だらしないお嬢様の同居人になったようです

シトラス

第1話

「これからどうなるかねぇ」

『家が燃えたってのに楽観的だな』

「実感がわかないしな」


 電話の向こうから親友の呆れた声が聞こえてくる。一昨日、俺の家は燃えた。幸い、俺は高校の帰り途中だったし、一緒に暮らす父も海外出張でほとんどいないので人的被害はなかった。今、特別困ったことと言えば今日のクラスの話題が俺の家が燃えたことでもちきりだったことぐらいか。


『オヤジさんはなんて言ってるんだ?』

「しばらくはホテルで我慢してくれだと。親類もいないし仕方ないな」

『大変そうだな』

「俺自身はそうでもないよ。父さんは大変だろうけどな。お前も家が燃えればわかるよ」

『勘弁してくれ』


 他愛もない談笑をしていると、コンコンコンッとノックが聞こえた。


「悪い、多分ホテルの人か誰かが来たみたいだから切るわ」

「ホテルの人か?」

「多分。それじゃ」

「おう、じゃあな」


 断りを入れてから電話を切り、ドアの方へ向かう。しかし、ホテルの人が来るようなことはした覚えがない。はてさて一体誰が来たのか…。


「こんにちは清水怜雄。私が誰だかわかりますか」


 ドアの先には亜麻色の髪を方辺りまで伸ばし、俺と同じ高校の制服を着たの少女が立っていた。


「…あぁ、知ってるよ」


 それを聞いて彼女は少しほっとしているようだった。彼女は大塚千里。中学生時代に告白を断った女子だ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 彼女は中学生時代、基本的には独りだった。整った顔、聡明な頭脳、そして大企業のご令嬢。住む世界の違う、誰もが憧れるゆえの独りだった。


「…すみません。教科書を忘れたので見せてもらえませんか?」

「え?あぁ、いいよ」


 彼女との会話はそれが初めてだった。それ以降、「ペンを忘れたので貸してほしい」や「課題の範囲を教えてほしい」など事あるごとに頼られ、そのおかげが仲は良くなった。

 しかし、その程度の頼みならまだいいのだが、問題は周りに知り合いがいない時だった。


「…俺の気付かないうちに雨でも降ったみたいだな」

「?。雨なんて降ってないけど?」

「じゃあなんでそんな服が濡れてるんだよ」


 休日遊ばないかと誘われたその日のこと、千里は俺が少し離れた間に胸の辺りをびしょ濡れにしていた。


「飲み物飲んでたら零した」

「…まぁそんなときもあるよな。ほら、使ってないハンカチ」

「あと、今気づいたんだけど財布どっかに落とした」

「今まで気付かなかったのか!?それ拭いたらすぐに探しに行くぞ!」


 そんな調子で千里は俺に対してはだらしなさを隠さなかった。俺はといえばあまりにも見ていられず毎回のようにそれを助け、いつしかそれが日常になった。


「ねぇ怜雄。私と付き合ってくれない?」


 中学の卒業式、千里は俺に告白をした。俺が彼女のことをよく知らなければその告白を受け入れたかもしれない。

 しかし彼女のことをよく知ってしまった俺は、「彼女の告白を受け入れてこれ以上距離が縮まれば、だらしなさをを加速させてしまうのではないか?」という考えが頭をよぎった。

 結果、俺はその告白を断った。千里からは少し距離を取るべきだと思っていたが、断った気まずさからか、距離どころか連絡をすることもなくなっていき、高校も同じだったが違うクラスだったということもあり現在まで過ぎた。


「で?俺に何か御用で?」


 流石に他の利用客がいる中玄関で会話する訳にも行かないので、とりあえず部屋に招き入れてから要件を聞く。彼女が今となって俺に会いに来る理由か全く思いつかなかったからだ。


「単刀直入に言う。私の家で一緒に住んで。生活費はこっちで払うから」

「は?」

「私の家で一緒にに住んで」

「聞こえた上でわからなかったんだよ」


 久々に会った相手に「同じ家に住め」などと言われれば、誰だって俺のような反応になるだろう。

 しかし、千里はそんな俺の様子を気にはしてないようだった。


「一昨日、怜雄の家が燃えたんだよね?」

「…なんでそれを?」

「学校でそのことを話してる人がいたし、なんなら見に行った」


 そういえば昔千里に家の場所を教えたんだった。それなら知ってて当然だろうか。


「だから提案しに来た」

「そうはならないだろ…」


 どうやらこのご令嬢さまは住む世界どころかご考えまで違うらしい。俺には全くできなかった。


「私が本当はだらしないの、怜雄は知ってるでしょ?」

「俺には隠さないからな」

「一人暮らしを始めてから、それに磨きがかかって生活が危ういの。一度一人暮らしを始めた手前、親元にも戻りづらいし…」

「だからって一緒に住めとまで言うかよ…。しかも、俺以外は知らないとはいえなんで俺なんだ…。お前高校では人気だし俺よりいいやつなんていっぱいいるだろ?そいつに打ち明ければいいんじゃないか?」


 千里は中学の時と打って変わって高校では他クラスの俺ですら知っているほど人気者だ。出会う人も多い分、良い人だって見つかったはず。少し邪険な言い方となってしまうが千里だってその方がいいだろう。


「いないよ」


 しかし、千里は否定した。


「怜雄以上の人はいない。怜雄じゃないとダメ」

「…そ、そうか」


 何とも反応に困る返答に言葉を詰まらせる。


「それで?来てくれるの?」

「…いきなりそんなこといわれてもなぁ」


 確かに今の俺は帰る家がなく、ホテルで何とか凌いでるのが現状だ。そんな俺に住む場所、生活費、そして美少女と住まう権利、それらが手に入るというのだから最高の一言では済まないだろう。しかし、しかしだ。


(告白断った相手とこうして話すのですら気まずすぎる…)


 俺は相手からの告白を一度断っている。そんな相手と話すだけで気まずいのに一緒に住むなどもってのほかだ。さらに言えば告白を断った理由はこれ以上だらしなさを加速させないため、それなのに受け入れてしまえば断った意味がない。


「というか、お前の親は許可したのかよ」


 少し考えた結果、適当な理由をこじつけて帰っていただくという考えにいたった。


「両親からも怜雄のお父様からも許可を貰ってる」

「マジかぁ…許可だしちゃったかぁ」


 同い年の男と娘を一緒に住むことを許可するとは…。そういうよくわからない人がやはり成功するのだろうか。


「待て、父さんも?」

「えぇ。快く許可なさってくれましたよ」


 俺は急いでスマホを取り出し、父親へと電話を掛ける。


「怜雄…すまないが今父さん忙しくてな」

「父さん!あんた千里に許可だしたのか!」


 電話の向こうからパラパラと神の音が聞こえる。どうやら書類作業をしているのだろう。


「あぁ…なんだっけ、女の子と一緒に住むやつだっけ。うん、許可したな」

「な、なんで…」

「いいんじゃないか?このままホテルってのもだし、多分家燃える前よりいい生活できるし」


 帰ってくる父親の声に唖然とする。千里の方は「言ったでしょ?」と言わんとばかりの表情だった。


「ともかく、父さん今忙しいから。じゃあまたな」

「まっ…」


 待て、と言葉が続く前に電話を切られてしまった。


「満足した?満足したなら早く行こうよ」

「い、行くってどこにさ」

「え、私の家だけど」

「まだ俺いいとはとは言ってなくない?」

「今ここでごねればごねるほど君のお父様が困るだけだよ」

「…卑怯だ」


 千里は満足そうに微笑む。何を言っても無駄だと判断した俺はそういえば千里の表情が変わるとこはあんまり見たことないななどと考えていた。


「早く準備してね?下のロビーで待ってるから」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「着いたよ」


 千里が手配したのであろうタクシーに揺られること数十分。気付けば千里の住む見るからに高そうなマンションに着いていた。


「ほら、行くよ」

「あ、あぁ…」


 萎縮していた俺に千里は呼びかける。


「ここが私の部屋。…今日から君も住むから私たちの部屋か」

「…今からでも逃げ出せそうかな」

「三日後同じことが言えるといいね」

「おい待て、俺にどんなことをする気なんだ」

「あら、千里ちゃん?」


 話していると突然、隣のドアから人当たりのよさそうな女性がでてきた。


「こんにちは!」


 千里は明るい声と表情で挨拶を返した。


「そっちの子は彼氏さん?」

「いや、俺は…」

「許嫁です!」

「!?」


 驚いて千里の方を見る。すると千里は俺の腕を絡めとり、その上恋人つなぎをしてきた。


「まぁ!お邪魔しちゃったわね!私はもう行くわ!」


 女性は別れを告げるとそそくさと離れていった。


「ふぅ…入ろうか」


 千里はドアを開け部屋へと入る。あっけとしてしまい、許嫁とはどういうことなのか聞く前に行ってしまった。


「お邪魔しま…す…」


 俺も続いて部屋へと入ると、弁当が入ったゴミ袋の山がお出迎えしてくれた。


「どれくらい危ういかわかった?」

「…とても」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「うわぁ…。よくこんなのになるまで放置できたな…」


 足の踏み場もないリビングを見て驚愕する。


「怜雄用の部屋は綺麗だから安心して」

「掃除できるじゃねぇか。ここもちゃんと綺麗にしような?」

「自分のいる空間は掃除できないの。だから怜雄を呼んだんだし」

「…一緒に住むってだけで許嫁のフリも含まれてるとは聞いてないんだけど」


 先程の出来事を思い出しながら千里に言う。まぁそもそも「一緒に住め」としか言われず、詳しいことなど全く聞けてはいないのだが。やるとも言っていないし。


「じゃあフリじゃなくす?」


 千里は表情を全く変えずとんでもないことをほざく。


「心臓に悪い冗談はやめてくれ…。どっちにしろ同居人がやることじゃないだろ」

「まぁね。でもあれは君のためだよ」


 千里は言いながらやはり足場のない廊下を歩く。少し歩いたところでこちらに振り向き、手招いているのでそれに付いていく。


「俺のためって?」

「同い年の男の子と一緒に暮らしてるなんて周りに知られたらめんどくさいことになるよ?」

「許嫁も大して変わらない気がするけど」

「信頼度が違うよ」


 千里の言葉と同時に目の前にドアが現れる。中にはそれまでの景色とは一転し、綺麗に片づけられた部屋があった。千里はその部屋のベットの上に座る。


「ここが怜雄の部屋」

「こんないい場所使っていいのか?」

「ご自由に」


 正直、元々住んでいた家の自室よりもいい部屋で少し戸惑う。


「この後はどうする?ご飯?先にお風呂?」

「その前に一つ聞きたいんだけど」

「なに?」

「さっきの話の続き。お前はいいのか?その…そんな嘘を周りに言って」


 千里は大企業のご令嬢様だ。その辺にいそうな男を許嫁だなどと言えば今後に関わってしまうのではないか。

 千里は俺の言葉を聞くと、座っていたベットから立ち上がり俺の目の前に立つ。何か地雷を踏んだかなどと考えていると、千里は俺の制服のネクタイを掴み、そのまま自分の方へと手繰り寄せた。


「もう一度言うよ。フリじゃなくす?」


 心臓に悪い冗談を言う千里の目は、全く笑っていなかった。いきなりの展開になんというか困っていると千里は「まぁいいや」とネクタイから手を離した。


「今言うことじゃないね。折角来てくれたんだし。それで?ご飯?お風呂?それとも少しゆっくりしたい?」


 千里は再度問いかける。これにまで答えないわけにはいかないので俺はハッキリと要望を伝える。


「掃除をしよう」

「却下」

「俺を呼んだ意味ねぇじゃねぇか」


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