第29話

 離宮での交霊会騒動は、大事にならぬうちになんとか収まった。

 自分たちの浅はかさに反省しきりだったメイドたちは、自ら衛兵たちに申し出てどんな罰でも受けると言ったが、事情を知ったマーガレット王太女は「故郷の家族を思ってしたこと、メイドたちに罪はない。悪いのは人の弱い心に付け込んだラビーニ姉妹だけだ。しかし、今後は怪しいものを離宮に入れぬように。ほとんどが帰ったとはいえ、離宮ではまだシャルロッテ嬢を預かっている。そこを肝に銘じるように」と少しの叱咤を侍女に伝えさせただけで済ませ、メイドたちはお咎めなしの上追加の大麦まで送らせた。

 ライ麦に変わる作物を今考えている。苦しい思いをさせてしまうがしばし、待ってくれ。との文書付きで。

 その広い心に胸打たれたメイドたちは、暇な時間ののお喋りを控え目にし今まで以上に離宮で懸命に働いた。


 そして、シャルロッテのあの言動については。

「シャルロッテお嬢様は、夏の間王侯貴族御用達の農園近くの別荘に療養がてら避暑に行っていたのです。その時に農園の子供たちと親しくなられて、皆さんもご存じのように身分の垣根など気になさらないお方ですから。その時にあんな言葉遣いを覚えてしまわれまして。興奮なさったときなどはそれがつい出てしまわれるのです。みなさんを守ろうとしたその気持ちあってこそです」

 というブリッター女史の機知にとんだ、適当な大嘘で皆納得してくれ事なきを得た。


「シャルロッテ嬢っていつもお部屋にこもってらして、あの悪女という噂とは違って大人しい方だと思っていたけれど、とても気さくなかわいらしいご令嬢なのね。あたしたちのことまで気遣ってくださって。なんてアホ王子かと思っていたけれど、アンリ王子って見る目があったのね。流石ノブレスオブリージュの精神を体現されているようなご立派なマーガレット王太女の弟君だわ」

 むしろシャルロッテの人気はメイドたちの間でうなぎ上りになり、ついでにアンリの株も上がった。


 さて、ラビーニ姉妹の正体だが、あの革命派のあぶれ者であるクレール・バスティアンの手のものというわけではなく、帝国のスパイで国家転覆を狙っていたというわけでもなく、芸術に秀でた北の帝国セプテントゥリオーネスのバレエ団に憧れるも国交のない場所に行くことも出来ず、田舎のサーカスで双子のクラウンとして芸をするも失敗続きで首になり、サーカスの占い師にヒントを得て霊媒師として金を稼ぎ、セプテントゥリオーネスに密航することを夢見ていたただの夢想家だった。

 しかし、あの日にシャルロッテが迷い込んで王子を魅了するこの娘を引き入れれば、間抜けそうなあの王子を操れる。国家が統合すれば長年の夢であったバレエ団にも入れるかもしれないなどと大それた夢を抱いてしまったのだ。

 人々の不安をあおり大金を手にしていたラビーニ姉妹だったが、その暮らしは実に質素で雨漏りがするような森の中のあばら家に住んでいた。金貨もほとんど残っておらず、密航あっせん業者を名乗る詐欺師にそのほとんどを吸い上げられていたらしい。

 同情はしかねるが、彼女たちもまた被害者の一人だったのだ。

 しかし、ことの真相を知ったシャルロッテが一番驚いたのはそこではない。


【いやー、あんなにそっくりなのに姉妹じゃなかったとかびっくりこいたべ。あんな双子みてぇな赤の他人っているんだべな】


 そう、二人はサーカス団で出会った血縁関係のない全くの他人であった。

 写真で見たことがあるだけのセプテントゥリオーネスのバレエ団に恋い焦がれ、入団することを夢見ていたことで意気投合し、ずっと行動を共にしていたのだ。

 その同じ夢を見ていた気持ちが、彼女たちの顔まで近づけさせたのかもしれない。

「いつも釣り糸を引っ張るだけの役で嫌だった。不器用だから、いつ失敗するんじゃないかといつもハラハラして気が気じゃなかった。あっちは適当に喋っているだけの楽な役なのに、それにわっちの方が二か月早く生まれてるのに妹役でさ」

「アイツがぶきっちょだからこんなことになった。わては何も悪うない。国家転覆なんて狙ってへんよ。わては本物の霊媒師、シャーマンや、どや憲兵はん、ご先祖呼び出しまっせ」

 憲兵の取り調べで互いの不満を吐露し、亀裂の入った今となってはその顔もだんだん違ってくるのかもしれない。


「あーしっかし、あのまま盗み聞ぎしてマーガレット王太女に報告しないで良かったっぺ。そうしてたらもっと時間がかかっちまって、メイドさんたちの金貨も戻ってこなかったかもしんねぇもんな」

「全く、シャルロッテお嬢様ときたら!この程度で済んだから良かったですが、相手が刃物でも隠し持っていたらどうなさったのですか!今回は結果的に良かったかもしれませんが、その何事にも首を突っ込むのは悪い癖ですよ。王太女殿下にご報告に行かれる際には、先にご報告せずに勝手に動いて申し訳ありませんってちゃんとおっしゃらなくてはだめですよ!そのお言葉遣いだって普段から気を付けていないから、とっさの時に出てしまうんです」


 プリプリ怒るブリッター女史にこんこんと説教されるシャルロッテ、しかし彼女はまたブリッター女史の言う余計なこと、に首を突っ込もうと、今まさにしていた。


【メイドさんたちの田舎は食いモンに困ってるって言ってたな。ライ麦は麦の病気の根絶方法が見つかるまでしばらく作れねぇ、マーガレット様に送ってもらった大麦で当面の食いモンは保証されてるとはいえ、ずっと続けば大麦も足りなくなるっぺ、そん時に作れる作物って何だ?うーん、田舎の父ちゃんに聞いてみてぇけど、うちはきゅうりやトマトだかんな、うめぇけどそれだけじゃ腹の足しになんねぇ。スイカはでけぇけど、水ばっかだしな。それに夏のもんだから時間が長すぎる。秋の今植えて、数か月でとれる作物、そんで腹もふくれるもん、うーん、そうだ。アレがあった。アレしかねぇ!】


 シャルロッテの頭には、彼女にとって素晴らしいアイディアが閃いた。

 しかしもし、目の前で「シャルロッテお嬢様、またぼんやりなさって!人の話を聞いているのですか!?忘れていらっしゃるかもしれませんが、私はシャルロッテお嬢様の教育係なんですよ。どこに出しても恥ずかしくないレディにするのが、私の義務なんです!大体メイドたちへの言い訳だって私がどんなに苦慮したか!」

 まだぷりぷりと怒り続けているブリッター女史にそれを打ち明けたなら、「何をバカなことを言っているんです!」と一喝されてしまっただろうが。


 アンリを共に見送ってから八日間、さして長い期間ではないが、彼女にとっては久々に思えるシャルロッテとの面会にマーガレットはワクワクしていた。

【アンリを見送った帰りは一言もしゃべらずに落ち込んでいるように見えて心配して負ったが、なかなかどうして霊媒師騒動ではシャーリーの大立ちまわりで問題が解決したという。やはり面白い少女だ。さて、今日はその顛末についてどのような愉快な話を聞かせてくれるかな。あの騒動のことをアンリへの文に書いたら、飛んで帰って来そうなくらい心配するであろうな、まぁそれでも良いと言えば良いのだが、知らせるのはやつが帰ってきてからにするとするか。それまではシャーリーの愉快な話は我が一人占めしてしまおう、ふふ、帰ってきたときのアンリの地団駄踏む姿が目に浮かぶようだ】

 くすくすと笑いを漏らしながら、けれどマーガレットの胸には弟を、そして兵士たちを想う気持ちがあふれていた。

 いよいよ、セプテントゥリオーネス帝国が挙兵して海を渡るとの情報が入って来たのだ。

 しかし、そんな自分の憂いをシャーリーには悟られてはいけない。

 きりりといつものように表情を引き締めたマーガレット。

 しかし…

「マーガレット様っ、あたい離宮で野菜を作りたい!じゃがいもをつくりたいんだ!」

 そんなマーガレットの一時のなぐさめになるであろうはずだった燃えるようなオレンジの髪の少女は、重い執務室のドアを開けるなり、想像だにしていなかった突拍子のないことを言い放った。

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