念そのものの有意義さを疑っているくせに、神に正義の基準を設けてもらおうとする哲学的マフィアたち――。許されるなら×キンチョたちのその柔らかそうな頬っぺたをつまんで思う存分ぐるぐるまわしてやりたいぐらいだった。しかしいまとなっては小世はそういう刺激のあった都会の×キンチョたちが恋しくて仕方がない。そういう体質にされてしまったんだろか。

 ‥‥しかしその子どもが転校間近になって男の子と聞かされたときには、小世の目の前はまっ暗になった。冷淡な性格のくせに、わりと夢見がちな小世が都合よく頭に思い描いていたのは、見た目が中二くらいの、ティーン誌の表紙を飾れそうなくらいはっちゃけた女の子だったのである。

 子どもが転校してくる一週間前、小世は保護者とともにその男の子と事前に面談することとなった。他に誰もいない教室のドアを開けて親子が入ってきたとき、小世は肝心の子どもよりもまず母親のほうに目がいった。目がいかざる得なかった。ふだん自分が着ているのとタメ張れるくらいの趣味のいい服を着て、遠目でもブランド名すら特定できる華やかなアクセサリーの数々を全身にさりげなく散らし、幼少より都会という魔窟に全力で躾られたことがひと目でわかる、そのそつのない身のこなし方。小世は鼻息も荒く椅子から立ちあがった。小学六年生の母親であることと、痩せているだけになおのこと際立つ目尻の小皺を考えあわせると、確実に自分より十個はうえだろう。でも歳じゃない。センスなんよ。大事なのは、自分と同じ波長の電波を出していて、さらにそれに敬意を払うことのできるセンス!

 だが母親とは妙に話が噛みあわなかった。面談冒頭のぶなんな天気の話からしてちぐはぐな返答がかえってくる始末。しかも保護者さん相手のかしこまった言い方を、小世は何度もずいぶん噛みくだいて言い直さなければならなかった。

 旦那さんが大手食品会社の管理職で。順調に出世の階段を登っているその過程で。全国各地の工場に出向させられている。しかも今回は短い滞在になりそう。という単純な話でさえ、隣りに座っている小学六年生の息子の助けを借りずには、こちらにうまく伝えることができなかった。ありゃりゃ。こいつは判断を早まったな。ぬか喜びってやつだわ。話している途中で小世の身体から少しずつ力が抜けていった。表情には一ミリも出さなかったけれど。

 友だちの少ない典型的なパターンなんだな。小世は思った。こういうタイプの特徴として、ひどく話し下手である。うちら女子なんて喋ってナンボよ。それをこんな感じでこれまで切り抜けてきたんだとしたら、腕とか足とかにかなりの数の傷を負ってしまっているはず。

 でも、話を聞くかぎりじゃ、就職したあとすぐ結婚して家に入った感じだから、同年代の女子にあまり揉まれていないだけなのかも。うんにゃ。そうだとしても、気の遠くなるようなながい学生時代に、あれこれすったもんだはあったはずなんだけどな。

 あんまりそんな感じには見えないけど、この人ひょっとしたら、いわゆる「お嬢様学校」系とかだったか。大学で知りあったそういうとこ出身の女子たちはたしかにこんな感じだった。ビミョーにずれてる。どんな話題を振ってもトンチンカンな答えしか返ってこなくて、けっして自分から会話を広げようともしない。世間一般の女子にそういうお作法があるんだってことすら知らない感じ。そしていつのまにかやっぱり同じようなタイプの子たちとつるんでた。卒業するまで、その子らのチームとあんま喋ることもなかったけど、今頃どうしてんだろ。社会というこの広い海原をサヴァイヴする器用でワイルドでタフな女たちに背中を銃で撃たれて倒れてなきゃいいんだけど。

 小世はちょっとがっかりした。うーん。なんだろな。無人島に運よく小舟が流れてきたと思ったら底に穴があいてた。みたいなこの残念な感じは。

 とりあえず、携帯の電話番号は交換した。保護者の携帯の電話番号はすべからく押さえておくのが学校の慣わしでもあったのである。小世はなおも未練がましく、最後にちょっとした賭けに出てみる。

「なにか困ったことがあったら、遠慮なく電話してきてくださいね」

 相手が男だったら、ばっちりイチコロのここぞの必殺スマイルを浮かべて小世は言ったが、母親はいかにも気のなさそうな愛想笑いを浮かべただけだった。あやうく小世の必殺スマイルもその水準にまで落ちかける。旦那さんも口説き落とすのに苦労したんだろな。小世は、くだらないこと考えるな、というように自分の頭を拳でかるく小突いた。ええい。もうひと押しだ。

「プライベートな相談でもいいですから。わたしも都会からここに越してきたばかりで話し相手に飢えてますんで」

 ほら、わかりやすい餌だぞ。食いつけ。しかし小世の祈りもむなしく、母親はさっきから浮かべつづけている淡い笑顔をわずかに引きつらせただけであった。小世は心のなかで白旗を振った。この人ぜってえ自分からは電話してこねえな。まあ、べつにいいんだけど。しかし――子どもが風邪ひいて学校休むときとか、ちゃんと連絡してくんのかな。小世はちょっと心配になった。

 視線をずらして小世はこのときはじめて男の子の顔をちゃんと見る。子どもながらに結構なイケメンだった。目鼻立ちがくっきりしていながら、基調は薄味の落ちついた整い方。各パーツはそれなりに自己主張しているがうるさくない。なにより独特の雰囲気がある。結局これが最大の武器になるんよねえ。ふだんは生徒の顔のつくりなんて、男女ともにほとんど意識することもないが、こうして例外的な立ち位置の男の子の顔を見ると、同年代の男の子たちの顔が、いかにだらんとした、締まりのないものであるかがよくわかる。

 小世はおそらく子どもには通じないであろう、あなたのお母さん手ごわいよねえ、という、複雑な趣向を凝らした笑顔を浮かべてみせる。すると男の子は、こんな母ですみません、でもわるい人じゃないんです、という、これまた複雑な趣向を凝らした笑顔を返してきた。

 は?

 小世は目をぱちくりさせてから男の子の顔をじっと見る。まさか。そう見えただけよね。やだ。わたし、疲れてんのかな。小世は頭を振ると、母親の携帯の電話番号を書きとめた茶色い皮革の手帳をぱたんと閉じた。そして自分の携帯に登録するのは家に帰ってからでいいかなと思う。

 しかし小世はそれがどうしても引っかかって、ふたたび手帳を開き、指に挟んだままのボールペンでなにかを書こうとする振りをする。親子は小世が手帳を閉じるのを行儀よく待った。小世が思案するようになお天井のほうに視線を投げかけて粘っていると、しばらくしてからふたりは晩ごはんのことを話しはじめた。

 小世はさりげなく男の子を観察する。母親と話している男の子の横顔は、端整な点をのぞけば、そこらへんにいる男の子たちのあどけなさとあまり変わりばえしない。フツーの男の子、といった感じ。だよね。小世はほっとする。しかしこの子、横顔も整ってんのね。小世は意味もなく、うんうん頷いた。よく見ると母親の横顔も同じくらい整っていた。美人の息子はたいていイケメンなんだよねえ。小世は世間のその鬼の鉄則に感心することしきりだった。でも。子どもなんだよねえ。しょせんは子どもなんだよねえ。小世ちゃん残念だよねえ。


    *


 そんな感じで、母親とはとてもウマがあいそうもなかったのに、なぜか悠と小世はやたらと気があった。最初のうちこそ、母親へこまごまとした連絡事項があるために話していたものの、そのうち、小世は悠と話すこと自体が楽しくなってきた。

 いや、正確にいうと、悠がこちらにあわせてくれている感じではあった。小世もちゃんとそのことに気づいた。人生の航路を、大陸の制覇に喩えれば、その六つの大陸のうち、この齢にしてもう四つくらいの大陸はすでに渡ってきた小世を、そうやすやすと欺くことはできない。いかにも小世の性格に合わせて、そつなく対応してくれているみたいな感じ。こっちもこっちで担任の先生という立場なわけだし。邪険にはできないのだろう。

 ところがややこしいことに、悠もこっちがうすうす気づいてるのにやがて勘づきはじめ、日を追うごとに、目に見える感情の境界線みたいなものを丁寧に消していくのだった。小学六年生の子どもとは思えない巧妙さで。

 しばらくのあいだ小世は役者の舞台稽古を見守っているマネージャーのような気分であった。稽古につきあって数週間ほどはまだ役者の素顔が見える。役柄の衣装をつけたまま、コンビニに買い出しに行くよう命じられてもまったく違和感がない。だがそのうち本物みたいに見えてくる。千人の家来を率いる将軍が、なぜ『週刊新潮』を読みたいのだろうと一瞬本気で思えるくらいに、役に馴染むのだ。――悠はまさにそんな過程を経て、過剰なほど警戒心のつよい小世の心にふわふわと潜りこんできたのだった。

 悠は母親と違って会話もうまかった。子どもだからこう返してくるだろうという予想の、斜めうえの言葉がつねに返ってくる。それがまた憎たらしいほど女子の「お心」のツボをきちんとおさえているのだ。また子ども相手なだけに小世もついつい警戒心を緩めてしまう。

 前の都会の小学校にもいなかったタイプよね。小世はほとほと感心した。そしていつのまにか、悠のペースに乗せられまいとする小世の警戒心も完全に解けてしまった。警戒する必要もないと判断したのだ。まあ小学六年生だもんね。腹に抱えた一物と、下半身のそれが一直線に繋がってる都会の同年代の男どもを相手にするのとはわけが違うんだから。そんなにびちっと心に非常線のテープ貼らなくてもいいんじゃね。小世は悠の言ったジョークに笑いながら、ふと思う。――しかしまあ、ホストクラブにはまるのってこんな感じなのかな。って喩え悪すぎるぞ。

 そんなわけだから、クラスメイトの女子にももてる。もてて当然だ。何人かの競争相手の心臓にぐいとナイフ突き刺してでもゲットしなきゃなんないレア男子だもの。しかしそこは朴訥とした地方女子、悠の振りまく全開の都会っ子オーラに気圧されて、いまはまだ遠まきに様子を見ている感じだ。悠もこの年代の男の子らしく、クラスメイトの女子には若干つんけんした態度をとっているので、彼女たちもへたに近づけない。

 小学六年生といえども女は女である。いっちょまえにやっかむ。だがこうして悠と頻繁に会話をしていても、いまのところ小世は彼女たちから嫉妬の視線を感じたことはない。そこはひとまわりも年の違う大人枠、彼女たちも大目に見てくれているのだろう。子どもの余裕、というわけだ。

 しかし例外がひとりいた。おかっぱ頭に太い眉、頬にそばかすの散らばっている背の低い女の子が、そのおおきな丸い瞳を平たく潰しながら、もの凄い形相で、悠と話している小世を睨みつけている。わざわざそちらに目を向けなくても、小世にはさっきからその気迫がむんむんと感じられる。

 小世はおそるおそるその女の子を見る。どちらかというとこわいもの見たさだった。花はちょうど小世から視線を落としていた。机のうえに置いたリュックに貼ってあるキティちゃんのシールを拳でぐりぐり押している。キティちゃんの顔がめりこむ。気の毒なキティちゃん。日本全国の小学生の女の子の手にあるキティちゃんのグッズのなかで、そんな目に遭っているのはたぶんこのキティちゃんだけだろう。

 花がゆっくりと顔をあげる。その血に狂った殺人鬼のような目が小世の目をがっしり捉える。ひええ。まただ。小世はすぐに目を逸らして、びくっと身体を震わせる。なんでいつもそんな目で見んのよ。まるで視線からビームが出せるんならとっくにお前なんか殺してやってるわよ、みたいな表情じゃんか。

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