第19話

 家に帰ると、暗い部屋が俺を待っていた。

 ぱちんと灯りを点ける。いつもならうるさい影がいない。

 やはり、いなくなってしまったんだなあと、ようやく影がいなくなったことを受け入れられたような気がする。

 お風呂に入り、寝間着を着て、その日はもう寝ることにした。

 明日、葛さんのお店に行って影を退治せねばならない。だから、早めの就寝は大切だ。

 眠くて仕事が出来ないなど、言語道断だと思う。

 そして俺は灯りを消して、ゆっくりと目を閉じる。

 脳裏に斬られた影の姿が浮かんだ。

 どうにも寝苦しくて、横を向いたり、足をもぞもぞと動かしたが、なんだか落ち着かない。

 ……影の気配を感じるのだ。

 灯りを点け、見てみると小さな影が俺の近くで俺の負の感情を食べていた。

「俺だよ! 俺!」

 影は気さくに話しかける。このざらりとした耳障りな雑音の声は、もしかして……。

「お前、もしかして、俺の影か? でも、どうして。あの時消えたじゃないか」

「気づいたらここにいた! 俺、随分小さくなった。でも、生きてる」

 俺は影を抱き締めた。この際気持ち悪さなどどうでもいい。

「お前には凄く助けられた、ありがとう。本当にありがとう」

「照れる。これからも、お前と俺、友達?」

「ああ。当然じゃないか!」

「嬉しい。俺、お前と友達」

「友達だ。そうだ。ずっと前に約束していたことを今しよう」

「約束? 何だった?」

「お前の名前を付けるんだよ」

 影はそれを聞いてぴょんぴょんと跳ねる。手乗りサイズ程度の大きさの影に、どんな名前を付けようか。

「俺、格好いいのがいい! 色男だろ、俺!」

「そうだな」

 俺は考える。どんな名前がいいのかを。

 そうだ。鬼を斬る時に手助けしてくれたから「鬼斬り」でどうだろうか。

「鬼斬りなんてどうだ?」

「おにぎりみたい。でもちょっと格好いい。他に候補はないのか?」

「シンプルに影丸なんてどうだろう」

 影はぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「影丸! それがいい!」

「よし。決まりだな。今日からお前は影丸だ!」

「俺影丸! 影丸!」

 嬉しそうな影に、俺はそっと言う。

「さあ、寝よう。明日は仕事なんだ。お前も来るだろう?」

「勿論! おやすみ! 強!」

「ああ。おやすみ」

 今度は、布団に入ると心地良い眠気が襲ってきた。

 そのまま意識は黒くなり、思考することが出来なくなり、眠りに就いた。


 変な夢を見た。

 前にも見た、黒い影が俺を追いかけてくる夢だ。

 だが、追ってくるのは影丸だった。

「親友は食べてもいいんだ」

 下手したら俺が食われてしまう。そう思って逃げて逃げて、逃げ回る。

 だが、影丸はそんな俺を嘲笑うかのようにぴったりとくっ付いて来るのだ。

「でも」

 ぴたりと影丸の足が止まった。

「せっかくの友情、ここで終わりにはしたくないな」

 そう言って、立ち止まった。

 俺はその隙に逃げ出そうとした。だが、逃げる必要などもうなくなっていた。

「俺達は、どちらかが消えるまで、死ぬまで、友達だ。死んでからだって……」

 そう言ってやると、影丸は大きく頷いて、俺を抱き締めた。

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