第14話
奇妙な夢を見た。
これは夢だとわかる夢だ。
俺についている影が、俺の前に立ち、俺に話しかける。
「友情、感じる。お前だけ特別、食わないでいてやる」
どろりとした影の腕が、俺の肩に触れる。
何度経験しても慣れない感触だ。
「約束だ。俺とお前、友達。絶対、友達のままでいたい」
そう言いながらも影は大きく、俺を包むほどの大きさになった。
「お前に憑りついて、一生守ってやる」
目が覚めると、午前三時だった。
嫌な夢を見た。そう思い、ベッドから抜け出し、冷蔵庫のミネラルウォーターを飲む。
影との友情はない。師匠も、その師匠も言っていた。だが、こういったことは珍しいケースであることに変わりはない。
「おはよう、強、今日もカフェに行くのか?」
「まあね。もう日課みたいなものだよ。居心地がいいんだ」
「俺あそこ苦手。俺のこと斬ろうとするやつがいるから」
「大丈夫、俺が守ってやる」
「俺達、友達だよな?」
影のその言葉に、俺はこくりと頷いた。
影との友情なんてない。退魔師になってから何度も聞かされた言葉だ。
だが、もしかしたら、友情というものも芽生えるのではないかと、思ってしまった。
「お前に危険があったら、俺がそいつを食らってやる。安心しろ」
影のその言葉が、とても心強かった。
それからしばらく経ち、今日は師匠に言われて一人で仕事にやって来た。下級の魔物、影を退治するという内容だ。
場所は踏切で、誰かが亡くなったのだろう、花束が供えられていた。
俺はそれを横目に見ながら、影を探した。
カンカンカンカンと、踏切が閉まる音がする。一歩下がり、電車通るのを見送る。
踏切が再び開いたところで、影がうろうろと蠢いているのを見つけた。
俺はその影に向かって話す。
「やあ、君がここで事故や自殺を仄めかしている影だね。どうだろう。ここから移動して静かな場所に行かないか?」
影は耳障りなノイズの声を発する。
「俺、ここに縛られている。動けない。どうしたらいいかわからない」
まるで人間のような口ぶりに、俺は恐怖を覚えた。
「出来たら穏便に済ませたいのだけれど、君は地縛霊のような影なんだね。俺の影に手伝ってもらって、ここから離れてみよう」
俺の影は「えー、面倒だな」と言ったが、それを無視して俺は自殺を仄めかしている影に向かって言う。
「どうしてここでなければいけないのか、考えてみた?」
「俺、気づいたらここにいた。人が死んでいく。その魂や負の感情を食らうことで、生きていた。だから、もしかしたら俺、昔は人間だったのかもしれない。俺も、電車に轢かれて死んでいたのかも」
「影が元人間……? 聞いたことないな。なあ、影、人間が影になることってあるのか?」
俺の影は背後から俺の目の前に移動してこう言った。
「幽霊、影、皆同じ。痛覚あるのも、生きていた頃の名残り。だけど、覚えてないのは何故だかわからない。最初は意思がない。でも段々意思が芽生える」
「そうか……」
さて、この影をどうしようか。このままここにいさせては、また自殺者が出てしまうだろう。俺は俺の影に言うことにする。
「何が最善だと思う?」
「うーん、俺にそれを聞かれても。動けないのなら消してしまえばいい」
……少し前まで、俺の影は仲間である影を消すことを躊躇していたというのに、今あっさりと消してしまえばいいと言った。どういう心境の変化なのだろうか。
だが、他に解決策はない。俺は俺の影に頼む。
「食べてしまって」
それを聞いた踏切にいる影は「食べられたくない」と暴れ始めた。
供えられていた花束は一気に枯れ、靄が出始めた。
動けないなら、他に手がないだろうと踏んだのだが、影に聞こえるように言ってしまったのは失敗だった。
それを俺の影は笑いながら「お前、下手クソだな」と手を叩いていた。
「笑ってないで何とかしろよ」
「こいつ、本当に食ってもいい?」
俺の影がそう聞くから、俺は「食ってくれなきゃ困る」と言った。すると俺の影は見る見るうちに大きくなり、激しく抵抗する影をまるでお菓子を食べるかのように一口で踏切の影を食べてしまった。
「これでいいだろ。俺、仲間よりお前好き。お前のためなら何だってしてやる」
「ああ、ありがとう」
やはりこいつには、友情のようなものを感じる。だが、師匠も、そのまた師匠も友情などないと言っていたが、俺はそうは思わない。俺と俺の影には、何か不思議な、友情という縁があるのだ。
スマホで師匠に連絡を入れる。
「もしもし。花開院師匠ですか?」
「ああ、強君だね。仕事、終わったのかい?」
「はい。仕事終わりました。影に頼んで、一口で食べてもらって終わりにしました。暴れそうだったのですが、俺の影がそれを抑える間もなく一口でぱくりと」
「ふむ……。やはり君の影は危険だな。暴走しないように、きちんと見張るんだよ。そしてもし、暴走したら私に必ず連絡をくれ。私が退治しに、私の知る限りでの強い影を連れていこう」
「そんなことにはならないと思いますが、気をつけます」
そう言って、スマホの通話を切った。
誰が何と言おうと、俺と俺の影の間には、友情がある。それは不変のものであると、俺は信じたい。
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