第28話

 そのドアの先には、神妙な顔でうんうんと頷くキッチンメイド、そして普段はそこには立ち入らない令嬢たちの世話をしていたウェイティングメイドもいた。

 彼女たちの視線の先には、烏のような黒いドレスを身にまとった妙齢のそっくりな顔をした女性二人がいる。

 二人はふんぞり返るほどに背筋を伸ばし、何やらぼそぼそとつぶやいている。


【何言ってんだ。よぐ聞こえねぇ】

 シャルロッテが耳をそばだて、ドアにぐいっと耳を当ててしまうとぎいいとくすんだ音を立て、部屋の中へとその身が入り込んでしまった。


「こ、これは、ワープリン公爵令嬢」

「何故、こんなところに」

 慌てふためくメイドたちとは対照的に、そっくりな女性たちは後ろに倒れこみそうなほどにふんぞり返ったままだ。


「まぁ楽しそうな女性方の集まりね、わたくしも仲間に入れて下さらないかしら」

 シャルロッテ渾身の演技、ブリッター女史に叩き込まれた令嬢としての作法、身のこなしがこんなところで火を噴いた。


「あ、あの……」

 メイドたちは不安げに、ふんぞり返り女性たちに視線を送る。

 どうやら、彼女たちにとってとても重要な人たちのようだ。


「わたしたちはーかまいませーん」

 ゆっくりとしたどこかおどろおどろしい声が、どちらからともなく発せられる。


「まぁ、よろしくて。とてもうれしいわ、一度皆さんとこうして楽しく過ごさせてほしいいと先から思っておりましたの。いい機会ね、きっと今日がその時だったのですわね」

 口から出まかせ、確かにメイドたちのくるくるした働きぶり、暇を見てのお喋りの様子は目にすると田舎の農園を思い出して懐かしい気分になり、話してみたい、打ち解けてみたいと思ってはいたが、今はその時ではない。

 しかしこの場合は致し方がない。

 火事かと思って覗いたら怪しげな会合が開かれていたので、盗み聞ぎしようと思いました。だなんて、いくらシャルロッテもこんな時に言いようがない。


「ところで皆さんはここで何をなさっているの?」

 しかし、とっさに核心に切り込むような言葉は発してしまった。


「あ、あの……」

 やはりメイドたちはちらちらと女性たちの方を見る。


「わたしーたちーはー、ラビーニ姉妹―、あやしいものではありませーん。彼女たちのーたっての願いでーここで交霊会をーしていますー」


【あぁ、やっぱし姉妹だべか、そっくりだものな。双子だっぺか】

 どうでもいいことに感心するシャルロッテ。

 しかし、ラビーニ姉妹は怪しさ満点だ。


「まぁ、交霊会、そのような会があるとは存じ上げなかったわ。どのようなことをなさるの?」

 カマトトご令嬢ぶったわけではない。

 シャルロッテは本当に知らなかった。


「ごせんぞーのー霊を呼んでー話をききーまーす」

 おどろおどろしくはあるが、どこか眠気を誘う声だ。

 枕元で寝物語をされたら、確実に悪夢を見そうではあるが。

「まぁ、そうなのね。でしたら会を中断して申し訳なかったわ。どうか続けてくださいませ」

 シャルロッテのその言葉を皮切りに、ラビーニ姉妹は中断していた交霊術を再開した。


「みーなーさーんのこの金貨―これで降りてきたーご先祖にー質問をしまーすー」


「あっ、あの、あたしからいいでしょうか」

 若いメイドがおずおずと手を上げる。

「あたしの故郷は西の大陸と地続きで、ライ麦の病気の発生地なんです。それでマーガレット王太女殿下のお達しで、あっ、うちはライ麦農家なんですけど、作れなくなっちゃって……税金は猶予されたし、食べるものも大麦を送ってくださったのであることはあるらしいんですけど、でも育ち盛りの弟や妹たちには足りないみたいで。どうしたらいいでしょうかって飢饉とかそういうのを乗り越えたご先祖に聞きたいんです。あっ、もちろんマーガレット王太女殿下には家族みんな感謝してます」

 若いメイドは、ちらちらとシャルロッテを横目で見る。

 思いがけない貴族令嬢の珍客により、自分が不平を漏らしたなどと告げ口をされないかどうか心配なのだろう。


「あっ、ご安心なさって、わたくし余計なことは言わなくってよ。それにマーガレット様はとてもお心が広いお方ですもの。あなたがご家族を心配なさっておられることをお知りになったら、優しい方だと感心されこそすれ、悪くなんて思わなくってよ。わたくしが保証するわ!」

 緊迫したこの状況のせいか、はたまたご令嬢口調に意識を乗っ取られたせいか、紫の奇妙な煙に巻かれたせいか、いつになく機転を利かせるシャルロッテ。

 その言葉に若いメイドはほっとしたような表情を見せたが、ラビーニ姉妹は違っていた。


「きーんーかーをーみーてーくーださーい」

 テーブルの上の金貨は、だれも触っていないのにぐるんぐるんと激しく動く。

 シャルロッテもメイドたちもそれを見て、口をあんぐり開ける。

 そして、ラビーニ姉妹は険しい表情になり、口を開いた。


「そなたの十代前の先祖は言っておる。女王の治世は世が乱れると。マーガレット王太女を女王にしてはならぬ、アンリ王子を次期国王としそして西の共和国、北の帝国と手を結び巨大な国家となるのだ。それにはここにいる令嬢の力が必要だと」

 さっきまでとは打って変わり、滑らかに舌が回るラビーニ姉妹。

 質問を発した若いメイドも、他のメイドたちも皆、それはご先祖の霊が乗り移ったのだと感嘆する。

 ひょっとしたら、ここにその重要なワープリン公爵令嬢が来たのも偶然ではなく、ご先祖のお導きではないのかと。

 大それたことを言われた以上に、そこに心酔してしまったのだ。

 しかし、シャルロッテは違っていた。

 うす煙に目が慣れたせいか、喋ってはいないラビーニ姉妹の片割れが細い釣り糸で金貨を操っているのが目に入ったのだ。


【あたいのいる場所は、本来誰も座るはずのなかった場所だ。だからあの姉妹も下見ができなかったのかもしんねぇが、この位置だとろうそくに照らされた釣り糸がきらきらと光って見えっぺ、こりゃインチキだな。交霊会ってのは知らんかったけんど、怪しいもの売りはうちの田舎にもちょいちょい来てたっぺ、やれなんでも治る薬とか言ってな、ばあちゃんたちを騙してたずら】


 謎は暴いた。

 しかし、この心酔しきったメイドたちに今その種明かしをしても、だれも信じないかもしれない。


「わたくしもご先祖に何か聞いてみたいわ。そうね、最近のご先祖がいいかも、おじい様とか。金貨は今は手持ちにないんですけど、後で侍女に届けさせるわ。そうね、十枚ほどで足りるかしら」


 シャルロッテの咄嗟の言葉に、ラビーニ姉妹の眠そうな細い目の奥がきらりと光る。

 いいカモが金貨の籠を背負ってやって来たとでも言うように。


「わーかーりーましたー」


 ひとたび気づいてしまうと、姉あるいは妹の後ろで必死の形相で釣り糸を操る女性がまるで間抜けなクラウン(道化師)のように見えてくる。

 必死で笑いを堪えながら、シャルロッテはラビーニ姉妹の口から出まかせを神妙な面持ちで聞き入るふりをする。


「シャルロッテ、いやセラ、体の弱いそなたを領地の端の高原で過ごさせて寂しい思いをさせてしまったな、しかし夏に遊びに行くとそなたはいつも愛らしい笑顔で出迎えてくれた。アンリ王子と仲良くやるのだぞ、そなたたちはこの国の未来なのだ」


 はい、うそ決定。

 シャルロッテは実の祖父である先代のワープリン公爵と一度もあったことが無い。

 そして、領地の高原にも行ったこともない。

 公式なプロフィールに、ワープリン公爵の夏の予定を適当に混ぜ込んだだけだ。


「はー、そうなんだ。あたいは高原なんか一回も行ったことねぇっぺ!あたいが育ったのはおんなし領地のはしっこでも農園さ!」

 訛りのきつい口調でまくし立てながら、ひょいと釣り糸を引っ張る。まだ指に釣り糸を巻き付けていたラビーニ姉妹の片割れは、バランスを崩して机に突っ伏した。


「これはなぁ、釣り糸をつけて引っ張ってただけずらよ!こいつらとんだインチキだっぺ。ラビーニ姉妹、その正体暴いたり!」


 さっきまで心酔しきっていたラビーニ姉妹の正体、そして上品に振舞っていた可憐な令嬢の大立ち回りとその口調に、メイドたちはまたポカーンとしてあんぐりと口を開けた。

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