第20話

 朝になると影丸は元気そうに俺の枕元でぴょんぴょんと跳ねていた。

 そうだ。このことを師匠達に報告しなくては。

 そう思ってスマホでメールを打った。

「師匠へ。俺の影が大分小さくってしまいましたが、戻って来ました。今日、カフェに午後二時くらいに行く予定です。よかったら見てやってください」

 するとすぐメールの返信があった。

「消えた影が戻って来た? わかった。二時に会おう」

 さあ、先に葛さんの仕事を終わらせよう。

 朝ご飯はそこそこに食べ、歯を磨いて顔を洗って身支度を整える。

 そして影を肩に付かせ、以前葛さんに貰った名刺の裏の地図を頼りに店へ向かった。


 葛さんの働いている店に着くと、葛さんが既に店の外で待っていてくれた。

「おはよう。ごめんなさいね。こんな朝早くに。あら、その肩の影は……? 新しい影?」

「俺、影丸! 前と同じ影! 気が付いたらこんなに小さくなってた!」

「へえ。不思議なこともあるものね。てっきりもう消滅しちゃったのかと思ってたわ」

 そこで俺は葛さんに本題を切り出した。

「それで、その影と言うのはお店のどこに?」

「女の子達の待機室よ。実害はこれと言ってないんだけれど、邪魔だから、退治してくれない?」

「わかりました。案内お願いします」

「こっちよ」

 葛さんは店の奥へと案内してくれた。待機室はロッカーが複数あり、ヒールやドレスがそこら中に置かれていた。

「片付いてなくてごめんなさいね。あ、ほら、あの影よ」

 葛さんは待機室の一点を指差した。

 そこには大きな黒い影が立っている。負の感情を食べている感じもしないし、そんなに難しい影ではないだろう。

 そう思って気で作り出した刀を使って、影を斬ろうとすると影はうねうねと蠢き始め、耳障りな叫び声を上げた。

「つ、葛さん。こんなこと、今までありましたか?」

「ないわよ! ね、私気持ち悪くなってきちゃったから、部屋の外で終わるのを待ってるわ。ごめんなさいね」

 葛さんは逃げるように待機所から出て行った。

「人間、食う。退魔師、食えば、強くなる」

 影はそんなことを言いながら、こちらに触手のようなものを伸ばしてきた。

 俺はそれを避け、次から次へとやってくる攻撃を全て躱す。軽い身のこなしに、自分でも惚れ惚れするくらいだ。

 そして再び気で刀を作り、影を斬った。

 影はおぞましい叫び声を上げて消えた。

 影丸はその消えていった影の残骸を食べ、少しばかり大きくなったが、元のサイズに戻るのにはまだまだ時間が掛かるだろう。

 今回は、案外簡単な仕事だった。

「葛さん、終わりましたよ」

「早っ! ありがとう。困ってたのよ。雫に頼むともっと時間が掛かっていたかもしれないわね。本当にありがとう。じゃあ、お店の外まで見送るわ」

「はい」

 葛さんに見送られながら、俺は街へと繰り出した。


 さて、まだ十時か。久しぶりにウィンドウショッピングでもしてみようか。

 そう思って街中を歩くと、影がうようよとしていて、とても楽しめないと思い、影丸にこっそり耳打ちをする。

「影の数が多くて支障が出るから、今から見えなくするな。カフェに着いたら、また見えるようにするから」

「わかった」

 その答えを聞いてから、俺は視界のチャンネルを変え、影が見えないようにした。

 メンズファッションの店に行くと、店員が明るい声の調子で「いらっしゃいませー」と言う。

 何か買ってみようか。そういえばユウカさんに「見た目も大事よ」と言われたことがあったな。

 そう思い、何か買おうと決め、物色し始めるも、センスが皆無なため何を買えばいいのかわからない。

 俺は近くの店員に声を掛ける。

「すみません。ファッションセンスないんで、ちょっと俺に似合う服教えてほしいんですけど」

 そう言うと店員はにこやかに微笑み「左様でございますか。では、まずは採寸させていただきますね」と言って、メジャーで俺の腰回りだとか腕の長さだとかを測定された。

「お客様は大体Mサイズでございますね。大体どこのブランドのものでもMサイズなら着られるはずです。少々窮屈に感じましたらば、Lサイズをおすすめします。それでは次にお好みをお聞きしたいのですが、何かお好きな色や取り入れたいデザインなどございますでしょうか」

「いや、本当にわからないので……。お任せします」

 ファッション雑誌を買ってからの方が良かっただろうかと、少し思った。

「わかりました。では、上から下まで一式コーディネートさせていただきますね!」

 店員は店の中をぐるぐると回って服を何着か手にした。そしてそれを俺のところまで持ってきて「あちらの試着室でご試着ください」と言われたから、試着をしてみた。

 着てみると着心地が良いだけでなく、鏡の目の前にいる男、つまり俺がいつもよりも格好良く見えるのだ。

「いかがですか?」

 店員がカーテン越しに聞いてくるから、俺は「とても良いです。これ全部買います」と言って、元の服装ではなくそのまま試着室のカーテンを開けた。

「これ、このまま着ていきたいんですけれど、いいですか?」

「とてもよくお似合いですね! よかった! わかりました。では、タグなどを外させていただきますので、一度元のお洋服を着ていただけますか?」

「わかりました」

 再び元の服を着る。鏡を見るとどうにももっさりとした男が立っていて、やはり洋服の力というものは凄いのだと再認識させられた。

「それではお先、お会計の方、失礼しますね。レジの方へどうぞ」

 俺はレジで財布を開いた。一万円札が三枚。足りなくなることはないだろう。

「では合計で二万六千二百円になります」

「三万円でお願いします」

「はい、三万円、お預かりします」

 正直驚いた。この店が高級志向なのかはわからないが、服にそんなにお金を掛けたことなどなかったから、ちょっと心臓がどきどきしている。

「タグ、全て外させていただきましたので、試着室にてお召しになってお帰りください。ありがとうございました」

 試着室で服を着替え、俺はカフェに向かった。買い物をしていたら既に十二時と、太陽が真上に出ていたのだ。

 この服を、誰か褒めてくれるだろうか。淡い期待を持ちながら、俺はカフェに向かった。

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