第4話

 買い物をしていると古い友人の勝司が俺に声をかけてきた。

 いつもなら姿は見えなかっただろうが今は見える。声が勝司であることがわかった。

「あれ、お前川崎強……? 白杖は? 目は、よくなったのか?」

 勝司を上から下まで見てみると、影がべったりと憑りついていた。

「あ、ああ。気がついたら目が見えるようになっていたんだ」

勝司は嬉しそうにはにかんだ。

「そうか! それはよかったな!」

 俺は見てしまった。そう言った勝司の口から黒いもやが出ているところを。

 俺についている影はこう耳元で囁いた。

「あれ、嘘ついてる。嘘。嘘! 嘘の友情!」

 気分が悪くなってきた。

「ごめん。勝司、俺ちょっと急いでるから」

「そうか。引き留めて悪かったな。目が見えるようになって本当によかった。おめでとうとだけ言わせてくれ」

「ああ、ありがとう」

 勝司は背を向けて歩く。

 勝司についている影は既に勝司の身長を優に超え、辺りを覆いつくす程までに成長していた。それだけ、彼には嘘をつく必要があったということなのかもしれない。きっと、俺が思っている以上に、勝司は変わってしまったのだろう。それか、俺は気がつかなかっただけで、可哀相とでも思われていたのだろうか。

 去って行く勝司の背を見送り、俺は再び買い物をすることにした。


 今日の献立は豚汁、納豆、もずく、サラダ、ごはんだ。とにかく食べなくは。この異常な空間に飲み込まれないように、体力だけでもつけようと、そう思った。


 影は日に日に大きくなっていく。同時に俺は疲れやすくなり、正直辛い。思考もネガティブになりやすく、家から出たくとも外の影を見るのは嫌なものだ。

 そんな時だった。


「川崎さーん。いらっしゃいますかー?」

 間の抜けた女性の声が玄関からした。

「はい。どうぞ」

 招き入れるとそこには俺よりも若い、二十代くらいの女性が立っていた。

「あ、やっぱりそうなんだ。あの、最近変なの見えますよね?」

 この女は何を知っているのだろう。

「とりあえず、立ち話も何ですから、中へどうぞ」

「はーい。お邪魔しますー」

 リビングに着くといつも俺に纏わりついていた影がどこかに行っていた。

「実は私、川崎さんと同じで、元々目が見えなかったんですけど、急に目が見え始めて、影みたいなものが見えるようになっちゃったんですね」

 俺と同じではないか。そう思って耳を傾ける。

「それで、知り合いに相談したら、退魔師になることを勧められたんですよー」

「退魔師って、何ですか?」

 聞きなれない言葉に、俺は聞き返す。女性はぽんと手を打ち、こくりと頷いた。

「退魔師というのは、あなたや私が見える影、つまり魔物を斬ったり払ったりするお仕事です。聞いたことありません? 払い屋さん。払い屋さんと似たようなものなんですよ」

「ちょっと待ってください。何で俺がそういうのが見えるってわかるんですか」

「ああ、それはですね、影が見える人は見える人や影が見ると目の色が金色に見えるんですよ」

「え、そんな! 鏡で見た時は何ともなかったのに!」

「自分では見えないんです。そういうものなんですよ」

 衝撃的だった。

「じゃ、じゃあ、影に狙われるって、そういうことですか?」

「いえ、そういうことではないんですよー。逆に払われてしまう可能性があるので、下手な影は近づきませんね。でも、私が以前……失礼ですが、尾行させていただたいたのです。その時影を肩につけていらっしゃったでしょう? もし、友情とか囁くそうになったら注意してください。相手は人間ではありません。いつか食べられてしまうかもしれませんよ。ただ、その代わり」

「その代わり?」

 彼女は一呼吸して口を開く。

「他の影は寄ってこないでしょうね」

「それだけですか?」

「ええ。影の大好物は人間の負の感情なんです。だから、あなたに負の感情があるのであれば影は憑りつき続けます。でも、もし影と共存出来るようなら、その方が楽かもしれませんね」

「……そうですか」

 他に何と言えばいいいか、わからなかった。

「そうだ、川崎さん。これは提案なんですけど、聞いてくれます?」

「え、ええ」

「私達と一緒に退魔師になりませんか?」

「退魔師に……?」

「あなたのような人達ばかりいるんですよ。影を見えなくする方法も教えることが出来ます」

 願ってもないことだ。これは仲間になった方が得だろう。

「ぜひ、お願いします」

 頭を下げると女性は「わわ、頭上げてください」と、慌てていた。

「そういえば自己紹介がまだでしたね。私は星野雫。退魔師です。といっても、まだ駆け出しですけども」

「星野、雫さん……。俺は川崎強です。これからよろしくお願いします」

 雫さんは鞄からファイルを取り出し、その中から紙を出した。

「これ、地図なんですけど、ここに来てほしいんです。明日、午後からならいつでも大丈夫ですので」

「わかりました」

「あ、影も連れてきていいですよ。私達の中にはそうやって共存している人達もいますので」

「わかりました。ありがとうございます」

「では、今日は失礼しますね。お邪魔しました」

 雫さんは帰って行った。

 ドアがばたんと音を立てて閉まると、影がどこからか飛んで来て「あの女嫌い! 前、俺達の仲間あいつにやられた!」と騒ぎ出した。

「俺も退魔師になるから」

 そう言うと影は首を横に振る。

「やめとけやめとけ。お前のようなへなちょこ、出来るわけがない。現に俺に憑りつかれていて、周りの影が見えるだけでこんなにも憔悴してるじゃないか。なあ、今のままでもいいんだ。無理に退魔師になることはないんだ」

 影はしきりに退魔師にならないようにと説得を試みているが、俺は首を縦に振らない。

「とにかく、もう決めたことだから」

「じゃあ、俺も付いていく。共存の道、進みたい。いいだろ。それくらい」

「ああ、いいよ」

「やった! やった!」

 ぴょんぴょん跳ねる影を見て、こいつとなら共存出来るかもしれないなどと思ってしまった。

 好きにはなれないけれども。こいつの純粋なこんな姿は、割と嫌いではなかった。

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