第18話
完全に空が暗くなると、師匠はポケットから懐中電灯を取り出して辺りを明るくしてく車があるところまで歩いて行った。
車に入ると疲れがどっと出た。同時に、虚しさも。
帰りはとても話す気にはなれなくて、皆無言だった。
そしてカフェ、今の時間はバーだが、いつものユウカさんのお店に入ると、先客が一人いた。
小原さんだ。
師匠は畏まって小原さんに話しをする。
「師匠、今日、大きな仕事をしてきました」
「何をしたのかは風の噂で聞いているよ。大変だったね。それに、強君にも。いつも付いている影がいないから、ひょっとしたら消えてっしまったのではないかと、私は思っている。もしよければ、どうしていなくなったのか、聞かせてもらえないだろうか」
俺は話した、影が俺を守ろうとしたり、鬼を倒すために自ら着られると知りながらも敵を羽交い絞めにし、一緒に斬られたということを。
話していく内に何故だか涙が溢れて、鼻を啜っていた。
「君と影の関係を疑ったりして悪かった。そういうことも、あるんだね。この年齢になって初めて知ったよ」
そして認められる。
「君達に、友情はあったのだろうな」と。
そのこと言葉を聞いた途端、涙が溢れ出し、情けないが泣き出してしまった。
ユウカさんはただならぬ状況に、温かいおしぼりを出してくれたり、ウェルカムドリンクを足してくれたりした。
そこでお腹がぐぅと鳴いた。
どんなに悲しくとも腹は空くものらしい。
「お通し、オリーブにするわね」
ユウカさんのその言葉に、優しさを感じられた。
皆の前にオリーブが小皿に乗っていて、ウェルカムドリンクのハーブティーに口をつける。うん。甘すぎず、すっきりとした爽やかな味だ。
それを飲むと心もぽかぽかと温かくなり、合から次へと影との思い出が出て来た。
最初は気持ち悪かったのに、段々友情のようなものを感じて、最後には友情と認められ、そして、さようならをした。
師匠はいつも通り、軽食を食べ、オリーブを美味しそうに食べる。
それを見ると心が安らぐのだが、心の穴は埋まりはしあない。それだけ、あの影は俺にとって大事な友達だったのだ。
「何はともあれ、全員無事に戻って来られてよかった。……君の、影は残念なことになったけれど」
「いいんです……。もう……」
そうだ。あの状況ではあれがベストだった。影がいなっければ、共闘してくれなければきっと今の俺達は皆魂を食われていただろう。
「私は最初、影との友情はないと否定したが、あれは間違いだった。君達には、友情というものが確かに存在していたと、私は思うよ」
師匠のその言葉に涙が溢れた。
ああ、ダメだ。もうあの影に会えないと思うと、泣けてくる。
「次も、影の友達を作るのかい?」
そう聞かれ、俺は鼻を啜って言う。
「いいえ。影の友達は、あいつだけです。俺の友達は、あいつだけでした……!」
最初は気味が悪くて、気持ち悪くて仕方がなかった。勝手に人の負の感情を食べたり、抱っこをせがんできたりもした。
思い出せば、思い出す程、影の最後の言葉が浮かんでくる。
影も、友情を感じていてくれたのだ。
師匠達は人間と影の間に友情はないと最初言っていた。知能が高いから人を騙すことを覚えるかもしれないとも言っていた。でも、俺の影は騙したりなどしなかったし、友情は確かにあったのだ。
「君には、辛い想いをさせてしまったね」
師匠はぽつりと呟いた。その言葉は俺にしっかり届いていたが、何も言わなかった。いや、言えなかった。
「もう。暗い雰囲気はもうお仕舞い! さあ、ご飯でもどう? パスタならすぐ出来るけれど」
ユウカさんの言葉で、俺は少しだけ、影がいなくなったということから離れることが出来た。
「はい。パスタ、食べたいです」
「私も」師匠が言うと、雫さんが手を上げておちゃらけた感じで口を開く。
「あ、じゃあ、私も!」
「待ってて、今作っちゃうから。ソースは何が良い? 決定権は強君ね。一番頑張ったみたいなんですもの。そのくらい決めていいわよ」
パスタはあまり食べたことがなかったから、どんなソースがあるのかわからなかった。
「ソースって、どんな種類があるんですか? おすすめは?」
「ミートソース、たらこ、和風、ジェノベーゼ。おすすめはジェノベーゼね。さっぱりしてるのよ」
「じゃあ、それで」
「はあい。じゃあ十分くらい待っててね」
今日は珍しく、全員カウンター席に座っている。
俺の隣には師匠、小原さん。雫さんは師匠の隣に座っている。
「そうだ。花開院。彼に聞いたのかい? こんなことがいつもあるのが、退魔師なのだと」
「ああ、そうですね。聞かなくては」
何の話をしているのだろう。そう思っていると、師匠がこちらに話しかけて来た。
「強君。退魔師というのはいくつもの影との出会いと別れを経験する。今日のように、仲のいいと言ったら語弊があるかもしれないが、君にとって特別な影であっても、別れは必ずやって来る。それでも、君は退魔師になりたいか?」
「……大丈夫です。俺にとって特別なのは、あの影だけだったから。それに、もしこれからそういう影と出会ったら、今度は守れるようなりたいんです! 退魔師になります」
「そうか。君がその気がなければ貰った月謝を返して、普通の生活に戻してあげようと思ったのだが、どうやらその必要はないらしいな」
「ええ。俺、結構意志が固いんですよ」
「それは結構なことだ」
そこで小原さんが口を挟む。
「お前と同じようなものだな、陽介。お前も意志が固く、随分早く成長して、あっという間に独立してしまった。強も、きっとその内いい退魔師になれることだろう」
「えー、私は?」
そう雫さんが言うと師匠は「お前もだけど、お前はまだまだ世間のことを知る必要があるな。でも退魔師としては、よくなってきたように思える。弟子もいるしな」と笑って言っていた。
「やったー! 先生ありがとう!」
テンションの高い雫さんはユウカさんに注文をした。
「何かカクテル、全員分出して! 飲み物のお金は私が持つから!」
「あら、それはいいけれど、小原さんと花開院君は結構飲む方よ。あっと言う間にお金がなくなっちゃうから、最初の一杯分だけにしておきなさいな」
「そういえばそうか。じゃあ、最初の一杯は私の奢りです! 皆たくさん飲んでね!」
「わかったわかった」
師匠が投げやりにそう言って、宴は始まった。
「はい。パスタよー」
ユウカさんがタイミングよくパスタを出してくれたお蔭で、お酒を少しずつ飲んで食べることを楽しむことが出来た。
そこに、ドアが開いてカランとベルの音がした。
「あ、雫に花開院さん達……退魔師大集合してるじゃない。何、今日何かあったの?」
入って来たのは葛さんだった。仕事帰りなのか、胸元が見えそうなきらきらした青いドレスを身に纏っている。
「やあ、葛」
師匠が手を上げて挨拶をした。
「ねえねえ、どうして今日はこんなに退魔師が一度に集まっているの?」
「それは……」
師匠が言おうとすると雫さんが先に答えてしまう。
「今日、もの凄く強い影を倒したからその打ち上げなの! 小原さんは先にお店にいたんだよ!」
「へえ、私も混ぜて頂戴よ」
そう言って葛さんは雫さんの隣に座った。
カウンター席はもう一杯だ。
雫さんはこんなことがあった、師匠が危なかった、弟弟子が頑張ってたと、いろいろと葛さんに話す。それこそマシンガントークでだった。
「……ええ、何となく大変そうなのはわかったけれど、雫話すの下手ねえ。それじゃあ、何言ってるのかわからない人もいるわよ。きっと」
「そう? えへへ。ごめんね」
「ま、いつものことだからいいけれどもさ」
ユウカさんは葛さんにオリーブを渡した。
「これ、今日のお通しよ。何飲む? それとも何か食べる?」
「あー、今日は仕事でお酒飲みまくったからいいわ。パスタ、私も食べたいな」
「わかったわ。ジェノベーゼでいい?」
「もちろん」
「じゃあ、十分程待って頂戴ね」
ユウカさんはそう言って調理を開始した。
「あれ、強さん。もしかして今、前に一緒にいた影、いないの? 何も見えないのだけれど」
「ああ……。彼は、僕達を助けて消えてしまったんですよ」
「どういうこと?」
俺の口からもう一度、今日何があったのかを話した。すると葛さんは納得したようで、何度も相槌を打って聞いてくれていた。
「あ、そういえば俺、影との約束、守れなかった……」
「え? 約束?」
全員が俺を見た。
「いつか名前を付けてやるって、そう言ったのに、名前を付ける前に消えてしまった……。こんなことなら、もっと早く名前を付けてやればよかった」
そう言っているとユウカさんがアイスを俺に渡してきた。
「影は、幸せだったと思うわ。私はわからなかったけれど、最後に楽しかったと言ってくれたのはきっと本心よ。これ、食べて。サービスだから。影との思い出でも何でも思い出すなり、忘れるなり、好きにすればいいわ。人間って強い生き物でね、一度挫けても立ち上がれるの。だから、あなたもきっと立ち上がれるわ。今はどんなに暗い闇の中だとしてもね」
出されたアイスを食べる。何故だか涙が流れた。
「美味しい……、美味しいです……」
ぽろぽろ涙を零していると、ユウカさんがハンカチで俺の目元を拭いてくれた。
「辛いこと、全部ここで吐き出しちゃいなさい。ここに居る人は、皆そういうのを経験しているから」
しゃくり上げながら、俺は泣いた。影のことが、あまりにも悲しかったのだろう。自分でも理解出来ない程、涙は次から次へと溢れ出ていた。
「葛ちゃん、はい。パスタよ」
ユウカさんは手慣れた様子で、俺をそっと見てから、葛さんにパスタを渡していた。
どうやら俺のことは皆放っておいてくれるらしい。その方が助かる。
しばらくすると涙も枯れ、会話に混ざることも出来るほど回復出来た。
「ねえねえ、うちの店ね、影がいるから誰か影退治してくれない? 実害は今のところ出てないんだけど、うざったくてさあ」
葛さんがそんなことを言うもんだから、師匠が「ああ、じゃあ、強君にお願いしようかな。大丈夫。彼は新米だけれど、この中で誰よりも度胸もあるし、努力もしている」
「え、俺がですか」
鼻をかんでからそう聞くと、師匠は「出来るはずだ」と言って手の中のグラスの氷をくるりと回した。
「ついこの前見えるようになったのに、もう退魔師として立派に働けるのね。凄いわ」
葛さんは驚いていた。いや、それは過大評価だと思うと言いたかったが、師匠が「そうなんだよ」と肯定するものだから違うと言えなくなってしまった。
そもそも、これまで上手くいっていたのは影がいたからで、独りぼっちで仕事をしたことはない。
師匠もそれをわかっているはずなのに、何故そんなことをさせるのだろうか。師匠のことがよくわからなくなった。
その日は、盛り上がり、二次会に行こうという話も出たが、師匠は明日朝から仕事だし、小原さんは若い子にはついていけないと出る気はしないし、葛さんは仕事で疲れたと言って、皆二次会は行けないということで二次会はなしになった。
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