第3話

「これどうしようか…」


 かなりの時間俺に抱き着いたまま寝ている千里を見てそう呟く。こうもすやすやと寝られていると起こすことも憚れる。かといってこのままでは俺も動けない。もうすぐ日付が変わるというのにまだシャワーも浴びてないのでこの状況は何とかしたい。あと俺の理性が持たない。


「…千里、起きてくれないか?」


 申し訳ないが千里には起きてもらおうと千里の体を揺らす。「う~ん…」と呻きながら瞼を少しづつ開ける。


「…私、寝ちゃってたんだぁ~。くっついてると温かくて寝ちゃうねぇ~」

「お前まだ酔いが醒めてないのか…。千里、そろそろ離れてくれないか?」

「え~?」

「えーって…、俺まだシャワーも入れてないし…」

「じゃあいっひょにはいろぉ~」

「入らねぇよ!…しかも、お前は酔ってるんだから危ないだろ」


 何度目かわからないトンデモ発言に驚かされる。千里は俺の対応が不満だったのか「う~」と唸る。


「じゃあベットまへ連れてってぇ~」

「連れてくってもどうやって…」

「だっこひてぇ~」

「だっ…」


 千里は準備万端と言わんとばかりに手を広げる。「しない」と言いたいところではあるが、綺麗にはしたとはいえこの場所は元汚部屋。もしかしたらまだいくつか名残が残ってる可能性だってある。そんな場所を酔っぱらいに歩かせるのは少し怖い。仕方なく少ししゃがんで千里の腰に手を回し、お姫様だっこのような形で千里を持ち上げる。千里も落ちないようにか、俺の首へと手を回す


「たか~い!」


 千里はキャッキャッと楽しそうだがこちらはそんな様子にはなれない。落ちないようにか首に手を回されてることもあり、顔の距離が近い。思春期の男の子としてはいささか刺激が強すぎる。


「…怜雄~?どうしたの~?もひかして重かったぁ~?」


 千里は俺の様子を怪訝に思ったのか。近かった顔の距離を更に近づけ覗き込む。


「全然重くはないしむしろ軽いくらいだ。だからそれ以上は顔を近づけないでくれ、頼む」

「なんでぇ~?…あれ?怜雄、顔赤いねぇ~?」


 平静を保って話したつもりだが、顔には出てしまったようだ。急いで顔を背ける。


「恥ずかしいんだぁ~?」

「…うるさい」

「かわぁいいねぇ~」

「落とされたくなければ黙りなさい?」


 千里は顔をにやにやとさせる。さっさとこの地獄とも天国ともとれる状況を終わらせるために千里の寝室へと足を進め…。


「…そういえばお前の寝室ってどこだ」

「知らにゃいのにだっこしたのぉ~?」

「お前がしろって言ったんだろ!」


 千里のにやにや顔は止まらない。俺は完全に遊ばれてるようだ。


「ほら!どこか言えって!」

「私の寝床はにぇ~…、ここだよぉ~」

「は?」


 千里はさっきまで座っていたソファーを指さす。


「私はいつもここで寝てるよぉ~?」

「…マジかよ…。もう俺の部屋とは別にもう一部屋あったからてっきり…」

「あそこは私の部屋だけどシーツもにゃにも引いてないからぁ~」


 千里は楽しそうにけらけらと笑う。俺はため息をつきながら歩き始める。


「ん~?どこに向かってるのぉ~?」

「俺の部屋にはベットあったろ。俺は居候させてもらってる身だしソファーでいいから」

「怜雄のしょういうとこ好きだよぉ~」


 千里は嬉しそうに足を軽くばたつかせる。扉が目の前に来ると千里は扉を開けて入れるようにしてくれる。


「我ながら綺麗な部屋だね」

「ここぐらい他の部屋もきれいにしてくれればな」

「怜雄を向かい入れる部屋くらい綺麗にしなきゃね」


 ベットの前まで来たので千里を下す。持ち上げるときは俺の腕力で運べるか不安だったが千里が軽いこともあり何とかなった。


「じゃあ俺シャワー浴びたいから。おやすみ」

「待って」


 出て行こうとする俺の腕をを千里は掴むと、油断していた俺をめいっぱい自分の方へ引き込む。


「いって…。おい!なにすんだ…ほんとに何してる?」

「んー?覆いかぶさってる」


 俺をベットへと引き込んだ千里は俺の上に覆いかぶさる。


「怜雄はさ」


 千里は俺のことなど気にせず話す。


「どうして私の告白を断ったの?」


 アルコールでとろんとした目でこちらを見る。


「私のことが嫌いだから?」

「…そういう訳ではないよ」

「じゃあなんで?私が怜雄の前ではだらしないから?」

「…お前本当に酔ってるのか?」


 目こそはとろんとしてるが発言自体は酔っている人間とは思えなかった。


「今はそんなことどうでもいいでしょ?」


 千里は一層距離を近づける。


「答えて」

「…」


 付き合ったら距離も縮まって更にだらしなくなってしまいそう、というのは簡単だ。だが千里の立場になればそんな傲慢な思いで断られたのかと傷つけるかもしれない。


「答えてくれないんだ」


 千里は冷ややかな目でこちらを見る。すると、千里は俺の首へとかみついてくる。


「いっ…」

「次はもっと強くする。何日も歯形が残るくらい強く」

「わかった!言うから!」


 「それは困るでしょ?」と言いたげな顔でこちらを見る千里に、流石に負けてしまう。千里は首から口を少し離す。


「…これ以上距離が近くなると千里がもっとだらしなくなりそうだったから」

「…ふーん」


 包み隠さず言った割には千里の反応はそこまでだった。別に普段から感情を顔に出すタイプではないが、傷付けてしまったのではないかと気になっている俺にとっては不安にさせられる。


「…確かに付き合い始めたら私はもっとダメになるだろうね。怜雄はだらしない女の子が嫌いなんだ」

「別にそういう訳じゃないけど…」

「じゃあ付き合ってよ。怜雄だってわかってるでしょ?今でも私が君のこと好きなことぐらい」


 なんとなくは思っていたがどうやら本当に俺のことが好きだったらしい。それ自体は嬉しいことではあるし、別に俺だって千里が嫌いなわけでもない。


「付き合ったとして、そしたらお互いの嫌なとこが見えてくるはずだ。もしかしたら俺のことが嫌いになるかもしれない。次の人を見つけた時に苦労してほしくない」


 言っていてなんて傲慢なんだと自分でも思う。千里だって努力しないわけではない。もしかしたら相手が千里のそういう面を気にしない人かもしれない。それなのにこの言いようとはと自分でも思う。


「嘘だね」


 千里は離していた口を俺の首へと戻し、先程までとはもっと強い力でかみつく。


「いっって!」

「ごふぇんね」


 おそらくごめんねと言ったのだろう。千里は口を離す。


「怜雄がほんとにそう思ってるなら怜雄はここに来て私の世話をしてないよ」

「それはここにいるためだけの条件であって…」

「でも君はいつだって戻れるでしょ?」


 確かに父さんも戻りたいと言えば快く承諾してくれるだろう。そうわかっていても俺は戻っていない。


「そうだな…。俺はただ、返事から逃げてただけだったのかもな」


 千里のおかげでやっと自覚できた。千里の返答に応えるべく口を開く。


「今はまだ、返事は待ってあげるよ。やっと自覚できたんだから」

「…助かる」


 開く前に千里が喋る。実際、答えるならもう少し考えたいとも思っていたのでありがたい。千里は噛み跡をぺろぺろと舐め始める。少しくすぐったい。


「じゃあ私は寝るから」

「は?」


 ひとしきり舐めた後、千里はおもむろに俺の胸の上で寝始める。


「おい何してんだ…ってもう寝たのかよ」


 どかそうと思えばどかせるだろうが流石にそれは申し訳ない。なんだか少し前に同じことがあったような気がしなくもない。


「まぁいいか」


 前回は起こしてしまったのだし、今回ぐらいは許そうと俺も目を閉じた。

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だらしないお嬢様の同居人になったようです シトラス @404-Not-Found

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