ロストボックスワールド

悪本不真面目(アクモトフマジメ)

第1話

「うわ~すっごい散らかってるな。」

男は不用心に鍵を閉めてない、女子高生の六畳一間の部屋へと入った。

「あ、おっさんおはよう。」

「で、この部屋を俺が片づけろと?」

「そうでーす。じゃあおやすも。」

「おやすもじゃねぇよ。お前もやれよ!」

床は一目見てゴミと分かるようなカップ麺の容器だったり割りばしだったりなどでいっぱいだ。だけど、ドライヤーだったり、リモコンだったり、何かの充電器だったりと必要なものも一緒に散らばっている。

「じゃーんセーラー服。」

両手を広げ自慢げにセーラー服姿を見せる女子高生。その姿を男は呆れた表情で溜息を吐く。

「はぁ~。またお前はセーラー服姿で寝てたのか。女の子だったらもっと格好を気にしてだな・・・・・・。」

女子高生は不服そうに頬を膨らませ、床に落ちていた飲みかけの缶を投げる。中に入ってた液体が飛び散り、男の顔を濡らした。

「ちくしょう。何しやがる!ん?これ酒じゃないのか!?」

「そうでーす。これで私も大人だね。」

「大人だね、じゃねぇよ。女子高生が酒を飲むんじゃない!」

「こんな世の中でも?」

「こんな世の中でもだ!」

男は濡れた顔をポッケに入れてたハンカチで拭く。床にも飛び散っているのでハンカチで拭こうとするが、手が止まってしまう。

「あ、床汚いよね。じゃあこれで拭いて。」

女子高生は灰色っぽい、おそらく元々は白かったであろう、だるだるの少し濡れている靴下を脱ぎだした。そして脱いだ二つの靴下を男に投げた。靴下は男の顔に当たり、男の鼻を刺激した。

「うわ、臭せぇ!しかもなんかもう濡れてるし!」

「ふむ、やはりそうか。」

「やはりじゃねぇ!こんなん使えるか!これはすぐに捨てるからな。」

「えー!洗えばまだ使えるよ。」

「靴下くらい、俺が買ってやるから、捨てろよ。」

「ほほぉ、今のは婚約靴下ということでプロポーズですな。」

「バカ言ってねぇで片づけるぞ、袋はどこだ?」

男は女子高生のいるところへと進もうと床の空いているスペースを探すがそんなものは見当たらず、カップ麺の容器やぐにゃぐにゃのハンガーに飲みかけのペットボトルと次々に踏んでいった。

「やぁ。」

「で、ゴミ袋はどこだ?」

「玄関の靴箱の棚の上。」

「なっ!だったら先に言えよ!」

「これは試練なのだよ。」

男は相手するのが疲れたのか、無視をして玄関の方へと戻る。床を見ずになんでも踏んでいく。ぬちゃあと何かを踏んだみたいだ。感触でなんとなく何かは察しがつくが、それを確かめるとへこむのでやめる。棚を開けると、ぐしゃぐしゃにゴミ袋が入っていた。男は持てるだけ持って、床に放った。そして、ポッケの中に入れてた軍手を取り出して、手あたり次第にゴミを入れていく。

「こんなもんな、なんでも袋に入れればいいんだよ。」

食べかけで黴ているあんぱん、飲みかけのペットボトル、溶けて無残な姿の板チョコなど分類などせずに男はポイポイとゴミ袋に放り投げる。九十リットルのゴミ袋があっという間にパンパンになり男は二袋目のゴミ袋へと突入する。男の手際のよさのおかげで一部だけだが床が見えてきた。その間女子高生は布団の安全地帯から枕を抱いて寝転んでボーっとその様子を見ていた。男はそんな女子高生を見ずにただひたすらゴミを入れていく。すると、何やら硬い人形を見つけた。腕が欠けていたので男はゴミ袋に入れようとするが、今日一の大きい声で止めた。

「それは捨てないで!それいるから。その埴輪いるから。」

「でもこれ腕折れてるぞ。」

「あ、折っちゃいましたね。困りますね。」

「いや、元々折れてたんだよ。」

「それでもいるから、必要なものだから。」

男は別の袋を取り出し、その埴輪をゴミ袋に入れた。

「それだと、ゴミと間違えない?」

「だって他にどうしろと袋に入れるしかないだろ。」

「で、でも間違えたらどうするのよ。」

「分かった、黒いマジックで必要なものって袋に書いとくから、これなら間違えないだろ。」

「でも袋だと、破けちゃうし、他のものと混ざると傷がつくかもだし・・・・・・。」

「じゃあどうしろって言うんだよ!」

「もっとこう頑丈で立体的なものに入れられたらいいんだけど・・・・・。」

「ったくよ・・・・・・バケツとかか?」

「バケツ、いいね、バケツよ!バケツに入れればいい感じね。」

「じゃあバケツはどこだ?」

「バケツはない。」

男は無言でゴミ袋に埴輪を入れた。

「ああ~、そんな~。」

女子高生は泣きそうな表情で手を伸ばして、男に訴えかける。それでも女子高生は布団から離れようとはしなかった。

「分かったよ。これだけしか入れないからそれでいいだろ。」

女子高生は一安心したのか寝転んで枕をポンポン投げて遊びだした。そんな女子高生を再び無視して作業を再開した。しかし、一度中断になったせいか、ペースが遅くなってくる。男は電気の方へ向き、部屋の暗さが気になってる。

「おい、この部屋暗くねぇか?」

「豆電は点いてるよ。」

「いや、暗いって。」

「でも全部点けると眩しすぎて私の目玉には贅沢すぎるのです。」

「じゃあせめてカーテン開けろよ、こう暗くちゃあ集中出来ないんだよ。」

女子高生は寝転んだ状態から腕を伸ばして、カーテンを開けようとする。届かないのでおしりを動かしてカーテンの方へと近づいていく。それでも届かなかった。

「ねぇ、そこらへんに私の槍落ちてない?」

「槍?お前大事な武器をそんな粗末にするなよ!」

「だって、槍どうすればいいのよ。どこに片づければいいの?袋はダメよ。バケツも小さいし、結局床に置くしかないんだよ。」

「確かにそうだが、俺は銃だからな・・・・・・傘立てとか。」

「傘立てかいいね。ねぇ傘立て買ってよ。」

「なんで俺が買わなきゃならねぇんだよ。靴下とかならいいけど、それは自分で買えよ。お前ならすぐ稼げるだろ。」

「と言っても私まだ今月納めてないからなぁ~。」

「お前もうすぐ今月も終わるぞ、何体倒したんだ?」

「六体。だから後一体倒せばいいから大丈夫よ。」

「お前知らないのか!?今月から一体増えて合計八体倒さないといけないんだぞ。」

「え、嘘!?政府め、また増やしたのか。足元見やがって政府め。」

「どうするんだよ?」

「仕方がない、いますぐ二体倒しますか。」

女子高生の目つきが変わった。トカゲのような目になり獰猛で危険な雰囲気が漂う。

立ち上がった女子高生の髪は長く、お尻のところまであった。その色は紫と極めて妖しい。ボサボサで艶がない髪だが、その紫が美しさを演出していた。彼女の名前は、円筒えんとう苗字はない。この世界には必要がない。必要なのは強さだけだ。


円筒は布団からやっと離れ、汚い床に裸足で踏み入れ、億劫にしていたカーテンを開けた。太陽の光が差し込み、明るくなった。紫のボサボサロングヘアも輝いているように見える。男はその作業中だったが、その妖しさに惹かれ見惚れていた。さっきのだらしない女子高生の姿は見当たらなかった。

「相変わらず、彼女は何者なんだろうか・・・・・・。」

男は彼女とこうして部屋の片づけを頼まれるほどの仲ではあるが、知ってることはほとんどなかった。ただ、強いということは確かだ。男は彼女に助けられており、それからの縁でこうして、父娘のような兄妹のような関係となった。

円筒は枕の中から、コンビニのレジ袋に入った何かを取り出した。赤紫色に少し腐っている、それは心臓。そう彼女が納めるべき六個がそこに入っていた。そんなものをコンビニでもらうレジ袋に雑に入れて、しかも枕の中に保管するとはワイルドという言葉だけではどうも説明がつかない程に常識を逸脱している。円筒は袋から一つ心臓を取り出し、ベランダの窓を開けた。その心臓からは激臭がする。それを見ていた男は落ちている、溶けたチョコが付いた洗濯ばさみを取り出して鼻にはさんだ。心臓からは臭いだけではなくもっと、この世ざるものを放っていた。それは目に見えるものではないがとてつもない異常な力、妖気だ。そんなものを素手で円筒は握っている。

円筒はさらに強く握った。すると心臓から深い紫色の液が流れ出す。その色はまさしく、彼女の紫の髪とそっくりだった。その液は彼女の左手を染め、そして下へと流れ、セーラー服、スカートと染め、純白な穢れなき足も染めていった。彼女はそれだけでは留まらず、左手で足裏、指の間、顔や、セーラー服の中から脇の方にも染めさせる。それでも左手にはまだ液が大量に残っている。その残った液を、舌先でペロと舐めて男の方を振り向いた。

「槍は見つかった?」

男は溶けたチョコがついた洗濯ばさみを鼻に付けたままただ茫然としていた。

「いや、まだ・・・・・・。」

「そう。」

紫色の顔で真顔でそう言った。さっきの彼女とは別人だ。

「もうすぐ来るから、気を付けるんだぞ。」

しかし、陽気な明るい声は相も変わらず同じで、妙に低く凛々しくなったりはしなかった。しかし、それがか逆に不気味さを際立たせている。妖気をまとった陽気な女子高生は目を少し細めて、獲物を待つ。

「あ、来た。」

黒い物体が遠くからやってくるのは見える。カラスのように見えるがだんだん近づくそれは、カラスよりはるかにでかかった。黒い翼はコウモリのようで、キツツキのようにするどいクチバシに目はぎょろっと丸く、これはカラスのようで、全体的に黒くふさふさしている。この世ざるもの、妖魔。妖魔は妖気に惹かれやってくる。普通は人を襲わないが、ある時を境に人を襲うようになった。それからはこのように、国民一人一人が妖魔と戦い、国を守るために、その証として妖魔の心臓を納めなければならなかった。そうでなければ、社会的地位が低くなり、場合によっては無理やり妖魔と戦わせたりもする。金で税金という形で納めることもできるが、それは億単位からになるので一般人にはとうてい不可能である。だから必然的に戦って強くならなくてはならなかった。女子高生の円筒もその一人だ。円筒は槍を探すべく男のいる玄関の方へ向かう。妖魔がベランダへと降りてくる。しかし、広げた翼が邪魔で中には入ってこれないでいる。

「ギョエェェェギョェェェ!!」

甲高い悲鳴をあげている妖魔。円筒はゴミの山から槍をまだ探している。男は未だ茫然としている。妖魔は一度下がりベランダから、再び空へと飛ぶ。しかし、逃げようとしている訳ではなかった。妖魔は助走をつけ勢いよく窓を割り、侵入してきた。

しかし中へ入っても長い翼は壁に当たり、天井よりも高いので首をつらそうにしている。それでも紫色に染められた妖気をぷんぷん漂わせる彼女を無視できなく襲い掛かろうとする。しかし動きはかなりにぶく、翼を力を入れて折りたたもうとするが中々うまくいってないようだ。それにお腹が大きいのがより動きを鈍くしている。しかし、その長くするどいクチバシはかなりやっかいで、そのクチバシで彼女めがけつつこうとする。だが鈍い動きなので彼女は槍を探しながら、適当によけていた。

「ギョエェェェギョエェェェェ!!」

妖魔は怒っている。この甲高い悲鳴はなんだか泣けてしまうように心や脳が拒絶してしまう。槍が中々見つからなく、甲高い悲鳴のせいで彼女もイラついている。

「うるさーい!」

紫の足で相当硬いであろう妖魔のクチバシを蹴り上げた。天井についていたので首へのダメージが大きい。それと妖気をまとった足だったからなのか、少し目がトローンとなり、酔っているみたいだ。

「ギョエェェェェェェ!!」

妖魔は暴れる。といってもほとんど動かないから安心と思ったらクチバシを高速回転させる。そして勢いよく回るクチバシがミサイルのように放たれた。円筒は間一髪避けたがその後ろには男がまだ茫然としている。危ないと思ったその時、きらりと何かが光るのを右目でとらえた。布団の下だ。円筒は急いで妖魔の股にすべりこみ、その勢いで布団を蹴りあげた。ふとんがふっとんだ。めくられた布団には槍があった。彼女はそれを起用に左足で親指と人差し指の間にはさんで妖魔の顔横の左側の隙間から槍を投げた。そして数々妖魔を倒し、いくつもの妖魔の血を吸ってきた槍は妖魔のクチバシをひきよせる。それにより男にはクチバシがあたらずに済んだ。そしてクチバシは元の妖魔のところに戻った。再び彼女は妖魔の股に滑り込んで、槍を回収する。立ち上がり、長い髪が妖魔の妖気と共鳴するように、なびく。なびいた長いボサボサ髪は彼女の視界をさえぎる。ところが彼女はなびいた髪ごと槍で貫く。心臓。

「ギョギャグベェェェ!」

さっきの甲高い声ではなく、もっと低くおぞましい断末魔を妖魔はあげる。心臓を刺した槍を彼女は引っこ抜いた。それは器用に心臓が刺さったまま。彼女は槍から素手で心臓を抜き床にポンと置いた。後ろを振り返り男の様子を見る。すると、死んだ妖魔のお腹がグニョグニョと動き出す。その様子に沈黙していた男は声を出す。

「あっ!」

妖魔のお腹かを突き破り先ほどの妖魔の幼体が現れた。大きさは成人男性くらいの大きさで、十分に動き回れる大きさだった。またこの妖魔も彼女の妖気に興奮しておそかかる。が、彼女は一切見ることもなく、槍をくるりと後ろ向きにし、妖魔の心臓を一発で刺した。


「これで心臓は全部納められるね。」

「ああそうだな。」

「全部で八個か~。」

「おい、またレジ袋に入れるのか?」

「他に入れ物ないでしょ。」

「そうだよな、そうだな。だけど、なんか雑な気がするけど、仕方ないよな。他にないんだから。」

「そうよ、じゃあ運びましょう。」

円筒は大人の妖魔を持ち、男は幼体の方を持った。妖魔は心臓を抜かれるとしぼんで小さくなるが、それでも女子高生が普通は持てるものではない。しかし彼女は軽々と持ちベランダに出て妖魔の死体を投げ捨てる。これはみんなもやっていることで、後で妖魔の死体は政府によって回収される。その目的はよく分かってはいない。

「部屋汚れちゃったね。」

「ああそうだな。」

「うーん、お腹空いた。」

彼女は笑顔でそう言った。男は少しほっこりして溜息を吐いた。

「じゃあ何か食べるか。」

「その後、バケツも買おうよ!」

「そうだな。」


この世界は小さな世界。政府によって作られた実験場。つまりは箱庭。

このことを誰かに教えなければ、私はたまたまあった父娘に話した。

「ハコニハ?」

「うーん・・・・・・埴輪の子供?」

「ハニワコ・・・・・・ハコニワ!」

ここはロストボックスワールド。箱を知らない人たちが住む箱庭。

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