第12話
カランカランと、ドアのベルが鳴り響く。
入って来たのは葛さんだった。
「こんにちは。あ、丁度いいところに強君がいる」
葛さんは背後に人影を背負っていた。
「ねえ、これ払えない? 私に付いてきちゃって困ってるのよ」
「え、ええ。俺でよければ」
「お願い」
くるりと背中を見せる葛さんの香水の香りに、俺は少し酔ったのかもしれない。頭が少しぼんやりとした。
「ねえ、まだ?」
「あ、ごめんなさい。今払います。あ、そうだ……」
せっかくだから影との共闘というのをしてみようと思い、影に話しかける。
「こいつ、食うか払うこと、出来るか?」
「仲間……消す、出来る。でも……。まあ、お前の頼みなら」
俺の影は渋々ながら俺の背後から出て葛さんの背中にいる影を一息で飲み込んだ。一瞬にして大きくなり、そして、いつものカラス程の大きさに戻った。
「これで満足か?」
「ああ。ありがとう」
「もっと褒めろ! 抱っこしろ!」
「偉い偉い」
そう言いながら俺は影を抱っこした。その途端、どろりとした感触と、生温かい気持ち悪さが肌を滑る。
「も、もういいか。気持ち悪い」
「ああ、ありがとう」
影は満足そうに笑っていた。
葛さんはくるりとこちらを向いて、艶やかに微笑んだ。
「ありがとう」
頬にキスをされた。
思わず頬に手を触れると、口紅が指先に付いた。
「うふふ。ごめんなさいね。口紅付けちゃった」
葛さんは俺の隣の席に座った。
どうして皆俺の隣に座りたがるのだろう。いや、別に一人がいいとかそういうわけではないのだが。
「もう。あまり強君をからかわないであげて。葛ちゃん。あなたただでさえ色っぽいんだから。いつか勘違いした男に後ろから刺されたって知らないわよ」
「大丈夫。私、そんなに馬鹿じゃないもの。男の見分けくらい、つくわよ」
「それもそうね」
「じゃあ、ユウカさん。私にルイボスティー、お願い出来る?」
「勿論よ。少し時間を頂戴。その間、二人で喋ってればいいわ」
「ええ。そうするわね」
葛さんはお冷を一口飲み、こくりと喉を鳴らした。
「ねえ、もう退魔師として慣れたの?」
「まだ始まったばかりですから、何とも……。仕事も、いつも師匠や雫さんが一緒ですから」
「じゃあ、私が初めての一人での仕事だったの?」
「いえ、ユウカさんのを払ったことがあります」
「なんだ。初めてを奪いたかったのになー」
その言葉に、俺は顔がぼおっと火が着いたように熱く、赤くなった。
「あら、そんなに赤くなって、どうしたの。まだまだからかいたいのになー。こんなに初心じゃ、逆に罪悪感を感じるから、この辺にしておきましょう」
ユウカさんがティーカップとソーサーを葛さんの前に出した。
「からかいすぎよ。強君はそういうことに耐久ないんだから」
「はーい。ユウカさんが言うんじゃ、やめなくちゃね」
と葛さんは言って、ルイボスティーを飲み始めた。
「この娘の悪い癖なのよー。初心で純朴な男の子が好きで、いつもからかっては笑っているのよ。酷い女でしょう?」
「ちょっとユウカさん、酷い女はないんじゃないの? 私は面白いからやってるだけよ。それも、あまり相手が傷つかないようにやってるんだから、いいでしょ」
「そういう危ない遊びしてると、いつか本気になった人にやられるわよ」
「何を?」葛さんと俺の声が重なった。
「ナニや殺人事件が起きちゃうわよって言ってるのよ!」
「ああ、なるほど」葛さんは納得といった顔をした。
俺はというと、ナニが何なのかに至るまで少し時間が掛かり、またもや赤面した。
「あはは。強君可愛い! 何なら本当に初めて、貰っちゃおうか?」
「こら! そういう下品なことは言わないの! 仮にもレディーでしょうが!」
ユウカさんはそう言ってぷりぷりと怒った表情を浮かべた。
「ごめんごめんって。でも私もそろそろレディーから卒業かなー」
その言葉の意味がわからなかった。疑問符を浮かべていると、ユウカさんが驚いた顔をしている。
「あなた、もしかして結婚でもするの?」
「まさかー。まだ結婚はしないわよ。でも、そうね。そういう相手は出来たかも」
「羨ましいわあ」
葛さんは幸せそうに頬を染めていた。こんな綺麗に微笑む彼女を、どんな人が抱きしめるのだろうか。
俺はそれが、少し気になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます