第2話

「掃除…ほんとにやるの?」

「やらなきゃ綺麗にならんし俺が来た意味ないでしょうが…」


 この散らかり切ったリビングを見てなお千里は嫌そうな顔をする。まぁ散らかした本人なので当然と言えば当然か。


「とりあえずリビングからだな。散乱してる服とかは後にしてペットボトルとかの絶対いらないものだけ先に捨てるか」

「私もやるの?」

「俺も手伝うけどここあなたの家ね?」


 千里は益々嫌そうな顔をする。どれだけやりたくないんだ…。


「俺に帰られたくなかったらちゃんとやるんだぞ」

「…それをやって困るのは怜雄とお父様だけだよ」

「父さんに謝らないとな」

「わかったよ…」


 千里は渋々と床のゴミを拾い始める。その行動にやっとかと安堵する。

 しかしそれも束の間。ゴミを拾い集めていると後ろからどてーんと大きな音がした。


「いてて…」

「大丈夫か!?」

「ちょっと転んだだけだから大丈夫だよ…」


 大きな音の主は転んだ体制から起き上がる。どうやら床に転がっていた瓶を踏み転んだようだった。


「怪我は…してないな。転んだ先が何もなくてよかった…」

「やっぱ掃除なんてすべきじゃない…」

「掃除しなかったから転んでるんですけどね」


 千里はムスっとしながら再び掃除に戻る。しかしその後も大きな音は度々続いた。


「…俺が悪かった。お前はいるものだけ分けてくれればもう安全なところにいてくれ」


 あまりに危なっかしいので見てられず千里にそう指示した。千里はきょとんとして俺を指さす。


「これ以外いらない」

「…人をこれ呼ばわりしない、人をからかわない」

「からかったつもりはないんだけど…」


 大真面目そうに千里は言う。まさか千里は未だに俺のことを想っているのだろうか?


「怜雄?」


 黙る俺を怪訝に思ったのか千里は呼びかける。


「…必要そうなものは何かなって考えてた」

「さっき言ったつもりだけど」

「あほ。俺も住むならそれだと俺が困るでしょうが」

「住むことに乗り気なんだ。嬉しいよ」

「諦めただけです」


 千里は未だに俺のことを想っている。もしかしたらそうなのかもしれない。しかし、告白を断った理由は千里をこれ以上だらしなくさせないためだ。それに千里ならもっといい人を見つけられるはずだ。そう言い聞かせて俺は掃除に戻った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「…疲れた…」

「じゃあ普段から掃除してくれ…」


 玄関のゴミの山や足の踏み場のないリビングを片付け終え、千里は大の字でリビングに転がる。


「ご飯…」


 きゅー、と可愛らしい音を千里は腹部からたてる。来た時にはオレンジ色だった空は真っ暗で、夕食時からはだいぶかけ離れてしまった。


「今からデリバリー頼もう。怜雄、何か要望ある?」

「特にはないけど…。というかデリバリーって高いだろ?俺が作ろうか?」

「冷蔵庫みてみなよ」


 その発言で大方予想はついたが、恐る恐る冷蔵庫の中身を見る。


「チョコとアイスと水…。お前よく生きてこれたな」

「それほどでも」

「褒めてはないんだよ」


 そういえばゴミ袋に空となった弁当の箱が大量にあったなと思い出す。


「そもそも私料理できないし、買う必要もないんだよ」

「弁当ばっかだと栄養が偏るし食費も高くなるだろ」

「じゃあこれからは私の為に怜雄が作ってね。私の為に」

「構わないけど何の強調なんだよ…」


 千里は俺の問いは無視をしうきうきとデリバリーの注文を始める。


「要望ないって言うからピザ頼んだけどほんとに大丈夫だった?」

「大丈夫だしむしろ好物だよ」

「よかった。来るまで時間かかるだろうからくつろいどいて」

「…人の家でくつろぐってのもなぁ」

「もう君の家でもあるんだけど。じゃあソファーにでも座ってて。怜雄も疲れてるでしょ?」


 確かに俺自身も掃除でそこそこ疲れていた。言われた通り綺麗になったリビングのソファーに座る。疲れが少し和らいだ。


「隣、失礼するね」

「え?あ、あぁ」


 千里は一言断ってから座る。隣に座るという行動に少し驚いたが家主様には流石に何も言えない。


「あれ?そのチョコ食べるのか?ピザ頼んだのに?」

「だってお腹すいちゃったし」

「ピザ食べられるのか?」

「怜雄ががんばってね」

「頼んだのあなたですよね?」


 俺の心配を無視して千里はチョコを食べ始める。俺だって別に多く食べる方ではないのだが。


「…なんかこれ変な味がする…」

「賞味期限ちゃんと見たか?」

「チョコだし賞味期限は長いから大丈夫だと思う」

「一欠片くれるか?」

「いいよ」


 千里は食べていたチョコを少し割り、俺に手渡す。食べていたところを渡してきた気がしなくもないが考えないことにしよう。


「いただきます」

「変な味だったらすぐに吐き出してね」


 チョコを貰ったチョコを恐る恐る食べる。確かに普通のチョコとはちょっと違う味がした。


「なぁ…これって」


 言いかけようとしたが言葉は止まる。千里が肩に頭を預けてきたからだ。


「頭ぼーっとする…」

「これ、酒が入ってるやつじゃないか?」

「えー…。そうだったかもー…」


 千里の声はゆったりとしたものとなっていた。


「お前もしかして酔ったのか?」

「えー?しょんなちょっとのあるこ~るじゃぁよわないよぉ~」

「呂律回らなくなってるけど…」

「よってにゃいも~ん」

「ちょっ」


 千里は肩に預けた頭を俺の太ももの上に動かす。


「どいてくれるとありがたいんですけど」

「え~…枕としてちょぉうどいいんだけどぉ~…」

「勘弁してください…」


 上機嫌そうな千里はそんな俺を気にせず俺の太ももの上でくつろぐ。


「怜雄~頭撫でて~」

「どいてくれたら撫でるよ」

「じゃあにゃでてくれるまでどかにゃ~い」

「…卑怯だと思わないんですかねぇ」


 俺は観念して千里の頭を撫で始める。隅々まで手入れの入った髪だというのが触るだけでわかった。


「これでいいか?」

「う~ん、まぁ今回はいいよぉ~」

「次回がないことを祈らないとな…」


 しばらく撫で続けた結果、千里は不穏なことをを言いながらも頭を上げてくれる。解放された俺は千里の為に水を与えようと立ち上がる。すると、千里が服の袖を引っ張り俺の動きを止める。


「どこいくの~?」

「水を汲みに行くんだよ」

「え~。じゃあ一緒にいこぉ~」

「酔ってるんだから立たずに寝てなさい」

「え~」


 そう言いながらも袖から手を放してくれたので水を汲みに行く。


「はい、水」

「飲ませてぇ~」

「のまっ、それはちょっと…」

「さっき言うこと聞いたしいいでしょ~」


 なるほどおとなしく手を離したのはそういうことかと謎に納得する。いやそんなことよりも、だ。


「飲ませるって言っても零しまくって飲むどころじゃないだろ」

「零さにゃいで飲ませる方法だってあるでしょぉ~」

「ストローか」

「うちにすとろ~なんてにゃいよぉ~」

「じゃあどうやるんだよ」

「…口移しぃ~?」

「バカなこと言ってないで早く飲みなさい」

「え~」


 千里はふにゃりと笑う。爆弾発言をしてもなお相変わらず上機嫌そうだった。

 ストロー買ってくるかな…と考えている時のことだった。玄関の方からピンポーンと軽快な音が鳴った。


「デリバリーが来たのかな。取ってくる」

「私も行くぅ~」

「水飲んで横になってなさい」


 千里を置いて玄関へと向かい扉を開ける。予想通りピザ屋の制服を着た男性が立っていた。


「こんにちはーサインもらえますかー?」

「あぁサイン…」


 言われてからはっとする。俺はこの家に来たばかりでサインするためのペンがどこにあるかなんてわからない。さてどうしたものかと考えてる時だった。


「怜雄~。おいてかにゃいでよぉ~」

「ちょうどいいところに。千里、ペンってどこに…」


 後ろから千里が現れたので、ペンの在りかを聞く…前にいきなり千里は抱き着いてきた。


「ち、千里さん?何をしてらっしゃるので?」

「抱き着いてる~。は~、やっぱ落ち着くにぇ~」

「ひ、人前だからそういうことは…」


 デリバリーで来た男性の方を見る。男性は「チッ」っと舌打ちをしていた。


「ペン!千里!ペンはどこだ!」

「ペン~?ペンならここにあるよぉ~」


 千里は俺に抱き着いたまま棚の上にあったペンを取って俺に渡す。急いで不機嫌そうな男性の差し出す紙にサインをする。その間も千里は俺に抱き着いたままだった。


「はぁ…。ありがとうございましたー」


 ピザを受け取ると男性は去った。すぐに俺は扉を閉めてこれ以上誰かに見られないようにする。


「歩きずらいので離れてほしいのですが…」

「やだぁ~」

「えぇ…」


 何を言っても話してくれないので諦めてリビングまで歩く。


「そこのソファーに座ってぇ~。近くの机にピザ置いてしょこで食べよぉ~」

「…向こうに食卓が見えるけど」

「あそこじゃくっついて食べれないでしょぉ~」


 確かに向こうの食卓はそれぞれの椅子に座って食べるスタイルだ。くっついて食べれは確かにしないだろう。


「お前もしかしてこのまま食べるのか!?」

「当たり前ひゃ~ん」

「食べづらいんだけど…」


 そうは言っても千里は俺を離してくれないので仕方なくソファーに座る。


「怜雄~。食べさせてぇ~」

「はいはい…」


 ピザの入ったふたを開けると千里はそう要望する。完全に諦めきった俺はそれに従ってピザを一切れ取り、千里の口へと近づける。


「う~ん、美味ひいねぇ~」

「よかったな。俺は食べれてないけど」

「私も食べさせてあげようかぁ~?」

「ほんとに勘弁してください…」


 流石に同い年の付き合ってるわけでもない女子に食べさせられれば俺の尊厳というものがなくなってしまう。その後も何切れか千里に食べさせる。


「あれぇ?怜雄、指になんかついてる~」

「あ、ほんとだ」


 おそらく食べさせてるときにについたのであろう。俺の人差し指にはピザのチーズがついていた。


「ティッシュってあるか?」

「みゅこうの机の上にあるよぉ~」

「じゃあちょっと立たせてくれ」

「え~…。えいっ」


 千里は何を思ったか俺の人差し指を自身の口へと頬張った。


「ち、千里!?何してるんだ!?」

「おいひぃ~」


 千里は口の中にある俺の人差し指を頬張るだけじゃ飽き足らず、なんとにゅるにゅると舐め始めた。


「千里さん?早く吐き出しなさい!?」

「もうひょっとぉ~」


 千里はひとしきり舐め終わってから俺の人差し指をやっと解放する。


「いっぱい食べたらなんか今度は眠く…なってぇ…」


 言い終わる前に千里は寝落ちしてしまう。相変わらず抱き着いて寝ているのでコアラみたいだなと思考放棄気味な頭で考える。


「…起きたらお酒は一人の時以外の時は飲むなって伝えなきゃな」

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