第16話
朝、目が覚めると、影が俺の肩について「お前、あまりよくない夢見てただろ。負の感情、出てたから食ったぞ」と俺に報告した。
「まあな。嫌な目覚めだ」
嫌なことに、夢の内容をはっきりと覚えすぎているのだ。
段々と形が崩れていく俺の影、強大な敵、何も出来ない俺。師匠の背中、隣にいてくれる雫さん。全てが現実ではないかと思うくらい、鮮明に、くっきりと覚えていた。
時間を見てみると午前十時で、そろそろ出かけた方がいいなと思い、支度をして家を出た。
カフェに着くとまだ開店していなくて、ドアの前でユウカさんや師匠を待っていると先にユウカさんが現れた。
ユウカさんは店にいる時とは違い、普通の男の人の恰好をしていた。
「あら、強君。待たせちゃった? ごめんなさいね」
それでも口調はオカマのままだが。
「さ、入って入って」
ユウカさんは店の鍵を開け、中へ入れてくれた。
「まだ空調とか設定してないから肌寒く感じたり、逆に暑く感じたりするかもしれないけれど、そうしたら言って頂戴ね」
「はい」
俺はいつも座っているカウンター席に腰を落ち着かせる。
やはり、ここが一番しっくりと来るのだ。
「飲み物は何を飲みたいかしら? あるものだったら出すわ」
「ありがとうございます。じゃあ、眠気覚ましにコーヒーをお願いします」
「コーヒーね。わかったわ」
ユウカさんはコーヒーメーカーでコーヒーを淹れ始める。
その間に店の奥に入っていき、こちらに戻って来た頃にはすっかりドレス姿で化粧もばっちりしていた。
「いやー、まさか強君にすっぴん見られちゃうとは思わなかったわ」
「すっぴんでも十分綺麗ですよ」
「やだもう!」
これは本音だ。肌は綺麗だし、色も白く、化粧などしなくても美しいと、俺は思うのだ。
「はい。コーヒー。ミルクとガムシロップいる?」
「あ、ブラックで結構です。ブラック以外は何だか好きじゃなくて」
「そうなのね。覚えておくわ」
落ち着いた空気の中、俺はコーヒーをゆっくり飲みながらスマホで特に意味もなく、ニュースを見たり、アプリゲームで遊んだりしていた。
その内、ドアのベルが鳴り、来客を告げる。
見てみるとその人は師匠だった。
「師匠!」
「やあ、強君。待たせたね」
「大丈夫です。待ってる時間も楽しいものなんですよ」
「それならよかった」
「そういえば、この前師匠の師匠、小原さんと出会いました」
「小原師匠に? へえ。何か言われたりしたかい?」
「影について、少し」
「そうか。ああ、そうだ。早速仕事の話をしてもいいかな?」
「あ、はい。どうぞ」
俺は隣の席を指差すと、そこに師匠が座った。
「もうすぐ雫も来ると思うが、雫には既に話してあるから。強君にも教えなければね」
師匠が鞄を足下に置くと、ユウカさんが手を叩いて注目を集めた。
「はいはい。仕事の話もいいけれど、飲み物注文して頂戴よ」
師匠は「じゃあ、ミルクコーヒー」と言って、ユウカさんはすぐさまミルクコーヒーを作って師匠に渡した。
「花開院君が来ると思って、多めに作っておいたのよ。さあ、熱い内にどうぞ」
「ありがとう、ユウカさん」
師匠は軽く一口、ミルクコーヒーを飲んだ。
「相変わらず、美味しいね」
「やだー。お世辞言ってもオカマしか出てこないわよ! ほら、仕事の話するんでしょ。早くしちゃいなさいな」
「そうだった」
師匠はばさりと資料を俺に渡してきた。
古い新聞のスクラップであったり、行方不明者のお知らせであったりと、その数はファイルにぎっしりと詰まる程の多さだった。
「師匠、これって……」
「今日の仕事がこれなんだ。昔からあったここら辺の行方不明者が出るという、言ってしまえば神隠しの原因。つまりは、この辺りを仕切る影に隠れて出てこなかったもう一つの強力な影を、今回、退治しに行かなければならないんだよ」
「えっ。そんな、俺、そこまでまだ力ないです」
「防護壁だって、気の刀だって、一人で……影と特訓してさっさと習得してしまったじゃないか」
「それとこれとは話が別です! こんな大きな仕事、僕にはまだ出来ません」
「出来ないんじゃない。やるしかないんだ。私の弟子だろう」
そこへベルの音が鳴り、来客を告げた。
見てみるとそこには雫さんが浮かない顔をして立っていた。
「やあ、雫。こっちにおいで」
師匠は自分の隣に来るようにと言い、彼女はそれに従った。
「あの、先生……」
雫さんは恐る恐るといった様子で師匠を見る。
「うん?」
「私、この仕事、お受けしたくないです……。私、強さん程才能ないし、それにこの前影が痛いって……痛覚があるって、思ったから……だから」
「無理強いはしないよ。この仕事を突然辞める人も当然いるし、雫は悩んでいるんだよね。でも今回はどうする? 同行だけでもするかい?」
「同行はします。でも、戦えるかは、ちょっと自信ないです」
「戦うことはこっちに任せてくれていい。ただ、自分の身は自分で守ってくれ」
「はい。わかりました」
「強君も、自分の身は自分で守れるね?」
「はい」
「よし、では強君が、資料を読み終えたら出発しよう。今回は私も自信がない。だから、共闘してくれる影も迎えに行くからね」
「わかりました」雫さんと俺の声が重なる。その覇気に、差はあったが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます