第24話

 翻って離宮では、メイドオブオナー候補の令嬢たちが次々にそれぞれの家の領地へと返されていた。

 エルピス島に衛兵が送られているため、警備が手薄になるとのことからマーガレットの下した判断だった。

 しかし、そんなこととは露知らず、令嬢たちはさえずる小鳥のようにピーチクパーチク疳高い声で不平を漏らした。

「何故わたくしたちだけ返されて、シャルロッテ嬢はここに残るのかしら」

「そうですわね、礼儀作法の授業にもはじめしかお出になっていらっしゃらないというのに」

「やはり、アンリ王子のお気に入りということが影響しているのかしら」

「でもあのパーティーでは驚きましたわね、コーネリア嬢とシャルロッテ嬢、お二人と手に手を取り合ってご入場ですもの」

「本当ですわ、コーネリア嬢はあんなひどい扱いをされたというのに、まだアンリ王子に未練がおありなのかしら」

「アンリ王子ってお可愛らしいお顔に似合わず、気が多いのかしら」

「えぇ、人は見かけによらないとはまさにこういうことですわね」

 始めは不平不満、それからゴシップ、帰り支度は侍女に任せてあとほんの数時間でお別れとなる離宮のあでやかな黄色の秋薔薇が咲き乱れる中庭で優雅にティーパーティーをする令嬢たち、テーブルの真ん中にあるサンドウィッチに挟まれたきゅうりが、実はシャルロッテの実家の農園で作られたことなど夢にも思っていない。


 そして、シャルロッテの方も彼女たちのお喋りには一切興味がなかった。

「シャルロッテお嬢様、よろしかったのですか?ご令嬢たちのティーパーティーのお誘いを断ってしまって」

「あーええええ、あの子らの食うものってきゅうりのサンドイッチばっかでな、同じきゅうりのはずなんだけどな、何だかイキが悪いずらよ。あたいはエードがのみたいってのに飲み物は紅茶ばっかだしよ」

「これ、シャルロッテお嬢様、近頃全く言葉遣いがなっていませんね、それにティーパーティーというのはお食事がメインではなくて、紅茶を嗜みながらあれやこれやとお話に花を咲かせて友好を深めるものでございましょう」

「あー言葉かぁ、だってマーガレット王太女様がメイドオブオナーの修行はしばらくない。だから令嬢たちには親元の領地に帰ってもらうっていってたっぺ、あれがないなら言葉なんて関係ねぇずら」

「いえいえいえ、言葉遣いというのは常日頃から気を付けるべきなのです!立派なレディになるためには、とても大切なことなのですよ」

「だってよ、あたい立派でも粗末でもどっちでもいいんだけどよ、別にレディーなんかなりたくねぇもん。アンだってコーネリアだってあたいのこの話し方好きだって言ってるっぺ、懐かしい感じがするって」

「シャルロッテお嬢様!粗末なレディーなんてこの世には存在しません!それにアンリ王子とコーネリア嬢は近しい中、気の置けないお友達でしょう。そのような方々と他の方は違うのですよ。社交界で笑われておしまいになりますよ」

「だから、あたいは他の人にどう思われたってどうでもいいずらよ、社交界なんて行かなくていいずら、この喋り方だって田舎では普通だっぺ。そうだ!アンもコーネリアも皆で田舎の農園に行けばいいずら!」

 あぁ言えばこう言う、まるで素晴らしいアイディアのように荒唐無稽なことを言い出しぽんと手を叩く。

【まったく、離宮での引きこもり生活によるストレスのせいかしら、ワープリン屋敷で出会ったばかりの頃よりシャルロッテお嬢様の天衣無縫さに拍車がかかってしまったように感じるわ。このいい意味で言えば飾らない、天真爛漫さがアンリ王子やコーネリア嬢の心をとらえたのでしょうけれど、あのお二人は素直なお方、シャルロッテお嬢様と波長が合うのよ。でも他の方はそうはいかないわ!アンリ王子のあの盲目なまでの溺愛ぶりを見るにつけ、シャルロッテお嬢様が王子妃になる可能性はとても高い、一介の侯爵令嬢ならまだ個性として許されるとしても王子妃となればそうはいかない。連合王国中の視線が集まるのよ、しっかりとしたレディーに育て上げなくてはこの私、だけではなく、ブリッター家の沽券にもかかわるわ!】

 決意を新たにしたブリッター女史であるが、シャルロッテはどこ吹く風とばかりにアンリから差し入れられた誕生日パーティーの残りのオレンジエードのガラス瓶を右手でわしづかみにし、左手を腰に当てながらぐびぐびと豪快に一気飲みしぷはーっと息を吐いたのだった。


 シャルロッテ以外の令嬢たちが去り、がらんとした離宮。

 彼女に近づき上品な口調でありながらまるで詰問するように、根掘り葉掘りゴシップを聞き出そうとする彼女たちがいなくなってから、シャルロッテは離宮内を自由に歩き回れるようになった。

 誕生日パーティー以来会えていないコーネリアも呼びたかったが、あの誕生日パーティーでの三人のはしゃぎっぷりに立腹したのか、コーネリアは父であるスノーブ卿からタウンハウスから出ることを固く禁じられていると、スノーブ家のメイド伝いに手紙を受け取った。

「あーあ、つまんねぇなぁ、アンも怒られたんかパーティーの次の日にオレンジエードをわんさか持って来てくれてからめっきり姿を見せねぇし、折角自由に出歩けるってのによぉ」

 ぼそぼそと独り言ちながら、中庭の秋薔薇を見渡せる渡り廊下を歩くシャルロッテ、そんな彼女の耳に離宮で働くキッチンメイドたちの大きな話し声が入ってきた。

「それがね、姉さんの旦那の妹のまたいとこがフリフワ共和国との国境境に住んでいるんだけれど、ライ麦畑から病気が出たっていうのよ」

「えぇっ、ライ麦が病気になるの?」

「そうなのよー、その病気のライ麦を食べた住民たちの手足が暖炉の煤のように真っ黒に変色してね、その後手足が腐ってぽろりと取れてしまうんですって」

「えっ、そんな!」

「その病気のライ麦はね、どうやらアンリ王子の誕生パーティーの時に国中に振舞われたビスケットの材料なんじゃないかって言われているんですって」

「えぇっ、それは他人事じゃないわよ、あたしあのビスケットこっそり三枚つまみ食いしちゃったのよ!」

「あらやだ、袋詰めしてた時たりなかったのやっぱりあんたのせいだったのね!知らないネズミのせいだとか言ってたくせに!」

「あぁもう、食べちゃったものは今更しょうがないじゃないの、そんなことよりあたしの手を見てよ。なんか黒ずんでいるわ、いやだいやだ、あたしの手も腐って落ちちゃうの?」

 涙声の太っちょメイドに、年上のやせっぽちメイドは呆れ笑いをする。

「それはあんたがさっきかまどからパンを出したから、その煤でしょ」

「あー、良かった」


 笑い話のような二人の会話、しかしその言葉の一つがシャルロッテには引っかかる。

 アンリの誕生日パーティーの折に国中で振舞われたビスケット、それはほかならぬアンリ本人の提案だった。

「私だけが御馳走を食べてパーティーを楽しむなんて申し訳ない、民たち、子供たちとも楽しみを分かち合いたいんだ」

 アンリの提案ではそれはミニケーキのはずで、確かに国中の子供たちに行きわたるだけの数が用意されていたはずだったが、どういういきさつかそれがビスケットに変わってしまっていたのだ。

【さっきの話ではビスケットって言ってたずら、だったらアンが手配したものじゃねえっぺ、けんどアンのことだからきっと気に病んでるんずらなぁ、だから姿をみせねぇのかもな。これは侍女さんにお願ぇして、一回会わせてもらうっかな】


 アンリへの気遣いで頭がいっぱいになってしまったシャルロッテには、キッチンメイドが去った後の廊下で侍女たちがひそひそ声で話している内容は全く耳に入らなかった。


「えぇ、えぇ、このライ麦の病気のことについてご先祖様とお話ができるそうなの」

「ひょっとして、あの街で噂のラビーニ姉妹?霊と話せるという」

「そうよ、金貨一枚でここにいらしてくれるそうなの」

「でも、門番が入れてくれないわ」

「いいえ、さっきキッチンメイドに銀貨を握らせて頼んでおいたの、食品搬入口から入れてもらえるわ」

「まぁ、ではこの離宮で交霊会を」


 何やら不穏な空気が、離宮に漂ってきていた。

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