第30話

「い、いもか…」

「そう、じゃがいもだっぺ」

「ほ、ほうじゃがいもか…」

 マーガレットは呆気に取られて、いも、じゃがいもとオウム返しするほかなかった。

 そんなマーガレットをよそに、シャルロッテは自分の思いを考えを、興奮したようにとてもつない早口でまくし立てる。


「インチキ霊媒師のなんとか姉妹、あっ、姉妹じゃなくて他人だったけんど、ありゃびっくりしたっぺ、他人であんなそっくりとはなぁ、あーそれは置いといて、あのときにメイドさんが言ってたずら、今後何の作物を作るか困ってるって、マーガレット様があれこれ考えてんのは分かってんだんど、答えは一つじゃなくてもいいっぺ、だからあたいのアイディアも聞いて、いや聞いてもらうだけじゃ間に合わねぇな、受け入れてほしいのっす。あたいの家、あっ農園の方ずら、あそこではきゅうりを主にやってるんだっぺ、でも王都に出荷する以外に家族や近所の人たち用にじゃがいもも作ってるっぺ、そんでな、父ちゃんに昔言聞いたことがあるんだけんど、父ちゃんの父ちゃんの父ちゃん、ひい爺ちゃんのときに飢饉があって、そん時にじゃがいもがあってえらい助かったって。じゃがいもは簡単に育てられるし、腹にもたまるかんな。ふかして塩をかけるだけでもうまいし。それに栄養満点だ!だから、それを教訓にしてそれ以来うちではじゃがいもの栽培をやめたことは一度もないずら。お貴族様に田舎野菜って笑われてもな」


 余りの勢いにマーガレットは目を白黒させるが、何故それが離宮での栽培につながるのか。


「ほう、それで、何でまた離宮で」

「だって、あたいは離宮にいなきゃいけないっぺ、でもじっと待ってるだけなんて性に合わないずら、あそこの中庭はめっぽう広くてお日様もさんさんと当たるだろ、柵みてぇなとこに薔薇はあるけんど、だだっ広い地面は空いてる。放っといたら、もったいねぇべ。令嬢さんたちのお茶会用のテーブルやいすは、あの子たちが田舎に帰ったんだからもう必要ねぇべ、片付けちまおう!」

「ほう、シャーリー、お前の意見はありがたく頂戴する。その上で議会にかけてよく検討し…」

「いや、それじゃ間に合わねぇっぺ、そんな悠長なことはいってらんねぇ、じゃがいもの作付けは年に二回、春と秋ずら、でも遅くとも九月にはやらねぇと年内に収穫できねぇ、今はちょうど九月、ぎりぎりずら」

「何故、年内に収穫することにそこまでこだわるのだ。それぐらいなら大麦の備蓄もあるし、大麦農家も増やしている最中だぞ」

「じゃがいもの栽培には種芋が必要ずら、もう手紙は出しといたけんど、これから田舎に種芋をもらいに行って、それから離宮の庭でじゃがいもを育てる。そんで増やしたじゃがいもを困っている農家の人らに種芋として配るんずら、そうしたらいもはどんどん増えていく、数年もしたら食いもんに困る人はいなくなるっぺ。あたいは農園の生活に不満を持ったことなんて一度もなく生きてきた。それは楽しかったのもあるけんど、食いモンに困ったことが無かったからだっぺ、食うことは生きることずら」


 ふんふんと鼻息荒く自分の理想を語るシャルロッテ、その姿にマーガレットは感嘆せざるを得なかった。


【シャーリーは我の予想以上にずっとしっかりしていたのだな。国の民のことまで心に置いて、そして強い、アンリもシャーリーも我などよりずっとな。若い二人を見習わねばならんな】


「よし!分かった。我の一存で許可しよう、その足で農園に向かい種芋をもらってこい。付き人としてアンリのじいやもつけよう。あれはアンリが出立してから暇を持て余しているようでな」

「あぁ、戦地に行ってしまったもんな」


 さっきまでの勢いどこへやら、寂しそうに消えそうな吐息のような声を出すシャルロッテ。


「はて、我は戦地と」

「言ってねぇけど、軍服着てたっぺ。後コーネリアから聞いたずら」

「ほほう、コーネリア嬢も知っておったか、そうか、ならもう言ってもいいな。シャーリー、お前の勇気に胸を打たれた。我もすぐに戦地へ出立する決意が出来たよ」


 突然の報告に、今度はシャルロッテがぽかんとする。


「へっ、でもマーガレット様がいってしまったらこの国はどうすっぺ、アンならともかく」


 シャルロッテからしても、アンリが政治に関わっていそうだとは全く思ってなかったらしい。


「政治は父上にやってもらう、まだ退位するような年でもないしな」

「えっ、でも王様は病気なんじゃ」

「あぁ、母上が亡くなられてからというもの気鬱で食もめっきり細くなられてな、しかし数年前に南西の島国の使者が持参した材料で作り上げたピッツァなるものをたいそうお気に召されてな、城の調理長にも学ばせて毎日のようにたらふく召し上がっていた。そうしたらみるみる横に大きくなられて、歩くのもおっくうだ、みっともないなどとごねられて、自室のベッドに引きこもっておられるのだ。客が来ても頭の上まで毛布を掛けて、天蓋のカーテンも締め切りでな、全くだからあんな聞き違いもするのだ」


 コーネリアの恥かき騒動、それはこんなことが発端だったのだ。


「国がこんな状況なのだ。我は父上をベッドから引きずり出す、そしてシャーリーお前はいもだ!さぁぐずぐずしている暇はないぞ。王宮の馬車に乗っていけ!」


 急き立てられるように執務室を出されるシャルロッテ、それを見届けるとマーガレットは速足で父が眠る寝室へと向かった。

「父上!マーガレットが参りました」

「あぁ、あぁ。マーガレットか。ピッツァはまだか?」

「父上、飽きもせずまたピッツァですか、いくら食べても構いませんが、その代わり仕事はきちんとしていただきます」

「し、しかし、政治はお前がやってくれとるだろう・・・」

「いえ、我はもうすぐ出立します」

「へ、へ、いずこへ」

「エルピス島です、クーデターが起きました。鎮圧に問題はないでしょうが、それに乗じてセプテントゥリオーネスの軍勢がやってくるとの情報があります。アンリには遅れましたが、我も行って兵士たちを鼓舞したいと存じます!」

「へっ、クーデター?アンリが行った?」


 ベッドから顔をだし、まるで真面目的いた話のように驚いた顔をする王、しかしその情報は逐一かれへともたらされていたのだ。

 毛布をかぶり、うつらうつらして聞いていなかっただけで。


「父上、もしもエルピス島が取られてしまい、勢いに乗ったセプテントゥリオーネスがこの本国まで軍勢を伸ばしたら、ピッツァだなんだと悠長なことは言えなくなりますよ。二度と口にできなくなるかもしれない。そうしたら父上の食事は三食いもです。いもづくしです」

「えっ、いも・・・」

 さっきのシャルロッテの話を巧みに利用するマーガレット。彼女もじゃがいもをバカにしているわけではないのだが、口にしたこともなくちょうどよく名前が出てきたのだ。

 こんな引きこもりのでぶっちょとなってしまった国王だが、マーガレットとアンリの母である王妃が健在のころは賢王としてたくみに外交をし、国民から尊敬されていた。

 しかし、娘がしっかりしすぎていたせいか、それに甘え切ってしまっていたのだ。

 ベッドから出てさえすれば、きちんと公務をこなしてくれるだろう。

 マーガレットには父王に対して、そんな信頼感があった。

 バリバリと国内外を取り仕切る父王の背中を見て、育ったのだから。

 そして、サンライズ連合王国の国王は、三年ぶりに政務に復帰した。

 しばらくは、太り切った体を支える杖が手放せなくはあったが。


 一方のシャルロッテは大廊下で待っていたアンリのじいやのセバスチャンと共に馬車に乗り込み田舎の農園へと出発した。

 しかし、一直線に行ったわけではない。

 火急の用ではあったが、その前に連れていきたい人を迎えに行くために。


「コーネリア!コーネリア!農園に行くっぺ!」

 スノーブ家のタウンハウスの二階、コーネリアの部屋の窓に向かって大声を張り上げるシャルロッテ。

 その声に気づき、ここの主であるスノーブ卿が怒り顔で出てきた。

「何だ、ワープリンの娘、コーネリアは留守だ」

「そんなはずはねぇっぺ、ここに閉じ込めてるずら」

「そんなことはない!それに何だその言葉遣いは。全く田舎で育ったとはいえ公爵令嬢とはとても思えんな」

 馬鹿にしたようにあざ笑い、ピンと張ったオシャレ髭をいじくるスノーブ卿にシャルロッテはなおも食い下がる。

「言葉なんかどうでもいいっぺ、コーネリアを出せ!」

「ならん!」

 窓からその様子を見ていたコーネリアは、引き留めようとするメイドを振り払い、息せき切ってらせん階段を走り抜け、シャルロッテの手を引っ張り、馬車へと乗り込んだ。

「何だかよくわからないけれど、わたくしが必要なのよね?だったらわたくしはシャルロッテ、あなたと一緒に行く!さぁ従者さん早く馬車を出して」

「コ、コーネリア、戻れ、早く部屋に」

 怒り心頭で叫父に「お父様、わたくしはあなた方の期待に応えようと幼き頃から必死で努力してきました。でもあなた方はわたくしを認めようとはせず、跡取りのお兄様にだけ心を寄せた。わたくしの役目は家名を上げるところに嫁ぐことだけと、その結果があの婚約破棄騒動です。これからはわたくしは自分の思う道を行きます!」

 コーネリアは場所の窓から言い放った。


 そして、馬車は途中でワープリン家の執事、こちらもセバスチャンを拾い、二人のセバスチャンと令嬢二人を乗せて田舎の農園への道を急いだ。


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