第6話

 翌朝、目が覚めた頃には既に正午を回っていた。俺は急ぎ支度をし、カフェに向かう。途中影が見えて嫌な気分になったから、頭の中でチャンネルを変えるようにして影を見えなくした。

 なるほど。影が見えないだけでこんなにもすっきりとした視界なのか。改めて感動を覚えた。

 カフェに着くと午後一時の五分前で、ぎりぎり間に合った。

 花開院さんと雫さんは既に来ていて、俺が姿を現すと雫さんが「お、来ましたね! こんにちは!」と元気に挨拶してくれて、そのプラスのパワーで俺も元気になれた。

「おはようございます。花開院さん、雫さん」

 そう言って頭を下げると、花開院さんが「そんな、畏まらなくてもいいよ。私達は同じ年齢なんだし、これからもっと親密な関係になっていくだろうから」と笑って言っていた。

「それじゃあ、まず仕事内容の確認をしよう。……カフェに入ってしようか」

 カランとカフェのベルを鳴らして扉を開く。

「あらー、まあまあ。いらっしゃい。強君昨日初めてのお酒どうだった? 気持ち悪くなったりとかしなかった?」

 ユウカさんがそう聞いてくるから、私は「全然大丈夫でしたよ」と言ってボックス席に座る。

「はい。おしぼりとお冷。注文は決まったら教えて頂戴ね」

 よく見てみるとメニューが置いてあった。

「昼間は普通のカフェだからね。店長は女装癖のあるオカマだけど、優しいし結構な人気店なんだよ。ひっそりとしているけれどね」

 そんなことを花開院さんが教えてくれた。

 メニューを開いてみると料理の写真があって、どういうものなのか見てわかってとても助かった。だが、どれも美味しそうで、目移りしてしまって決められない。

 花開院さんと雫さんは既に注文するものを決めているらしく、俺の決まり待ちらしい。

「ユウカさん。おすすめってどれですか?」

 思い切って聞いてみると、ユウカさんは「じゃあ、今日のおすすめメニューっていうのがあるんだけれど、それにしてみる?」と言ってくれたから助かった。

「はい! それでお願いします!」

「任せておいて! その間にお話、少しでも進むといいわね。二人はいつものね」

 ユウカさんはカウンターで料理を作り始めた。

「さて、強君。今回の依頼はなんと十代の女子高生からだ。影のようなものに憑りつかれて気分も重苦しく、周りにどんどん影が増えていっているらしい」

「……と、先生は仰っているので、まずはその女子高生の子をこのカフェで待ちます! ここ、よく依頼人と会う時の待ち合わせ場所にもなってるんですよ!」

「へえ……」

 そこへベルが鳴り響き、カフェへの来客を告げた。

「すみません……。退魔師の方がこちらにいらっしゃると聞いたのですが……」

 見るからに暗そうな若い女の子だった。頭を重たそうに下に向け、猫背で、俯いている。

「依頼人の花見京子さんですね。お待ちしておりました」

 花開院さんは京子さんをボックス席に呼んだ。花開院さんの隣には雫さん、そして向かい側に俺と、その依頼人の京子さん。なんとなく、ただならぬ気配のようなものを感じた。

「ああ……。そうか。憑いてますね」

 花開院さんがそう言うと京子さんは「頭が重くて。変なものも見えるし……、ここのところ眠れてないんです。夢の中でも影が、黒い靄が私を付いて回るんです」と俯いたまま言った。

「雫、強君。彼女の影を見てみなさい」

 言われた通り、影を見えるようにする。するとそこには無数の目玉がある黒い靄の影が京子さんを包んでいた。

「う……っ」

 思わず吐き気を催すような、そんなおどろおどろしい影だった。

「ねえ、これ、幻覚じゃないですよね。私の勘違いじゃないですよねえ? 病院に行っても幻覚だって、そんなものはいないって言われて……。辛いんです。助けてください」

 京子さんはしゃくり上げながらそう言った。ぽたぽたと涙が彼女の手を伝ってスカートにシミを作る。

「はい。お料理よー。あなたには紅茶ね。ウェルカムドリンクよ」

 そう言ってユウカさんは場の空気を壊して料理を持ってきた。

「紅茶の味なんて、わかるわけない……。最近、影のせいか味覚もなくなってきてるんです」

「大丈夫。いいから、飲んでみてください」

 花開院さんは京子さんに紅茶を飲むように勧めた。

 カタカタと震える手でカップを持ち、京子さんは一口紅茶を飲んだ。

「あれ、味がわかる……! それに、なんか影が少し気にならなくなったような気がする!」

「うん。そう。ここの店長のレディーユウカは、本人はわかっていないけれど、影を弱体化させたり、人を元気にする力があるんだよ」

「そうなんだ。久しぶりに、人間らしくなれた気がする……」

 京子さんはえらく感激していた。

「君にはまず、影を見えなくするための訓練が必要だね」

 花開院さんは京子さんにそう言った。

 京子さんはちょっと考えて、「滝行とか?」と言っていた。どうやら最初の暗い印象は影によってもたらされたものらしい。

「あはは。違うよ。私達もやってるんだけどね、テレビのチャンネルを変えるみたいに、見えてしまうものを見えなくする訓練をするんだよー。そのイメージ力があれば案外簡単にいけちゃうかもよ?」

 雫さんが笑って京子さんの肩を叩いた。

 少し迷惑そうに京子さんは雫さんを見ている。

「あ、ごめんね。つい癖で。私おっちょこちょいだからなー。ということで、先生、お願いします!」

 丸投げされた花開院さんは笑って「今回はお前がやるんだよ」と言った。

「え。私? でも私、まだ師匠みたいに気を巡らせるの上手じゃないし、教え方も下手だし……」

「出来ない理由はいくらでも作れる。俺はお前を信用している。信頼しているとも言っていいかな。そろそろ一人でも仕事を出来るようになれ」

「えー。うーん……。わかりました」

 雫さんは京子さんの手を握って気を巡らせる。俺はそれをよく見ていると、雫さんの手が光って、その光が京子さんに移っていくのが見えた。

「花開院さん、この光は何ですか?」

「お、見えるの?」

 花開院さんはえらく驚いた様子だった。

「これが気だよ。そうか。君は退魔師の素質があるのかもしれないな」

 花開院さんはぽつりとそう零し、俺を見て微笑んだ。

 雫さんは京子さんに昨日俺が花開院さんに教わったように、必死にチャンネルの話をしている。

「すごーい! 影が見えない! 身体が軽い!」

 京子さんはカフェに入って来た時よりも元気になり、明るい声色で喜んでいた。

「これを、あなたも自分で出来るようになるからね。それじゃあ、練習しようか。一旦私の気を抜くよ」

 雫さんがそう言って手を離すと、京子さんはゆっくりと下を向き始めた。

「イメージ力だよ。影がいる世界じゃなくて、影がいない世界を見る! そう思って! 影が見えなかった時を思い出すんだよ」

「やってみる」

 少しして「だるい……疲れた……」と言って座っていることすら辛いのか、席に寝転がってしまった。

「もう一度気を送るよ。そうしたらまた頑張ろう。絶対出来るから!」

「うん……」

 花開院さんは二人を見て俺に向かってこう言う。

「普通はね、こんな感じで何日も掛けて見えなくするんだ。君は例外とも言える早さで習得したけれどもね」

 そうか。それが普通なのか。

「おや、君の影が何か言っているよ。聞いてみたらどうだい」

「あ、はい」

 影を見えるようにすると、俺についている影が、こんなことを言っていた。

「あの京子ってやつについてる影、俺が食べてやろうか。そうしたら、お前、助かる?」

 答えに困っていると、花開院さんがこんなことを言った。

「食べても一時的にいなくなるだけで、またすぐ別の影が憑りつくだろうね」

「どうしてですか?」

「無視された時と、目を合わせて挨拶された時、どっちの方がついていきたくなる?」

「それはもちろん、目を合わせて挨拶された時ですね。……あ、じゃあもしかして、見えるから興味を持たれて、それでついてきちゃうんですか?」

「そう。君は賢い。おっと、悪いね。私とタメだというのに、つい、弟子のように思えてしまってね」

「もう弟子みたいなものですよ。というか、弟子にならせてください」

「それは……」

 花開院さんが口を開くと同時に、京子さんの「出来た!」という声がした。

「凄い凄い! 京子ちゃんすごいね! これを続けて出来るようになるために、明日と明後日もカフェにおいでね!」

「うん! ありがとう! あ、そういえばあなた達の名前、直接聞いてないよね。教えてください」

 花開院さんは「私は花開院陽介、こっちの女の子が星野雫、私の弟子。こっちの男は川崎強、私の弟子候補だよ」

「わぁー。じゃあ、私は雫さんの弟子になるから、花開院さんは大先生ですね!」

「え? 私に、弟子……?」

「そうですよ! だって私に教えてくれたの、雫さんじゃないですか!」

 雫さんは照れたように笑って花開院さんに指示を仰いだ。

「京子ちゃん本人がこう言ってるんですけど、私の弟子でいいんでしょうか?」

「正直、君に弟子はまだ早すぎるけれど、まあ、いていいんじゃないかな。私も出来る限りフォローしよう」

「ありがとうございます!」雫さんと京子さんの声が重なった。

 なんだかこの二人を見ていると癒される気がする。

「そういえば、川崎さんでしたか? 川崎さんも影をつけていらっしゃいますけど、気分悪くなったりしないんですか?」

「最初の頃は酷かったけれど、今はそんなでもないですね。共存しようって、影と言ってるんですよ」

 何故年下の子に敬語になってるのかは自分でも謎だが、そう答えておいた。

「ふうん。私にもそういうの出来るようになるのかなぁ」

 花開院さんが「いや、やめておいた方がいい」ときっぱりと断った。

「知能をつけると嘘を吐くことも当然あるだろうし、手に負えなくなった時、街に出られたりでもしたら被害が拡大してしまう。それに、君の影は意思疎通が出来ないタイプの影みたいだからね」

「そうなんですか……。ちょっとがっかり」

「がっかりすることはないよ。君に憑いているのは質が悪い。ついでに、払っておいてあげよう。もし、本当に私達のような退魔師になりたいのなら、毎日影を見ないようにすること。いいかい。約束だよ」

 花開院さんは京子さんの首元に手を置き、影を引き裂いて散らせた。

「これでもう大丈夫。あとは訓練次第だ。明日と明後日、同じ時間にここで待っているよ。さあ、お腹も空いただろう。何か頼むといい。そのくらい、奢るから」

「えー、私達からはお金取るんですよねー? ずるくないですかー」

 私達とは、俺のことも入っているのだろうか。

「弟子なんだから当然だろ。本当は授業料だって欲しいくらいだ」

「……はーい。払います」

 そしてお昼を食べ、最初とは大分印象が変わった京子さんはお昼を食べ終えるなり、席を立って「今から久しぶりに街で遊んできます! 本当にありがとう! 明日と明後日もよろしくお願いします」と言ってカフェを出て行った。

「何というか、あんなにネガティブだったのに凄くパワーある子になって帰っていきましたね」

 俺がそう言うと、花開院さんは煙草を取り出しながらこう言った。

「君も、似たようなものだったんじゃないかい」

 そうだ。そうだった。何故忘れていたんだろう。あまりにも嫌で、テレビを壊した程だったのに。

「君、すっかりこっち側の人間になってしまったね。私の責任だ。すまない。どうする? 基本的にこういうことが中心なんだが、退魔師、やってみるかい?」

 俺の心はもう決まっていた。

「なります!」

 肩にいる影が俺に言う。

「お前向いてない。やめておけ。優しいお前には向いてない」

 どういう意味かはわからないが、影は確かにそう言った。

「君と影は本当に仲が良いというか、友情のようなものを感じるよ。でも、影との友情なんてないからな。それを忘れないように」

「はい」

 こくりと頷いた。

「さあ、次の仕事に行こう。今度はここじゃないんだ。君はもう弟子だから、当然付いてきてくれるよね」

「え、もうですか?」

 俺が驚いていると雫さんがにっこり笑って言う。

「師匠は計画通りに事を進めないと気が済まない質なの。ま、何かあったら姉弟子の私に何でも聞いてね! 教えられることは教えてあげますよ! あ、ついタメになっちゃった。ごめんなさい」

「タメでいいですよ。何と言っても、あなたは俺の姉弟子ですから」

 雫さんはめをきらきらさせて「姉弟子……、姉弟子……! なんて素敵な響きなの!」と幸せそうに溜め息を吐いた。

「よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくね! あ、私だけタメっていうのも何だから、強さんもタメで良いよ!」

「じゃあ、そうさせてもらおうかな」

 微笑み合うと、師匠が「私の弟子達が今日も可愛い」とぽつりと呟いた。

 失礼な。俺は師匠と同じ年齢だ。なんて、少しだけ思った。


 次の依頼は退治だという。何でも、この辺りに出た影が密集し、合体していった。その結果、巨大な影が出来、人間のネガティブなパワーを集めているらしい。

「さあ、この車に乗って」

 師匠の車はシルビアだった。スポーツカータイプで、シルバーの車体だ。車高が低く、乗り降りが大変そうだ。

「私助手席乗るね! 強さん、後ろ乗って!」

 シートを前に倒し、後ろに乗り込む。とてもきつい。ほぼ直角のシートで、腰が痛くなりそうだ。

「雫さん、帰りは替わってください。ここ、狭い」

「あ、そっか。私より体格いいもんね。うん。わかった。了解了解!」

「シートベルトちゃんと締めろよ」

 花開院さんのその言葉で、車は発進した。

 今まで見えなかった街並み。影のない世界。こんなにも美しいのに、元々目が見える人はこの感動がわからないのだろう。それは可哀相なことだと少しだけ思った。

 街路樹の葉の色、香る花や植物。色のある世界。

 目が見えない頃はわからなかったが、本当に、世界は美しい。

「師匠、退治って、私まだ退治の方法よくわかってないんですけど、どうやるんですか?」

「あー、人によって違うんだよ。私の師匠は私と同じで刀の形に気を作っていたけれど、ピストルみたいに撃ち込んだり、拳に気を溜め込んで殴る人まで、いろいろあるさ。漫画にもあるだろう? それを真似する人もいるね。まあ、自分が一番しっくりくるものを使えばいい」

「ふうん。じゃあ、私薙刀がいい! あ、でも、薙刀習ったことないから出来ないか。どうしよう……。強さんはどうするの?」

「俺は刀かな。師匠が格好良かったから」

「そうだね! じゃあ、私も刀にしようっと!」

「おいおい、そんな簡単に決めていいのかい。ま、途中で変えてもいいから。とりあえず退治することに慣れような」

 そして車は停車した。そこは住宅街にひっそりと佇む神社だった。

「神社にも影っているんですか?」

 俺が師匠にそう聞くと師匠は「ああ、あるよ」とシンプルに答えた。

 続けてこんなことを言う。

「神社の神様が弱ったり、いなくなったりしてしまうとしめしめと思って影が集まる場所に変わってしまうんだ。この神社はもう何年も神主がいない。たまに祭事の時だけ、使われるんだ。だからかな。神様の力が弱まってしまっている」

「そっか……。なんか、寂しいですね」

「さあ、鳥居を抜けよう。二人とも、準備はいいかい。入った瞬間、多分空気が違うから、自分の気を自分に纏わせて入るんだ」

 師匠が一足先に入り、次に雫さんが入った。そして俺も一歩、足を踏み入れる。するとどうしたことだろう。空気が一変し、ずしりと重く、緊迫した空気が漂っている。

「やだ、師匠。怖いよ……」

 雫さんは師匠の袖を引っ張って目の前の社を見ていた。

「そう。あの社に影が隠れているんだ」

 俺も社を見てみると、ご神体と思わしき鏡の前に鎮座するようにしている影を見つけた。

 俺の肩についている影は、こっそり俺に耳打ちをする。

「あいつ、強い。見た目と全然違う。いろいろ食ってきたやつ。俺、怖い」

 影でも怖がることがあるのだなあと、そんなことを考え現実逃避してしまった。

「社に隠れる影、いや魔物だな。魔物、出て来るといい。私は別の神社の神職に頼まれてやってきた退魔師だ。君を退治するようにと言われている」

 ずるりと、零れ落ちた臓物のような、影の何かが地を這う。ずるりずるり。やがて本体が社から出て来た。

「私は静かに人の負の感情を食べていたいだけ。それをどうして邪魔するの」

 耳障りではない、むしろ心地良い女性の声が影から聞こえた。話し合えばもしかしたらわかり合えるんじゃないだろうかとすら思える。

「嘘はよくないな。そんなに知能もつけて、一体何をするつもりだ。そろそろ負の感情だけでは足りないだろう」

「あらあ……、よくわかっていらっしゃるのねえ」

 影はにたりと笑った。

「お前もこれまでの退魔師同様、食べてあげる」

 次の瞬間、影が俺達を食おうと襲い掛かって来た!

 師匠が気で作った防護壁で、なんとか影の侵入を防げたが、雫さんの様子がどこかおかしい。座り込み、ふるふると震えている。

「怖い。あんなの、見たことない……。ねえ、もう帰ろうよ!」

「雫さん! どうしたんですか! 大丈夫! 花開院師匠がいるんですから!」

「……」

 雫さんの顔は青ざめ、言葉を発することも出来なくなったのか、口をぱくぱくと開閉していた。

 そうだ。確か、師匠が最初影を見えなくしてくれた時、気を送ってくれたのだった。もしかしたら、俺の気を雫さんに送れば直るかもしれない。そう思って、雫さんの手を握って気を送った。

 その間も師匠は影から身を守るバリアを作り、維持し続けていた。

「あ、あれ、私は一体……」

 雫さんは普段通りに戻った。師匠はそれを見て、いよいよバリアを解いた。

「雫! 気で壁を作って強君と中に入っていなさい!」

「わ、わかりました!」

 師匠と影は交わり、気の刀と影の競り合いが始まった。

「何人食ったんだ、お前は!」

 師匠が声を荒げる。

 影は笑って攻撃を避けたり、受け止めたりしている。

「四人よぉ。あなたで五人目。次にあそこの二人を食べてあげる」

 影は大きくなり師匠を包んだ。

 もぞもぞと動き、師匠は影で見えなくなってしまった。

 一体どうしたのだろう。師匠は、どうなってしまったのだろう。

「ほら、今度はあなた達の番よぉ」

 影が俺達の方を向いて言った。

「そ、そんな……。先生が、負けるなんて」

 雫さんが信じられないといった風に唖然とし、防護壁を維持出来なくなった。

「雫さん! 師匠なら大丈夫! だから、早く!」

「師匠が無理なのに、私達に出来るわけないじゃない!」

「何か方法があるはずです! だから」

 影はゆっくりと近づいてくる。そして艶やかな声色で囁く。

「あなた達でお腹がいっぱいになるの。そこの影も、一緒になろうね」

 もうダメだ。そう思った瞬間、影から師匠が飛び出し、同時に影は霧散した。

「あれぇ……。吸収したのに、なぁ……」

 風に乗ってそんな言葉が聞こえた。

「師匠!」

「先生!」

 俺達は師匠に抱き着いた。

「私はそう簡単に死なないさ。ちょっと今回は危なかったけどね。絶望しかないところに、強君の何か方法があるはずという言葉で目が覚めたんだよ。内部から壊してやればいいから、気を巡らせてやったんだ。そうしたら、なんとか脱出出来た。本当にありがとう。強君。そして雫もな」

 雫さんの頭をぽんぽんと軽く撫で、次に俺の頭を撫でてくれた。

 正直男にやられても何とも思わないのだが、相手が師匠だからだろうか。凄く嬉しかった。

「……あの、強さん」

 雫さんが言いづらそうにしている。

「どうしました?」

「その、ありがとう」

 目には少し涙が浮かんでいた。女の子の心とはよくわからないものだ。それはともかくとして「全員無事でよかった!」と叫んだ。

「本当にそうだよな。よし、おやつにどこかでパフェでも食べようか」

「え、先生もパフェとか食べるんですか? そのマフィアみたいな恰好で?」

「悪いか?」

「い、いえ」

 きっと周りの客は関わりたくないと思うかもしれないな。師匠はどう見てもカタギの人間じゃない。

 その日は帰りにパフェを食べて解散した。


 俺は家に帰り、気の訓練をした。肩にいる影にも少し、手伝ってもらって。

「どう? 防護壁、出来てる?」

 部屋でバリアを作る。初めての防護壁だ。

「ダメ、ダメ。それシャボン玉。すぐ割れて壊れる」

 影は一緒に今日のことを見て来たから、どんなものかというのをわかっている。だから、手伝ってもらうには丁度良かった。

「難しいなぁ。じゃあ、これでどうだ!」

 今度は厚目の壁を作った。

「叩けば壊れる。厚ければいいわけじゃない。弾力性も必要」

 影は手厳しい。厚くて、弾力があればいいだろう? だったらゼリーみたいな壁でどうだ!

「よし! これでちょっと入ろうとしてみて!」

 影はバリアの中に入ろうとする。だが、ぽよんと跳ねて弾かれた。

「入れない。お前、成功! よかったな」

「ああ! ありがとう!」

 これで少しは足手纏いにならなくて済むだろう。

 この防護壁を張る訓練を一日中やっていたら、夢にまで出て来た。

 翌朝、影が見えるようにしてから壁を張ると、影がぽよーんと窓の外近くまで吹き飛んで少し面白かった。

「お前! 手助けしてやったのに何てことするんだ! 酷い! 鬼!」

「お前は魔物だからいいのー」

「よくない! 影にも人権ほしい!」

 そういえば、最初にこの影と出会った時より、影は流暢に喋るようになったし、知識もどんどん増えていっている気がする。

 少し、ぞっとした。

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